第四話 依頼 少女救出作戦
私は冒険者となり、私にとっては初めての依頼が始まる。昨日剥がしとった依頼書を片手に、翌日の朝早く私達は冒険者用の借り宿舎からギルドへと向かった。
古びた木のドアを開けると、昨日の誰もいないギルド……ではなく、賑やかな光景が広がっていた。
「なあ、聞いたか……?最近依頼が増えてるらしいぜ」
「それはいいな。俺は特に金がなさすぎて冒険者やってないととても生活が回らんのよ」
いかにも冒険者というような格好をしたもの達、たくさん集まって大声で会話をしている。
…………まあ彼らも冒険者なんだけど。
手には杖やら刀やら何かしらの武器を持っていて、スケールのつけているような鎧を身につけたものや高級そうなローブの様な物を着ている人までいろいろだった。
私も見た目は冒険者っぽく見える様にローブを着ているが、(実際はそうではない)まだ貸し出し用である。
「よぉ、初めて見る顔だな」
私達がギルドの中を彷徨いていると、先程『依頼が増えている』とかどうこう言っていた若い冒険者と目が合った。
「初めまして。昨日冒険者になったばかりのリトルです……」
一応辿々しい挨拶をしておく。
この二人も立派な装備を身につけている。
年齢はおそらく三十代ぐらいだろう。まだ若々しい風が漂っている。
昨日……というのがとても言いづらかった。
昨日の今日だ。初めて見る顔なんて言われたけれど、当たり前だ。
「昨日か…超新人じゃないか。俺はミラサイト。こっちはラミリアだ。冒険者ランクはBだ」
「よろしくお願いします」
「君、新人なんだよな…?説明は受けたか?」
「はい、昨日受付で……」
ラミリアという名前のガタイのいいしかもランクBの男の冒険者は私の様子をまじまじと見て言った。
「君、武器が見当たらないが、どうやって戦うんだい?」
「えっと………私は…」
あ……そうか、武器…なんだかすっかり忘れてしまっていた。
そもそも自分で買えるほどのお金はないし、武器はレンタルなんてするものじゃない。だから私は治療専門でやっていくことに決めたのだが……
「その役は俺がやるので問題はありません。俺とリトルはパーティ組んでるから。それに俺は冒険者ランクCなんでね」
「本当にそれでいいと思っているのか…?全く、子供だな………」
ラミリアとミラサイトは互いに顔を合わせて、随分と引いた目で私達を見た。
慌ててスケールは私を前に突き出す。
「リトルもちゃんと使えますよ。なんてたって回復ができるんですから」
ドクっと心臓が跳ねた。
ちょっとちょっとちょっと………!!なんてことを言うんですか………!!
なんとか魔法だと言って乗り切ったとしてもこれではバレるのも本当に時間の問題だ…。
「おう、それは本当か…?」
「本当です。ちなみに俺も使えますけど…」
「いいなあ、武芸もできて魔法も使えるなんて……」
よし、一応は大丈夫そうだ。魔法と言ってくれた。少し一安心……と思ったが。
「ちょうど俺さっきの依頼で襲われて怪我してんだ。回復使えるんなら治してくれよ」
……と冒険者ラミリアはズボンの裾を上げて巻きつけていた包帯を取る。獣か何かにやられたのだろう。3本の真っ赤に染まった深い傷が露わになった。
いや、ちょっと待てって……!
私はギルドの中をくまなく見渡す。
研究員がいたら大変な騒ぎだ。それに魔法だと言って乗り切るなら、注射とかで直接投与するわけにも絶対にいかない。
心の声でスケールに助けを求める。だいたいこの流れになってしまったのはスケールが回復を使えるなんて普通に言いふらしたからだし………
『ねぇ、どうする…?』
『どうするも何も……やるしか無いでしょ…?』
『研究員がいたらどうするのさ…!』
どこからどこまでも本当に無責任すぎる。
『君はローブで仮装してるし、首のリボンも綺麗に隠してる。それにここに研究員がいて君のリボンの監視装置が健全なら回復を使おうとする前に襲ってくるだろ…?』
言われてみればそうか。私は今研究所にいた頃の服――白シャツ一枚ではない。それに私には監視装置を完全に壊したという自覚はない。普通に研究員がいれば襲ってくるだろう。
『分かったよ………』
私はその場に膝立ちになり、無言でその傷口にそっと手を近づける。目を閉じ、静かに指先に力を集める。
黄緑色の明るい光が傷口を覆う。少しずつ皮膚が再生していき…。何事もなかったかの様にその傷口は目を開けた時には綺麗に塞がっていた。
「うわあ……!!ほ、本当に使えるのか!!それに無詠唱だったぞ」
心の中で、本当は魔法じゃ無いしなどと思いながら立ち上がる。
「ね、すごいでしょー!リトルは無詠唱の治癒魔術師なのさ」
スケールは満面の笑みで私のことをそう紹介する。
「…………で、君たちは二人パーティだよな。これからなんの依頼を受けるつもりかい?」
ペラっと一枚の依頼書をスケールは見せつける。昨日掲示板から剥がした、少女救出に関する依頼の書かれたボロボロの茶色い紙だ。
ラミリアはそれを強引にスケールの手からそれを奪い取ると目を丸くしていった。
「マジで言ってんのか?いくらパーティを組んでいて一人は無詠唱治癒魔術を使えるからってこれを受けるつもり?そんなことしたら君マジで死ぬぞ。だってリトルちゃんは戦えないもの」
「この槍一本あれば平気です。万が一やられても俺自身でも治せますし」
布の巻かれた銀色の長い槍。私はその槍の本当の力を知らない。この間研究所から逃げ出した時も、私はスケールを置いて先に逃げる選択をした。だから戦っているところは一度も見たことがない。
「そう………まあ、くれぐれも気をつけなさい。その依頼はCランクだが、Bランクの者が行っても相当傷だらけになってそれに何も成果を得られないまま帰ってきたという事例もある。君たちは見せてもらった様に強力な回復を持っている様だから傷だらけになって帰ってくることは無いと信じるが……それはお前達次第だな」
「はい…気をつけます。心配をおかけしてすいません」
私は返ってきた依頼書を握る。
いきなりそんなに過酷な依頼を受けようとする。
ラミリア達じゃなければもっと馬鹿にされていただろうな。
✳︎
私達はギルドから出ると依頼書をもう一度見直す。
行き先はどこなのかを見るためだ。
しかし…そこには行き先の情報がどこにも載っていなかった。
「ねぇ、スケール、この依頼、行き先の情報が載ってないけど……」
スケールは全く動じる素振りを見せず先を行く。
一体どこに向かっているのか………まるで行くべき場所が分かっているかのように進む。
街を抜け、林の中へと進んでいく。
「俺に任せて。リトルはついてきてくれればいい」
「何か見えるの…?」
「少女の足跡を追っている。どこで失踪したのかが分ければあとはその周辺を探せばいいから」
…………足跡なんて私にはどうやっても見えない。
そもそもこの依頼だって掲示板に貼られてからどのぐらいの時間が経っているかわからない。以前別の冒険者が挑戦したことがあるという情報も聞いたが、いつの話かはわからない。
足跡なんて一日二日経てば普通に消えてしまう。
雪が降ったり、誰かがその足跡の上を踏んだりすれば形が分からなくなる。普通ならそんなことは不可能なはずだ。
「ねぇ、それってどうゆう………」
「ちょっと待て。何かいる」
突然スケールは足を止めた。ここは林のど真ん中。
やはりスケールには何かが見えているらしい。
突然、私の背後から獣の唸り声のような声が聞こえてきた。大きな影が私を包み込む。
「…………え…?」
「伏せろ!リトル!」
ウガァアア……!!!という大きな獣の声。私
はスケールに言われるがまま、その場に伏せた。
冷たい冷気を感じた。
「『滴水成氷』!!」
ザクっという音と共に獣の体から一瞬で血飛沫が上がる。伏せたまま、目線を上にやる。スケールが獣の頭に飛び乗り、槍を突き刺していた。
その槍を抜いた途端、獣は再び大きな唸り声を上げて、伏せた私のすぐ目の前に倒れた。地が震えるほどの大きな音を立てながら。
パキパキと獣の体が槍が刺さったところを中心に氷に包まれていく。何が起きたのかわからないまま、私はそっと立ち上がりその様子を見る。
「スケール……一体何をしたの……?」
スケールは平然と槍の先についた獣の血を布で拭き取り、槍の切先を再び布で覆って隠す。
「普通に刺しただけ。この槍には特別な力があるんだ。刺したものを凍らせる力がね…」
「凍らせるって………そのままほっとくつもり…?」
「うん。完全に凍ったらそのまま風に乗って消えてゆく。だからそのままほっといても大丈夫さ」
スケールはそう言って凍ってしまった獣に手を合わせる。やさしい性格のスケールだから、ほっとくといえど、ちゃんと手を合わせることはする。私も同じように手を合わせた。
「さぁ、先を進もう」
スケールは再び先を歩き始めた。
やはりどう見ても道を知っているかのような足取りである。
さっきは獣が割り込んできて聞けなかった。でも今なら聞けそうだ。
「ねぇ……スケール、どうしてその失踪した少女の足跡が見えるの…?」
「特殊な目でものを見ている。ただそれだけ…」
私にはそんなことはできない。おそらくスケールだけが持つ能力だろう。私だけが使える『ラルエンスヒーリング』のように。
でもこれは本当に頼りになる。やはりパーティとして冒険者をするならばお互いが持っていない能力を補ってこなしていくべきだろうし。
少女の失踪原因の捜索はスケールに任せることにした。
✳︎
しばらく歩いて、林を抜けようとした時…再びスケールは立ち止まった。
目線の先。何かが転がっていた。
泥にまみれ、薄汚れたうさぎのぬいぐるみだった。元の姿が想像できないほど汚れていた。
「これはおそらく失踪した少女の宝物のようなものだろう。それに――この辺り、何か重い空気を感じる。足跡もどうやらここで途切れている」
スケールは深刻な声を漏らした。こんなところで足跡が途切れている…?とするならば、少女は獣に襲われたか…誰かに攫われたかのどちらかだろう。
耳を澄ます。何か聞こえないか…?
辺りを見渡す。何か怪しいものは無いか…?
匂いを嗅ぐ。何か怪しい香りが………
「鉄のような匂いがするな……やっぱりここで何かがあったんだ」
しかし、匂いはするが、怪しい痕跡はどこにもない。
「獣の足跡とかは見える?」
「…………いやっ」
獣でもない……嫌な予感がする。
スケールの能力なら私の目には見えないものも見ることが出来るわけだから獣の足跡でも見えているものだと思った。
「この香り。なんだと思う…?」
「………血……?」
「うん」
「そんな……!獣以外の誰かに殺された…とか……?」
「その可能性はあるだろう…」
私は武器を持たない。だから戦えない。さっきもスケールがいなかったら死んでた。
――その時だった。
イヤァァァアアアア………!!!!
「少女の声だ」
一瞬でスケールは槍の切先を覆っていた布を取る。
「リトル」
「うん」
走るスケールの背中を懸命に追う。果たして間に合うだろうか。悲鳴が聞こえた時点でかなり危ない予感がする。ただ、私の回復力ならば死んでいなければ治せるだろうから問題ない。
走って、林を抜ける。声がした方向へと駆ける。
私の目に飛び込んできたのは。
人の姿をした魔人と人間の少女だった。少女は血を流して倒れており、びくともしない。
「リトル、早く回復を頼む。俺はあいつを」
私はしっかり頷く。それと同時にスケールは魔人に立ち向かって行った。
「しっかり……大丈夫。私が治すから」
少女は虚な目で私を見る。かなりの衰弱ぶりだ。私が研究所から逃げ出す時、今の少女のように胸をザックリと切られた。本当にあの時の私のようだ。
私は、私の役割はーー回復。
私は金属が激しくぶつかり合う音を聞きながら、目を瞑り、エネルギーを集める。ビリビリという電流が流れるような感覚が神経をめぐる。ラミリアの傷にかけたヒーリングよりも強い力を貯める。
これこそ私が、私だけが持つエネルギー。
「ラルエンスヒーリング…!!」
全身からの激しい光のうねり。黄緑色の明るい光。それが少女の体を包み込む。傷が綺麗に塞がっていく。赤く染まった傷が完全に消える。
…………ハァ、ハァ………
間に合ったという安堵感でいっぱいだった。
身体中の全てを振り絞った。これは研究所から逃げ出してから初めて使った。
スケールの傷とラミリアの傷。あのぐらいは私じゃなくても治せるだろうが、この少女の大怪我は私じゃなければダメだっただろう。
「リトル。終わったぞ」
仲間の声……振り返るとそこにはスケールの姿があった。
槍の切先は汚れたままでしかも剥き出しのまま、私と背後に控える少女へと近づいてくる。
『スケール、槍は少女に見せるな』
スケールはあっという顔をして、さっと槍を隠す。そして、ゆっくりと近づく。
「教えてくれないか…?ここで何があった…?」
怯える少女にスケールは優しく声をかける。
「安心して。俺は君を襲ったりはしない」
ここまで言ってようやく少女は私達を見た。
まだ信用しているとは言えないが、恐怖で怯えているようにも見えない。
「家に帰っていたら、突然攫われた。攫っただけで特に何もしてこなかった。でも、今日突然私は………襲われた。裏切られた……!!」
「そっか。でも安心して。あいつは俺がやったから。もうあなたを襲うものはいない」
「ありがとう……」
少女は立ち上がると私達にしっかりとお礼をした。
「家はどこかい?」
少女は北の方を指差す。
「気をつけて帰るんだぞ」
「うん」
少女は歩き出した。帰路につく。私はその背中を追うことはせず、見送った。
「…………この感じなら大丈夫そうだな」
スケールは槍の切先を拭きながら安心したように言った。
「そうだね」
「帰ろうか、スケール」
しかし、スケールは遠くを見つめたまま動かない。
「ちょっと待って」
またか…私はまた足を止める。
スケールの指差した先…。もう一人誰かの影が見えた。さっきの影とは違う。私よりも背が高い。
横に立つスケールはハッとした表情でその影を見つめる。
少しずつ近づいてくる影。その影が声を発した。
「………………リトル…………、スケール……………」
影の先にいた人物は一体誰でしょうか…?