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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第一章 ラリージャ王朝 仲間編
6/77

side 研究所 私に課せられた使命

注意 皆さんは絶対に真似しないでください!



       ――???視点――


 ガラガラと扉が開く重い音が響く。中から一人の研究員が私に近づいてきた。


 私は今薄暗い部屋の隅に座らされている。手足も体も自由。話すこともできる。だがこの部屋から出ることはできない。


 部屋の大きめの窓が一つだけ割れていて、空調すらない。部屋には冷たい風が吹きつけてきてとても寒い。



 いつもどこからか男女の声がするのに、ここ最近はその声すらもない。



 今日やってきた研究員は、黒くて、肩につくぐらいの長髪。その長い黒髪を左サイドで三つ編みに編んでいた。前髪も目元が隠れてしまいそうなほど長い。いつも研究員の着ている白衣にはゆとりがあるように見えたが、肩幅の広さや腕の太さからして、それなりに鍛え上げられていそうだった。



 その研究員の手には、短い刃物がにぎられていて、この実験のために事前によく研いできたのか、抜き身の白銀の刀身は、わずかな光に照らされて鈍く光っていた。




「ルティア、大切な報告がある」


 研究員は、私の前でしゃがみ込むと、抑揚の感じられない、機械的な低い声で言った。光を失った血赤の鋭く、冷たい目で今日も私の傷だらけで洗ってすらいない泥だらけの服を着た、ボロボロで見窄らしい私の姿を見た。



「大切な報告…?なんでしょうか?」



 

 私は尋ねた。研究員は、光のない瞳を僅かに細めて、噛み締めるように言った。



「君の大切な仲間……リトルとスケール………あの二人はもうここに戻ってこない」




 私はふーん、と心の中だけで興味なさげに返事した。


 

 戻ってこない。その事実を聞いても、私はなんとも思わなかった。別に逃げようが、帰って来なかろうがどうだっていい。正直この状況は何も変わることなく続くのだから。



 しかし、報告はそれだけではなかった。研究員は言った。



「研究の切り札は君だけになった。これから君には…………さらなる実験を課す」



「え……?」




 聞き返してはいけない。研究員の言ったことが全てだ。研究員は依然として下にやった目を細めたまま。それを言ったっきり、指先一つ動かさない。



 私は絶望という言葉を知った。私は私だけはどうやってもきっとここから逃げられない。仮に逃げたとしたら、目の色を変えて襲ってくるに違いない。



 でも、逃げたい。もうこんな生活うんざりだ………。



 私はこれからさらに重いことをさせられるらしい。今までのとは比べ物にならないほどの事が待っている。この研究所とやらは一体なんの研究をしているのか。



 答えは分かっている。



 そもそもこんな力が生命あるものの中に作られてしまっているという時点でこの運命からは逃れる事が出来なかったのかもしれない。


 金属の光沢、突起物……その他もろもろの研究器具を見るたびに震えていた体はいつしか何も感じなくなっていて、今目の前に立っている研究員を見てもなんとも感じなくなっていた。





 気づいたら私の腕には今日も一筋の傷がつけられていた。ボタボタと流れ落ちる血ですら見ても怖いとは思わない。



 でも、やっぱり……痛いのに、変わりはない。


『誰か………たすけて…………』


 やっぱりここから逃げたくなった。もう何もかもが嫌になった。口には出せない。口から出せなくても心の中ならいくらでも助けを求められる。ただそれでは誰にも伝わらない。


 でも、()()()()()()()伝わるはずだ。助けてもらうのは不可能かもしれない。でも、可能性は少しはあるだろう。




 研究員はそれから白衣のポケットから、何か液体の入った注射器のようなものを出して、私の傷口に指先を触れた。しかし、なぜかそこで動きが止まった。



 研究員は深く目を閉じて唇を噛み締めるようにした。私とは視線を合わせず、独り言のように聞こえないぐらい小さな声でぶつぶつ何かを呟いた後、それ以上のことは何もせずに腰を上げ、踵を返してその場から立ち去っていった。


 一体何をしたかったのかは分からない。私の左腕には十cmほどの深い傷が刻まれていた。研究員は傷をつけただけでなんの処置もせず、去っていってしまった。


 これもおそらく研究の一種。傷を自身で治せるかどうか…という実験だ。本当はこの状況で治癒力をかけるわけにはいかないが、このままでは命の危険のほうが大きい。周りには止血できそうなものなど何もないわけだから。



 そっと右手を傷口に近づける。黄緑色の淡い光が傷口を包み込む。しかし――光が消えてもその傷は完治とまでは至らなかった。うっすらと切られた後が残っている。


 まあ、このぐらいならほっといても平気なのだが………。


 ――リトルがいればなあ…………



 リトルは私達の中でも最も強い治癒力を誇る。このぐらいの傷なら実に二秒ほどで治るぐらいの強い力だ。


 仲間のところに行きたい。その一心で私は髪を止めていたピンを外す。そして、ピンの先で少しずつ少しずつリボンの上を削る。


 カリカリ、カリカリ…という音を立てながら白い傷がついていく。リボンの中心、核の部分…ここに監視機能がついている。これを気づかれない程度に削って夜の間にこの割れた窓から逃げる。


 夜の間は研究所には誰もいなくなる。だから気づかれることも少ないとは思う。今はどうか分からないけれど。


 問題は逃げた後………。家はあるだろうか。家族は無事だろうか。万が一家族も家も無かったら、帰る場所がなかったら、私は行き場を失い仲間達との野宿生活。


 だけど、この薄暗い部屋で一人でいるよりずっといい。




 

 


      ――研究員視点――


 ルティアはどうしているだろうか。仲間は誰一人として帰ってくることは二度とない。突然いなくなり、何日も帰ってこない状況でずっと一人で………


 

 俺はルティアのいる部屋の重い鉄扉を開ける。


 広い部屋の隅に薄汚れた服を着た一人の小さな少女がうずくまっていた。


 体に傷はない。元気はないようだが、実験による外傷によるものではなさそうだ。どちらかと言うと精神の方か………。



 俺は手に実験に使う器具などを持ちゆっくりとルティアに近づく。


「ルティア。大切な報告がある」


「大切な報告……?なんでしょうか?」


 受け答えはしっかりしている。


 ただ俺のことをひどく憎んでいるのはひしひしと伝わってくる。俺はただの研究員。だが、ルティアにとってみれば酷く痛めつけてくるような奴と見られているだろう。


 それでもこれだけは伝えておかなければならない。俺はその場でルティアの目線に合わせてしゃがみ、ゆっくりと口を開いた。


「君の大切な仲間……リトルとスケール………あの二人はもうここに戻ってこない。逃げ出したんだ」


「逃げ出した………?」


「そうだ」



 ルティアの表情はどんどん暗くなっていく。大切な仲間に置いて行かれたという悲しみからだろう。


 かわいそう………



 何故か俺の心の中にこの五文字が浮かび上がってきた。俺は首を振る。いや、かわいそうではない。()()()()のだ。


 俺は手の中の研究器具――白金の眩しい色を放つ短い刃物を強く握る。いつもとは違う。手が震えている。心が震えている。躊躇して俺はその実験器具から手を離そうとした。しかし――それは叶わなかった。


『何をしている…………俺の命令を忘れたのか………?』


 ビクッと体が震える。同時に再び実験器具を強く握る。


 そして俺は操られるようにルティア(実験対象)の左腕を切り付けた。ルティアは何も言わない。声も発さず、やられるがまま。赤い色を見て私は悪魔のような笑みを浮かべ、その傷口に触れようとした。その傷口に、毒を流し入れる。そして、中の細胞を打ち壊して血液の中で結晶化している治癒力の塊を搾り取ろうとした。



 ――その時ようやく自我が元に戻った。自分は何をやったのか。実験だ。しかし、俺はこれ以上指一本すらも動かせない。




 俺はいつもやっていることをせずに静かに立ち上がり、ルティアに背を向けて立ち去ることにした。何も言わずとも切られた左腕を押さえ込んでこちらを見つめるルティアの眼差しが強く背中に刺さる。そんな気がした。



 再び重い鉄扉に手をかける。重い音を立てながら開け、俺は振り返りもせず部屋から出た。



 鉄扉を背中にしてその場に立ち尽くす。そして、未だドクドク脈打っている胸に手を当てて、深く息を吐いた。



『ソルフ、お前は何をしているのか分かるか?俺の命令を無視してその場から立ち去るとはどういうことか…いつもやっていたことではないか』


 脳内に研究所の長の重く、深い声が響く。


『申し訳ありません』


 俺は謝ることしかできなかった。言い訳は許されない。そのことはここで働き始めてから理解している。



『今日、規約違反を研究員を処罰する日だが。お前も、そうなりたいか?』


『……………いえ……』


 処罰という言葉に聞き覚えがある。確か以前実験を失敗した研究員二人が俺の目の前で殺されかけていた。何度も何度も見たことがある。彼らが苦しむ姿を、声を。俺はああなりたくはない。そう誓った以上は命令に従わなければならない。


 俺はただ、命令通りにあの三人を実験体と見て扱うだけである。そして、俺にはやらなければならないことがあるのだ。そのためにも、死ぬわけにはいかない。






 


     ――ルティア視点――

 

 数日が経った。


 朝から晩まで私は自分の髪につけていたピンで自分の首飾りを削り続けた。しかし、少し周りに傷がついた程度で全然核まで届かない。



 あれから私のいる薄暗い部屋には誰も入ってこなくなった。本当に私は一人になった。研究員の言っていることが本当に信じられなくて、私はしばらく仲間の帰りを待っていた。でも帰ってこなかった。



 割れた窓。何かが怪しい。多分割れた瞬間私はここにいなかったから、なんで割れているのか。本当のことは分からない。


 ただ、スケールはリトルは逃げ出していて、一つ言えることは()()()()()()()()()()()()()()()ということ。


 この施設から普通に門を潜って逃げ出すことは不可能に近い。だからここの窓を割って飛び降りたのかもしれない。



 ちょうどいい………私はそう思った。


 今日の夜までにこの首飾りを壊し、夜になったらここから逃げる。それでいけると思った。そう思って一生懸命削り続けていた、その時だった。



 ガラガラという重い音が部屋中に響いた。眩しい外界の光。コツコツとよく響く靴の音。

 

 私は咄嗟にピンを髪の毛に止め直し、何事もなかったかのように普通に部屋の隅にうずくまった。


「ルティア。今日の実験を開始する」


 この間とは違う人。だけど、私を見下ろす目は同じように紅色で鋭い。恐怖心が全身を駆け回った。



「ん………?お前、この首飾りに何かしたか……?」



 気づかれた。私はそれをぎゅっと握る。いろいろと言い訳をする方法を考えた。



「いえ………特に何も」


「何やら白い傷が見えたがな……」


 紅色の目がすぐそこに迫る。


「えっと……えっと、それは、こ…転んだだけです……」


 必死になって私は言い訳をした。ここで計画がばれたらおしまいだ。絶対に逃げられない。


「そう…………」


 しかし…研究員はそれ以上の事を聞いてこなかった。不思議に思いつつも今日の実験を受ける。いつものように体のどこかしらを切られ、私が自力でその傷を治す。いつもの実験をこなす。そしてまたいつものように研究員はその場を去っていき、私は再び一人になった。


 ……………はぁ………………



 本当にギリギリだった。いつかはバレるとは思う。でもここにいる間にバレるわけにはいかない。私はもう一度周りを警戒し、髪のピンを外して首飾りを削り始めた。


 

 気づいたら辺りは真っ暗だった。


 今日はあれから誰もこない。首飾りの件で少し驚いたが、もう物音も足音も聞こえない。


 立ち上がって割れた窓から下を見る。誰もいない。門の前にも人影は見えない。



 私はさらに力を込めて首飾りをゴリゴリ削った。


 そして…………パキッという音がして――首飾りの表面を覆っていた部分の一部割れ落ちた。核の部分にも傷がついていた。



 ようやく、この首飾り(監視装置)を壊せた。もう一度、窓の外を見る。今なら、今なら大丈夫そうだ。割れた窓の窓枠に片足を掛ける。ガクガクとその足は震えていた。



 地上までの距離は実に二〇メートルほど。



 私はもう片方の足も窓枠に掛けた。ぎゅっと手で窓枠を握る。



 私は回復力がある。リトルの回復力よりは弱い。ただ、今までずっと繰り返されてきた実験で分かったこと。それは、百パーセント治せなくとも七割ほどなら治せるということ。たとえ体が損傷しても治せる力が私にはある。




 

 私は一回深呼吸をして窓枠を握っていた手を――離した。



 

ルティアは致命的なミスをしています。

読者の皆さんはお気づきですか………?


もう一度いいます。皆さんは絶対に真似しないでください。

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― 新着の感想 ―
ep6まで拝読させていただきました。 引きの強い冒頭がしっかりと引き込んでくれ、追手である研究所、リトルの能力やパーティの実情などが無理なく頭に入ってきました。 時間を作り、また伺わせて頂きますね。
20メートルって即死レベルだと思いますが大丈夫でしょうか……
首飾りの傷が研究員にバレそうになったところ、ドキドキハラハラしました(; ゜Д゜)バレなくて良かった!! ルティアさんは首飾りを完全に壊してしまったのかな……完全に壊したらリトルさん達に心の声が届か…
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