第三十九話 魔術練習④ 無詠唱
「さて、リトルちゃん。無詠唱で使える魔術ってなんかある?」
「雷属性なら無詠唱でもできるけど」
どうして雷属性が無詠唱でもできるのかと言う点については、おそらく私が光属性だからだと思う。
「良かったら見せてくれる?」
「え……?あ、うん。いいよ」
上手く出来るかな?
この技は光属性攻撃魔法よりも魔力を消費する。既に練習で多くの魔力を消費している中で……きっと今、無詠唱で出せるのは『ミニマムサンダー』ぐらいだと思う。
まあ、いいや。とりあえずやろう。
私は右の人差し指の指先を壁に向けて伸ばす。
目を閉じて先程感じられた魔力をもう一度感じられるか試す。
うーん……やはり難しいな。
さっきのは奇跡だったのかと思うぐらい感じにくい。まあ、今まで感じられていたことだし多分使えるだろう。
光の形を思い起こす。
電気の熱さ、痺れ、それと共に発生する事象を。
よし……
「『ミニマムサンダー』!!」
空気をいっぱい吸い込んで、鋭く攻撃名を口にする。
それと共に指先が強い熱と電気を帯び、壁を撃ち抜かんとするほどの強い電撃が――目に見えない程の速度で飛び出した。次の瞬間には結界の一部が焼け、小さな火が付いていた。
「…………リトル……すごい……すごいよ!!」
アネモスが目を輝かせて私に詰め寄る。
「う、うん。あ、ありがとう。雷属性攻撃魔法はこういう弱いのと……たまに少し威力を上げて『光閃雷火』を撃つこともあるけど……あまり連発はできなくてね」
詰め寄ってくる勢いに少し戸惑いながらも、私は一言そう答える。
するとアネモスは右の人差し指を頬に当て、「うーん……」と唸り出した。
「そうだね、私の見立てだとリトルちゃんは余計な魔力を消費している気がする」
「余計な……魔力?」
ああ……そういう意味では、そうかもしれない。
雷属性攻撃魔法を初めて使った時に、一発撃って倒れてしまったのは、魔力の使い方が下手で余計に魔力を放出してしまったからだろう。
「リトルちゃんの周りに取り巻く魔力……すごい強いと思うんだけど、雷属性攻撃魔法一発で、殆ど魔力が消えてしまっている」
「ねぇ、アネモス。アネモスはさ、魔力が見えるの?」
ルティアが興味深そうに聞く。
私は自分の見えない魔力に対して考える。
「うん、そうだね。体を取り巻く渦のように私には見えてるよ。だから立ち向かってきた相手は、一目見れば勝てるか勝てないかを簡単に判断できる」
「それって……強いな」
スケールもアネモスをまじまじと見つめ、呟く。
「ねぇ、リトルちゃん。リトルちゃんはさ……魔術使う時……それ以外でもそうかもしれないけど、余計なこと考えていたりしない?」
「余計なこと……」
「うん。例えば……負けたらどうしよう、とか、上手くいかなかったらどうしよう……とかそういうこと。リトルだけじゃない。スケールもルティアちゃんも似たような現象が見えるんだ」
余計なこと。
確かに私の頭の中には大量の記憶が渦を巻いていて、時々それらが映像になって幻覚のように現れることすらある。
時々研究員のあの血赤の瞳、感情を失っているかのような冷たい心の感情が映る。それを思うと縮こまって体が動きにくくなることもある。
「そうだね……実は私達……」
私は言えるだけ事情を彼女に説明した。
治癒力の詳しいことは今はまだ言わない。
するとアネモスは真剣な面持ちで私達を見つめ、少し複雑そうに眉を下げた。
「なるほどねぇ……そんな事情が……」
それからボソッと小声でアネモスは「ソルフィアが……」と言うのを私は聞いた。
「ソルフィアが、どうかした?」
アネモスの方からその言葉が出るのは初めてだ。
以前練習した時は、夕食に行く直前までまるで存在すら忘れているかのような態度だったのにも関わらず、今になってアネモスが彼の名を口にしたからだ。
「…………最近、どこか調子が悪いみたいでさ。一緒にいるアンナが、私にいつも今日やったこととソルフィアの状態を話してくれるのだけれど」
「そっか。分かった。後でまた彼のところに行って話聞いてくるよ……」
やはり、アネモスには伝えるべきなのかもしれない。私は小さく覚悟を決めた。心の声で了承を取る。スケールもルティアも。『アネモスならいい』と言ってくれた。
「アネモス。じゃあ後で詳しいことも含めて打ち明けるよ」
「分かった。じゃあ、練習終わったらゆっくり聞かせて。あ、無理する必要は無いからね」
アネモスはどこまでも優しく、明るい声でそう言った。
私の中ではソルフィアに対する……いや、今後に対する少しの不安が膨らみ出していた。
「なら、尚更作り上げないとだね。私には風属性と炎属性と水属性しか使えないから、魔力の効率的な使い方ぐらいしか教えてあげられないけど……」
「それで構わない。俺達はもっと強くならないといけない。だが、強くなれるかは俺達次第だからな」
スケールは言う。
「ちなみにスケール、ルティア……あとリアは無詠唱で使える魔術何かある?」
「俺は……今は無いけど槍を使って攻撃していてね……『滴水成氷』と『寒冷風氷』っていう刺突攻撃は無詠唱だよ。寧ろ詠唱知らないぐらい定着しちゃってさぁ」
スケールは随分と満面の笑みで楽しそうに話す。
「遠隔攻撃なら『ステルクブリザード』っていう猛吹雪を起こす攻撃……でも使えるのはその3つだけ」
うんうん……とアネモスは真面目に聞いてくれる。
「私は、そもそもあまり魔術使えないし……無詠唱でっていうのはできないかな」
次にルティアが話す。
確かにルティアは剣術が主で、剣に炎の力を宿して戦っていた印象が強い。
「属性は……?」
「えっと、炎!」
ルティアは明るく答える。
「私は自分の得意としている炎属性の技なら基本的に無詠唱だよ!」
リアも胸を張って答える。天才だと言い張るような立ち方にアネモスは軽く笑みを溢した。
「ねぇ、スケール、ルティア、リアもさ、今できる範囲でいいから、魔術見せてよ」
ルティア、リアはお互いに顔を合わせて考えだしてしまった。誰をターゲットとするとなく魔術を撃つのにはどこか抵抗があるらしい。
すると、スケールが動いた。
「……あ、ああ。分かった。でも……今相棒の槍無いから、吹雪だけなら」
相棒……?うん?相棒……槍が、ね。
スケールは苦笑いしながら室内の奥の方へと進む。
「じゃあいくぞ。危ないから離れてろ」
一回振り向いてからスケールは私達に背中を向ける。
冷たい冷気が感じられた。
私にはアネモスとは違って、魔力の流れをまだはっきりとは感じられない。でも何故か、彼が持つ氷属性の魔力の特性……冷たい冷気が、昨日一昨日より感じられているような気がした。
天井に向けて真っ直ぐに伸ばされた左手が白い輝きを発する。
「『ステルクブリザード』!」
鋭い、大粒の氷の粒が、彼の持つ魔力を巻き上げ、形成されていく。ガラスの破片のように白……いや透明な氷が、四方八方に広がっていく。
広範囲の技。周りに張り巡らされている結界にどんどん傷が付いていく。
「…………と、まあ、こんな感じで。範囲が広すぎるからあんまり使わないのだけど……」
粗方『ステルクブリザード』を披露し終えたスケールは、氷の粒を器用に操って消し、再び私達のところに戻ってきた。
「へぇ……す、すごい……」
アネモスは目を輝かせながら、感嘆の声を漏らした。
「それでもやっぱりアネモス……君には敵わないよ。だって俺、この技が最大の力っていっても過言では無いからさ」
スケールは頭を掻きながら、小さく溜息をつく。
「うーん……そうだね。やっぱり何か抱え込んでいる闇の部分が私には見える」
「闇の部分……か」
さっき話したこと。確かにあの話はこれまで殆ど誰にも言ってこなかった、秘密の過去であると同時に私達の闇の部分だ。
「明後日と明々後日は授業お休みだと思うから、気分転換がてらこの施設の外に出てみてはどうかな?少しこの国にも触れて欲しいしさ。リアちゃんもどうかな?」
アネモスはそう唐突に私達に提案してきた。
「いいの……?」
リアも、という言葉が耳に入ったのか、リアは少し心配そうに聞く。
「もちろんだよ。少し気分転換も大事だからね」
「やった!」
そういえば私達は今日ここまでこの施設の外には出ていない。また研究所の時と同じように、日の光を直接浴びることも、その空気に触れることもなく過ごすようなことにはしたくない。外の世界は危険かもしれないけれど、それ以上に触れたいものがたくさんある。
「じゃあ、言葉に甘えさせてもらうよ」
「そうだな」
「私も。見てみたいな」
私が一言言うと、スケールもルティアも乗ってきた。
明後日という未来にひとつ、楽しみが出来たのも。かなり久しぶりのことだから。
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