第十九話 幸せな生活に戻るための条件
再び彼らは幸せな生活に戻れるでしょうか?
「ありがとう……リトル……」
ソルフは私の頭を雑に撫でた。
紅梅色だった目は私達と同じ青色がかった紫にまで戻った。
しかしまだ研究員の名残は残っており、頭に生えていた漆黒の角も折れた根元が残ったままである。
「ううん……元通り……とはいかないけれど……」
恐らくまだ内部にまで生じているであろう支配の影響が残っているだろうが、見た目は解消された。
「……それで、これから私達はどうすれば」
ルティアが心配そうに私とソルフの陰から顔を覗かせた。
「今はまだそこまで脅威的では無い。だからまだ大丈夫だ」
私の頭の片隅に一片の希望が見え隠れした。
ただ、ある一つの問題が私の希望を押し潰す。
「でも……私、あの時、治した男性にあれこれ聞かれて、能力のこと少しだけ話してしまったの」
俯きがちに私はそう言った。
もう……広まっている。私達のこと……
「顔まで鮮明に噂が広まっていたら、私達は……もう……」
一人でも私達のことを知っていれば、そしてその能力で助けられた人がいれば、すぐにその事は噂として広まってゆく。
私はあの人に『絶対に言わないで下さい』と約束したが、その約束も驚きと興奮で忘れ去られているだろう。
「ただな……その噂というのは知らない間に形が変わっていく。そして信じない人ももちろん出てくる。噂程度でそんなに怯える必要はない」
たかが噂。言われてみればソルフの言う通りだ。
「ただ……念の為……しばらくは能力を封印しなさい」
息が詰まる思いがした。自然に喉の奥に力が入る。
「…………つまりは、苦しんでいる人がいても見なかったことにすると……」
スケールは言いにくそうに口にする。
「そういうことだ。君達にとってはかなり辛いだろうが、自分の体を守るためでもあるからな」
私達にとって、それは苦しさも伴う。
エネルギーの放出は本能に近い。
困っている人がいたら助ける。
ずっとそうしてきた。この能力が分かった時から。
だからその気持ちを抑え込むことにも慣れてはいない。
現に私があの時スケールが強引に私の腕を引っ張って離れるように指示をしてきたが、私は我慢しきれなかった。
「お前達は生きたいんだろう?研究所であれだけのことをしても自我を保ち続け、痛がり、抗い、逃げ出したのだから」
生きるか、死ぬか。
当然私は生きたい。
ルティアやスケールがどう言おうと私は生きる道を選ぶ。
今は辛い。
この生活にももうとっくにうんざりしている。
一時期は自分を捨てたいと思ったものだ。
でも今は違う。
何より仲間がいる。
そして私はまだたったの十年の命しか生きていない。
生きる。そう言った以上、多少の我慢も必要だ。
「もちろんですよ。そのためには……そうですね……しばらくは自制します」
「うむ。あとは必要に応じて変装をすればとりあえずは大丈夫だろう」
元研究員。だが今はもう研究員ではない。
どんなことがあろうと抗う意思がソルフにはある。
だったらもう信じるしかない。
「これでとりあえずは元の生活に戻れるの?」
小さいリアが顔を上げて私を見る。
「うん。ただその生活がいつまで続くかは分からないけれど」
「そっか……でも、またみんなに会えて良かった」
研究員騒動ですっかり忘れていたが、今こうしてあの時のように全員が揃った。
ルティアとスケールはあの頃何をされていたのだろうか。
とても見てられないぐらい痛々しい包帯だらけだが。
「ルティアとスケールは……本当に大丈夫なの……?」
「うーん……大丈夫では無いかな……正直堪えるので精一杯で、途中で意識を失ってしまって、起きたらソルフに出会って助けてもらったから」
ソルフからの話によると、部屋中に響き渡るぐらい悲鳴が聞こえていたらしく、コンクリートの上は血だらけで見てられなかったから、包帯を巻いて側で見守っていたのだとか。
「ありがとう。ソルフ」
改めて感謝を伝えた。
「…………次もし研究員と遭遇したら、君達の味方に付くと約束しよう」
✳︎
実に数日ぶりに私達はギルドの玄関先まで向かった。
ソルフの様子は変わっていない。
支配状態が元に戻っている様子もない。
赤い目のままではギルドに入るわけにはいかないが、これなら許される範囲内だろう。
「そっか、そっか。やはり君達はここで冒険者登録をして冒険者をしていたのか。足取りが分かりづらかった訳だ」
「ソルフも冒険者やるの?」
リアは聞く。
冒険者になれば貸し宿で一緒に過ごせるだろう。
登録しなくても一緒に行動していればいいのかという点については分からない。
「い、いや……俺はいいよ……あくまで護衛だから……」
ソルフは苦笑いで返す。
そうだよね……
「いらっしゃいー」
木扉が少しだけ重く感じた。
ギルドに全員揃って入るのは三日ぶりぐらいだ。
ソルフは恐らく初めて入るだろう。
受付にはいつものお姉さんが立っていて、ギルドは人で溢れかえっていた。
「あの……」
まっすぐスケールが受付に向かう。
「何か困りごとですか?」
いつ見ても美しい……
見惚れている場合ではないが。
「この人は冒険者登録をするつもりはないのですが、一緒に行動をしているんです。冒険者特典を受けられますか?」
単刀直入にソルフを指差して聞く。
普通なら困った顔をするか、或いは断られるかもしれない状況なのにも関わらず。
「そうですね。冒険者にならなくても同じ部屋でなら特典を受けられますよ。ただし、別々に部屋を分けることはできません。それでも良ければ……」
思ったより優しいな。
同じ部屋で一緒に過ごすなら大丈夫ということは知らなかった。
まあこれでソルフは冒険者にはならなくとも私達と一緒に過ごせると言うわけか。良かった。
一人だけ野宿というのも可哀想だったからな……
これでとりあえず、ソルフの問題は解決だ。
さて、何か依頼受けようか……
私達はその場を去り、依頼の貼られた掲示板を眺める。
再び幸せな成果に戻るために追加された条件
治癒力を使わなくてもできる依頼。
いろいろあるが、中々見合ったものがない。
討伐にしろ救出にしろ、能力を使わなければならない場面が出てくるかもしれない。
この間ただの引越し作業で終わると思っていたら獣に襲われて大変だった。
万が一そういった場面に遭遇しても、これからは見過ごさなければならない訳だが……出来ればそうなりたくはない。
一応全ての依頼に目を通してみる。
救出系が増えた気がする。病院からの依頼もある。
そんな中、私は一枚の依頼書に目を止めた。
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依頼 森の活性化
推奨ランク B以上
ミノラの林で発生した獣・モンスター多量発生によって壊滅状態になった林を元に戻すため、植林活動にご協力ください。
得意属性魔法等は問いません。獣やモンスターが発生する可能性が多少ありますので、ランクがB以上でお願いします。一人最低五本の木を植えたら依頼完了です。
報酬 600ビズ/時給
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「これって……あの時の……」
私は思わず、呟く。
ミノラの林、か。
私達がモンスターを討伐する時にだいぶ林がめちゃくちゃになったんだよな……
正直あの騒動のせいで忘れかけていたが、この依頼が今あるのは私達が関係している可能性がある。
めちゃくちゃにしたままほっとけない。
「何か見覚えがあるのか?」
ソルフは聞く。
彼は今まで私達の冒険者生活でどんな依頼をこなしていたのかは当然知らない。
「この依頼……前にここにモンスターや獣の討伐に行ったのですが、その時にかなり林が荒らされてしまいまして……恐らくそれに対する活動の依頼ですよ」
「そうだったのか……」
「そういえば……」
「…………」
ルティアもスケールも思い出した様子で頷く。
「じゃあ、これで決まりだね」
リアがその依頼書を剥がす。
さて、次の依頼は植林活動だ。
これなら治癒力を使わなくても大丈夫だと……
信じたい。
✳︎
ミノラの林。数日ぶりに行ってみると、一部が崩れ落ちた林に姿を変えてしまっていた。
中に入ってみると、何人かの別の冒険者が額に汗を浮かべながらせっせと植林をしていた。
「こんにちは。何名様ですか?」
依頼人だかこの林の管理人だか分からないが、一人の女性が私達に声をかけてきた。
「五人です」
「分かりました。ではこちらを」
バスケットを一つずつ渡された。
中にはスコップと苗木が五つ、植え方について書かれたボードが入っていた。
ソルフにも同じものが手渡される。
「植え方はそちらのボードを参考にしてください」
「分かりました。ありがとうございます」
私達はお礼をして、他の冒険者のところへと近寄った。ローブが汚れないように気をつけながらその場にしゃがむ。
えっと、植え方は……
私はバスケットの中のボードを眺める。
植え方
1、周りに小枝や葉があった場合は取り除く
2、マークのつけられた部分の土を十センチほどの深さまで掘る。
3、苗木の根を少しだけほぐして穴に入れる。
4、土を丁寧に被せて穴を塞ぐ。
5、土を踏み固める。
6、水を掛ける
なるほど、これを一個づつやっていくのか。
五人だから二十五本になるのか。
大変だが、やりがいはありそうだ。
もちろん植えるだけで終わりではないから、これからもこの依頼は長く続くだろう。
土を眺めると薄く白いラインが引かれてあった。
マークのつけられた土というのはおそらくこのことだろう。
私はその土をスコップで掘り返し、穴を作った。
十センチというのがどのぐらいかは正直分からないが、とりあえず苗木がちょうど良く入ればいい。
「リトル、こんな感じかな?」
私が苗木を穴に入れようとした時、リアの足元にはすでに一本苗木が植えられていた。
「うん、いいと思うよ。早いね」
「やった!次!」
すごい張り切っている。
SNVから解放されていつものリアに戻った。
本当に危なかった。でもこれからはきっと、助からない人も出てくるだろう。
私達が能力を封印すると決めた以上は。
穴に苗木を入れる。
茶色い土の上に青々とした小さな葉っぱが顔を出した。
これが十メートルを超えるぐらいの大きさになるとは想像もできないほどの小さな苗木が植えられた。
小さな命が大きくなっていくと思うとやはり感動ものである。
カードに書かれた通りに二本、三本と植えていく。
「リトル、そっちは大丈夫か?」
私のいるちょうど斜め下。
スケールも四本目が植え終わっていた。
まあ、葉っぱに土が被っていて器用とは言えないが、真っ直ぐ植えられているので良しとしよう。
「大丈夫!あと二本!」
「了解!」
ちらりと右を見る。
ちょうど右横に座るルティアは本当に丁寧である。
植えられた苗木の葉も踊るように風に揺れて、太陽の光を受けて輝いている。
「私もう終わったよ」
五本の苗木が綺麗に植えられた。
「すごい、上手だね」
「えへへ、ありがとう。リトルもなかなかいけてるよ」
私も最後の一本。
穴を掘って埋める。
よし。
できた!
……と見ていなかったソルフの方も見に行ってみる。
「えぇ……」
思わず声が出てしまうほど、不器用だ。
「ごめん、俺こういうの慣れなくてな……」
いや、私達初めてやるんですけど……?
ソルフは普通の研究員だった頃に一回ぐらいやったことある気がしたが、実は無いのかもしれない。
「じゃあ、私手伝うよ。自分の終わったから」
ルティアはやけに慣れた手つきで一気に埋め終えた。
ついでに斜めっていた他の苗木も植え直した。
リアもスケールも自分のが終わったようで私達のところに他の苗木を踏まないように注意しながら寄ってきた。
「お疲れ様でした」
さっきの受付の人にバスケットを返す。
冒険者カードが明るく輝き、依頼達成と記された。
✳︎
いやあ……本当に。
こういう依頼は清々しい気持ちでギルドに戻れる。
今回は獣も遭遇しなかったし、魔法も治癒力も使わずに済んだ。
ソルフの支配状態を軽減化してからそろそろ一日が経つが変わった様子はない。
実に平和であった。
こんな日がずっと続いてほしいと願うが、それが叶わないという現実は……
もう、知らされている。




