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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第二章 ラリージャ王朝 冒険編 

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第十六話 血潮

注意 

主人公が前回以上に苦しみます。喚きます。

苦手な方は中盤のリアとの会話の部分のみお読みください。そこは大丈夫です。

それ以外は相当な残酷描写になっております………



………………………


……………………………。




 痛い。まだ、意識がはっきりしているわけでもないのに、その感覚だけが先に私の体を激しく刺した。


 トクトクと小さく鼓動する脈の音に合わせて、どんどんその感覚が広がってゆく。





「これは……ひどいな。こんなの見たことない」



 意識の向こう側で、深刻そうに重い息を吐きながら言う、男の声がする。聞き覚えがあるような気がしたが、思い出す余裕がない。



「ちょっとだけ、痛むぞ……ごめんな」



 その、言葉が通り過ぎた次の瞬間……脈が、神経が、体が、大きく跳ねた。体の奥を硬い何かで抉り取られるような鋭い激痛が駆け巡る。



「あぁっ……あっ!」




 思わず、喉が鳴る。



 何をした……?何をされた……?




 ぼんやりとする意識の中で必死に状況を理解しようと考える。




「リア!早く!もたもたしてる暇ないぞ!」



「はいっ!」





 リア。



 その二文字の名前を聞いて、だんだんと途切れかかっていた記憶の断片が繋がり始める。そしてようやく、重すぎて開けることができなかった瞼をほんの少し開けることができた。


 ぼやけた視界の中に見えるのは、大柄な男の影。右手には小さなロウソク台を持っていて、台に刺さった蝋の先に宿る橙の小さな炎がゆらゆらと揺れている。その光が、男の顔を照らしていた。



 悪意は無いどころかどこかものすごく悲痛な表情を浮かべて私を見つめている。敵では無さそうだと認識した途端、私の体の中から何かが抜けていく感覚がした。



 ずるり、と肉を擦られるような感触がして、少し遅れて、再び荒れ狂う津波のように激痛が襲った。




「うっ……ああっ!あぁあああ!!」





 痛い、息ができない。吸うことも吐くこともできない。喉がギュッと引き絞られて、呼吸が一瞬止まってしまう。



「痛い痛い痛い痛い……!!!!」




 私は反射的に身を左右に捩った。皮膚が、肉が、血管が裂けてその傷口から生命を維持するために最も重要な紅血がドロドロと溢れて私の体のラインを撫でるように流れていく感覚が妙に鮮明だった。



 それと共に、私の中で過去の記憶が蘇る。




 昔、研究所でも同じようなことをされた。研究所なのに、実験体である私達には麻酔すら一切かけずに腹を切られて、背中を突かれて、出血毒と言われている猛毒を流し入れられて、指示に逆らえば電気を流されて失神させられた。



 その時の痛みははっきりと覚えている。今のこの感覚にとてもよく似ていると思った。あの時は何故だか自分でも分からないが、死の淵を辿っていても死ぬことは無かった。



 でも、今は本当に耐えられそうにないと感じた。動けば動くほど痛みが増していく。



 私の悲鳴だけが、暗い空間に反響した。




「ほら、大丈夫。私がいるから」





 パニックになって頭がおかしくなりそうになった時、頭上から優しい、暖かな声がした。



 そこには、リアがいた。



 その姿を見た途端、ほんの少しだけ正気を取り戻せた。荒い呼吸を鎮めることができないままでそれでも私はしっかり目を見開いて彼女の顔を見つめた。



「リトル、大丈夫だよ。今ね、ミラサイト達が助けてくれるから!動きすぎると痛いし、処置が難しくなって苦痛が続くだけだから、ちょっとだけ我慢しててね」


 そう言いながら、リアは私の額を優しく撫でてくれた。



 頭を撫でる手が暖かい。

 

 私は強く唇を噛み締めた。



 本当は痛くて痛くてしょうがないし、叫ぶな、暴れるなと言われても無理だけれど、リアが……当時のリアの冒険仲間達が総出で私のことを助けようとしてくれている。 



 だったら、少しは耐えなくちゃ。




「あっ……うぅ……うっ」




 再び、一本刺さっていた刃が抜けた。一瞬視界が白く弾ける。



 冷や汗が止まらない。服は私から滲み出てきた冷や汗と血でぐっしょり濡れていた。リアは何度も私の額から流れる冷や汗を拭きながら、傷口を押さえてくれた。




 震える手を強く握りしめる。


 全身が燃えているようだった。私は絶対に受けてはいけなかったはずの極闇属性の攻撃を真正面から浴びた。どれだけ刃が刺さっているかなんて考えたくも無い――分かりたくもなかった。

 


 けれどふと視線を落とした瞬間、私は現実を知ってしまった。体には何本も何本も、まるで今寝かされている地面に私の体を釘で打ち付けているかの如く黒く鋭い棘のような短い刃が突き刺さっていた。



 胸にも、腕にも、足にも、腹にも。



 治癒の力だけは残しておかないと、死んでしまう。そうと分かっているのに、出血と共に、輝く治癒の結晶も一緒に流れていっているのが分かった。



「大丈夫か」



 刃を抜いていた男が声を掛ける。


 私は小さく頷いた。



 本当は全然大丈夫ではない。でも、心配させたくなかった。



 その小さな反応を見て、男の顔にも切なさが溢れた小さな笑みが浮かぶ。



「あともう少しだ」



 その声は、すごく優しくて、私はそれを頼りに耐えた。




 でも。正直地獄だった。



 涙が勝手に溢れてきて、刃が抜かれるたびに息ができなくなって、苦しくて、痛くて、堪らない。




 もう、やめて欲しい……。




 今までこういったことを何度もされてくるたびに思っていた言葉が、もう頭の引き出しから溢れ出してしまいそう。



 なんで、なんで私はいつも、こんな目に遭わないといけないんだ。



 誰も、教えてくれない。研究員すらも、教えてくれないのだ。




           



           ✳︎





 どれぐらい、時間が経っただろう。



 気がつけば少し痛みが和らいだ気がした。繰り返し過ぎて感覚が麻痺してしまったのかもしれないけれど。でも確実に太ももに刺さっていた分は全て無くなっているように見えた。




 私は荒い呼吸を繰り返しながら、視界に映る天井を見つめた。



 天井はゴツゴツとした硬い岩のようなもので形作られているようだった。






「ねぇ、リア……」



 私は私の横にいるはずのリアに向けてなんとか声を絞り出す。悲鳴でも呻きでもない、言葉を。



「今、どういう状況なの……?」




 はぁはぁ、と息が激しく上がったまま。でも、聞かないといけないと思った。



 リアはその問いに、一呼吸おいて、それから答えた。




「そこにいるのは私の前のパーティーメンバーのミラサイト、プティル、ジュア。リトルが大変だって言ったら駆けつけてくれたのよ。安心して。みんな味方だよ」



 改めて周囲を見る。確かに、私の体に刺さった刃を抜いてくれている男の人以外にも数人、誰かがいる気配がした。



「うん……ありがとう……」



 今の私には、味方とか、仲間などという言葉が、暖かく心の中を満たしていくような感覚にさせた。



 でも疑問があった。



「でもなんで、リアはもう、その人達とは別れたはずじゃ」




 リアは私達とパーティーを組むことになったために、元パーティーメンバーの彼らとは別れたはずだ。なのに……



 リアは静かに答えた。



「…………スケールがね、リトルに重大な事態が発生したら安全な場所で治療をするように、って私に事前に言ってくれてたの」



「え?」



「だから私はあなたを連れて逃げたの。私が習得している、炎属性の転移魔法を使って」



 そんな話、聞いたことない。それに……スケール、ルティア……



 あ……!!



「みんなは!?スケールとルティアは!?」



 私は聞いたが、リアは視線を落として表情を暗くするばかりだ。



「…………スケールも、ルティアも……連れていかれた。助けられなかった……ごめん……」




 心臓が止まりそうになった。それでも……




「…………助けなきゃ!」



 唐突に口から助ける、という無謀な言葉が飛び出してしまった。無謀だと気づいたのはそう言った後だけれど。




「いつかは絶対ここにいる全員で助ける……でも、今は無理だよ……」



「……そんな!このままほっとけないよ……!」



「…………気持ちはわかるよ、でも今行ってもまた苦しむだけだよ」



 それは嫌……



 今だって相当辛い。痛いし苦しい。それを相当我慢してる。喉が潰れるぐらいの悲鳴を上げてもこの状況から乗り越えられる自信はない。今大人しくできてるのは正直リアのおかげだ。そばにいてくれるだけで安心できる。



「理由は、分かるでしょ……?」



「私が……私が得意としている属性攻撃が、光属性だったから……そう、だよね……」



「うん……でもね、光属性は珍しい。だからすごいんだよ。それに……光属性には派生系が存在するんだ!」



「派生系……?」



 私が知っている属性は「炎」、「水」、「風」、「氷」、「光」、「闇」……あとは「闇」の派生と言われている「極闇」の七種類だ。



「雷属性と言って、光属性よりも強い。あいつは極闇属性……だから光属性のままでは、あいつには勝てない……でも、雷属性の攻撃魔法を覚えれば対抗できるようになるはずだ」



「でも、普通は得意属性以外覚えられないんでしょ?」



 私は聞く。



 リアにそう教えてもらったのに、なぜ今更別の属性の攻撃魔法を覚えろというのか。私は炎も水も覚えられなかった。自分の得意属性魔法以外は今だって使えない。



「雷属性は光属性の派生。似ているんだよ。闇属性の者が簡単に極闇属性に進化ができるのと同じで、雷属性はリトルなら覚えられるはずだよ」



 リアは真剣な表情で私の目を見つめる。



「助け出すんでしょ?」



 その問いに、迷いはなかった。私はしっかり頷く。



「………………」



 そうだよ……やっぱり助けなきゃ。見捨てるなんてできない……。私があいつに対抗するには覚えるしかない。



「……分かった。やれるだけ、やってみるよ」








           ✳︎





「ミラサイト」


 リアが振り返って、尋ねた。


「あと何本?」


 ミラサイトは私の体を見下ろしながら答えた。


「あと五本だ」


 五本。まだそんなにあるのか。思わず、顔が引き攣ってしまった。



「太ももや腕に刺さったものは全部抜いた。残りは胸の周辺だけだ」


 胸。その言葉を聞いただけで嫌な汗が流れた。呼吸をするたびに熱を持ったような痛みが走る場所だ。そこだけ、いまだに鈍く痛みがあると思っていたが、まだそこに残っていたようだ。しかも、五本も。



 考えただけで気が遠くなりそうだった。



「リトル……やるしかない」


 ここで止めるわけにはいかない。全部抜かなければ終わらないのだから。



 ミラサイトは静かに頷いた。



 私はギュッと強く瞼を閉じた。


「悪いな」


 そう言いながら一本目に手をかける。


 その、直後。



 肉が裂ける感覚と共に再び、激痛が走った。


「っ……!!」


 喉の奥から悲鳴が漏れそうになる。それを必死に飲み込む。だが抑え切れるようなものではない。


「ぁ……あ……!」


 涙が滲む。痛い。本当に痛い。だがミラサイトの方が辛そうな顔をしていた。唇を噛み締めて、目の淵には涙を浮かべていた。


 助けようとしてくれている。だから文句なんて言えなかった。


 二本目。


 三本目。


 一本抜かれるたびに体が震える。



「リトル、こっち見て」


 リアが顔を覗き込んできた。


「もう少しだから」


 私は何とか頷く。その言葉だけを信じた。もうすぐ、もうすぐ終わる。今襲いかかっている地獄はもうすぐ終わるんだ。


 四本目が抜かれた。そして――


「最後だ」


 ミラサイトが言った。最後の一本。胸の中心近くに刺さった刃だった。


 

 嫌な予感がする。とても嫌な予感が。




 ミラサイトが深く息を吐く。


「行くぞ」


 次の瞬間。最後の刃が引き抜かれた。


「――――っ!!」



 声にならなかった。痛みが大きすぎた。全身が痙攣する。視界が白く染まる。肺から空気が強制的に押し出される。


 

 苦しい。痛い。熱い――何も考えられない。




「はっ……はぁ……っ……!」


 肩で息をする。体中が震えていた。だが――もう刺さっている感覚はない。


 


 ――終わった。本当に終わったのだ。



 私は震える手に必死に力を込めて残った少しの治癒力を振り絞る。淡い光は少しずつ威力を高めていき…傷は綺麗に消え、痛みもほんの少しなくなった。



「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……うぅ……」



 ようやく終わった。本当に終わった。リアが涙を溢しながら私に抱きつく。



「よく頑張ったね……リトル……偉いよ……」



 …………本当に死ぬかと思った。助けてくれずにあのままだったら、研究所にそのまま連れてかれていたら本当に死んでたかもしれない。



「ミラサイト達もありがとうございます……助けてくれて……」


「いいや、本当ごめんな、痛い思いさせて……」


「ううん……大丈夫……」



 私はようやく体を起こせた。どこも痛くないというわけではない。やはりさすがの極闇属性魔法はそう簡単に良くはならない。体を起こせたというだけで立ち上がる気力はない。血もエネルギーも大量に失っている。その証拠にさっき私が寝てた周りは少しだけ色を変えていた。さっき抜かれた刃も数え切れないぐらい辺りに散らばっている。さっき自分で一本抜いた時は意識が朦朧としすぎてちゃんと見てなかったが、刺さっていたのは刃渡り四センチぐらいの刃だった。



「着てる白シャツ……ボロボロになっちゃったね……」



 リアが心配そうに言う。


 服は全体血まみれで、真っ赤に染まっている。そりゃ刃が刺さっていたのだから仕方ない。治癒力は傷を癒す。だが、もう既に流れ出てしまった血を消すことはできない。私はカバンから予備の服を出してそっちに着替えた。上からローブを羽織る。




 ようやく辺りを見渡すことができる。さっきはそんな余裕すらなく、自分が何処にいるのかも分からないままその場に寝かされていた。



 ゴツゴツとした岩で周りは囲まれていて、地下水が垂れる音がよく響く。奥行きも結構あるように感じる。辺りは暗く、ロウソクがないと周りが見えないぐらいだ。私達以外に人影はない。


「ここはどこ?」



 来た覚えがない。これまでいろいろなところを歩いてきたが、この場所は知らない。



「洞窟の中。魔石が沢山取れる場所の一つ。あまり目につかない場所だからちょうどいいなって。だからここに転移したのよ。あなたの能力は特殊だし、極闇属性から攻撃を受けたなんて言ったら大騒ぎになるから病院に転移はできなかったのよ」



 やはり……


 私はリアの魔術によってここに転移したらしい。



「私、このままじゃダメだ……早くその新しい、魔術を……二人を助ける…………」



 私はふらつく足に無理矢理力を込めて立ちあがろうとした。しかし、ミラサイトは私の腕を引っ張ってわざとバランスを崩させた。私はその力に負けて、その場に力なく倒れ込んだ。



「今日は寝てたほうがいい。逆にこの大量出血でよく立てるな」



 ミラサイトは大量のガーゼが吸った生々しい色を私に見せつける。



「自分の体を壊してまで、そう思うか?」



 ミラサイトは真剣に私に問う。心配している。ミラサイト達も命懸けで私の事を助けてくれた。もう心配をかけるようなことはよくない……。



「…………ううん」



 私は首を横に振る。時間が惜しいとはいえ、無理するのは良くない。



 リアが新しいタオルをくれたので、私はリアの手を借りて比較的ボコボコしていない岩の上で横になった。唐突に眠気が押し寄せてきて、私は目を閉じた。





『スケール……ルティア……聞こえる……?』



 夢の中で心の中で語りかける。



『リ……リトル……そっちは……大丈夫……か?』



 消え入りそうなスケールの声……かなり弱っている。



『スケール……、生きてる……よかった……ルティアは?』



『ルティアは…………もう、相当やばい。自分の力で刺さった刃を全部抜いていたが、十本ほどを抜くのに、その部分を動かすだけでかなり痛がっていた。今は眠ってしまった』



 ルティアはスケールよりもやばいのか……時間がないな。



『リトルはルティアの四倍ほど刺さっていただろう?大丈夫なのか?』



 スケールの声が奥深くまで響く。

 大丈夫なわけがない。



『全然……死にそうだった。でも、リアとミラサイト達に助けてもらえた。励ましてくれた……泣いて喚いて迷惑かけちゃったけど、頑張れた。今は全部抜き終わった』



『そっか……良かった……』



 最後の言葉は安心も混ざったような声だったが、もう話しかけても無音になってしまった。


 

 



 

 

 

再び離れ離れになりました。この先もお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
ここまで読みました。 9話の展開で意表を突かれ、ここまでの展開が私好みでかなり心を掴まれました。 とりあえずはスケール君達がまだ無事そうで良かったです。 打ちのめされた後、主人公が今後どう立ち上がって…
遂に仲間が捕まってしまい、ここから逆転は出来るんでしょうか?(逆転できなきゃ困るーw) 鍵は雷属性ですね。 果たしてそれを覚えて研究員の下から仲間を助け出せるのか……
ミラサイトさん達が助けてくれて良かった……。 パーティは違っても困った時に助け合える関係ですよね(*'ω'*) リトルさんは雷属性を習得すれば今よりもっとずっと強くなって、スケールさんとルティアさん…
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