第十六話 血潮
注意
主人公が前回以上に苦しみます。喚きます。
苦手な方は中盤のリアとの会話の部分のみお読みください。そこは大丈夫です。
それ以外は相当な残酷描写になっております………
…………………………
………………
「……こりゃ酷いな……」
誰だ……?なんか聞いたことがある声。
「ちょっと痛いぞ……ごめんな…………」
イタッ……全く……何をするんだ……
「リア!早く止血を!」
「はいっ!」
うーん……?
私は今の状況を整理しようとひたすら頭を巡らす。リア。その名前は知ってる。もう一人は誰だ…?聞いたことあると思うけど……
ああ……そうか、私は転移したんだっけ?
「まずい、起きる!!」
男が焦り調子で話す声。
もう実質起きてるよ……
私は目を開けた。ぼやけた視界の先に、手にロウソクを持った大柄の男の顔が映った。
それと同時に激しい痛みが押し寄せきた。
ズッという音と共に何かが抜けていき、血が流れる感覚が皮膚を伝う。
「うっ!ぐうぅ……!!たす……たすけて……!!」
私はその場で手足をジタバタさせた。
意識がしっかりしてくると同時にその波も強さを増ていく。私だけの声が周囲にとてもよく響いた。
研究員の仕業か……と本気で思い、私はその男を睨んだ。
「リトル。ほーら、落ち着いて。私だよ。そんな睨まない。私は研究員じゃないよ」
あ…………
私は目線を上にやる。
薄暗くて表情まではあまりよく見えないが、リアの顔が見えた。
その姿を見て、ようやく私は深呼吸して幾らか落ち着きを取り戻した。
「リトル、大丈夫だよー。今ねミラサイト達が刃を抜いてくれてるから、じっとしてて……」
リアの優しい声。頭を撫でる優しい手触り……
それに応えたくてじっとしようと試みる。
苦痛を示すゲージはとうに超えているが、彼女の前でみっともなく暴れ出すわけにはいかない。
それに、助けてくれている。だからじっとしてないと……
そう、心に誓っているのに、刃が抜かれるたびに広がる痛みで我慢しきれない呻き声がどうしても喉の奥から漏れ出してしまう。
私は悲鳴にならないように目をぎゅっと瞑って手を握り締める。
冷や汗と血を吸って服はびっしょりと濡れている。
汚れないようにするためか、ローブは脱がされている。リアが冷や汗を拭いてくれたり、ガーゼを手にして止血してくれたりと一生懸命動いてくれている。
一瞬頭を上げて、体を見下ろす。
まだまだ体には数えきれないほどの刃が刺さっていて、全部抜くのには時間がかかりそうである。それまで私の体力が持つか分からない。
喉の奥で鉄のような味がする。完全に口を閉ざして大人しくするのはどうやっても無理だ。
「ごめん、ごめん……よ…」
ミラサイトは必死だ。みんな必死だ。
私は何度も深呼吸を繰り返す。
そうすれば少しは体力を温存できそうだ。
「ねぇ…………リア……いまどういう……状況?」
大きく深呼吸しながら、私はリアに尋ねる。
少し落ち着いて話ができるぐらいになった。
「そこにいるのは私の前のパーティーメンバーのミラサイト、プティル、ジュア。リトルが大変だって言ったら駆けつけてくれたのよ。安心して。みんな味方だよ」
「……どういうこと?」
リアは私達とパーティーを組むことになったために、元パーティーメンバーの彼らとは別れたはずだ。なのに……
「スケールはね、リトルに重大な事態が発生したら安全な場所で治療をするように、って私に事前に言ってくれてたの。だから私はあなたを保護して転移魔法で……」
そんな話聞いたことない……いつそんなことを言ってた?
それに、スケール、ルティア……
あ……!!
そこまで聞いてようやく思い出した。
そうだ。私達は研究員に襲撃されて負けたんだ。
私はその時に極闇属性攻撃の黒星刃とかという攻撃を体に直に受けた。
それでこの有様だ。
体に刺さった刃がこれだけ痛いのは、痛覚を刺激する薬のせいだ。
そう研究員は言っていた。
「みんなは!?スケールとルティアは!?」
私は聞いたが、リアは視線を落として表情を暗くするばかりだ。
「スケールも、ルティアも……連れていかれた。助けられなかった……ごめん……」
「…………助けなきゃ!」
唐突に口から出たのは助けるという無謀な言葉だ。無謀だと気づいたのはそう言った後。
「いつかは絶対ここにいる全員で助ける……でも、今は無理だよ……」
「……そんな!このままほっとけないよ……!」
「…………気持ちはわかるよ、でも今行ってもまた苦しむだけだよ」
それは嫌……今だって相当辛い。痛いし苦しい。それを相当我慢してる。
喉が潰れるぐらいの悲鳴を上げてもこの状況から乗り越えられる自信はない。今、大人しくできてるのは正直リアのおかげだ。そばにいてくれるだけで安心できる。
「理由は、分かるでしょ……?」
「私が……私が得意としている属性攻撃が、光属性だったから……そう、だよね……」
「うん……でもね、光属性は珍しい。だからすごいんだよ。それに……光属性には派生系が存在するんだ!」
「派生系……?」
私が知っている属性は「炎」、「水」、「風」、「氷」、「光」、「闇」……あとは「闇」の派生と言われている「極闇」の七種類だ。
「雷属性と言って、光属性よりも強い。あいつは極闇属性……だから光属性のままでは、あいつには勝てない……でも、雷属性の攻撃魔法を覚えれば対抗できるようになるはずだ」
「でも、普通は得意属性以外覚えられないんでしょ?」
私は聞く。リアにそう教えてもらったのに、なぜ今更別の属性の攻撃魔法を覚えろというのか。
私は炎も水も覚えられなかった。自分の得意属性魔法以外は今だって使えない。
「雷属性は光属性の派生。似ているんだよ。闇属性の者が簡単に極闇属性に進化ができるのと同じで、雷属性はリトルなら覚えられるはずだよ!」
リアは真剣な表情で私の目を見つめる。
「助け出すんでしょ……?スケールとルティアを」
「………………」
そうだよ……やっぱり助けなきゃ。見捨てるなんてできない……。私があいつに対抗するには覚えるしかない。
「……分かった。やれるだけ、やってみるよ」
ちょっと体力が無くなってきた。というかリアと話すぎた。
やっぱり無理だよ!死ぬわ!ちょっ……!
「はい、最後!」
ミラサイトは最後の刃に手をかける。
それはさっきまでの優しさはどこに行ったのかというぐらいの勢いでズザッ……と抜かれた。
最後の最後は本当にやばかったが、これで全部抜き終わった。
よく耐えた……自分の体……
しかしまだ油断はできない。傷はまだ残っている。
私は震える手に必死に力を込めて残った少しのエネルギーを振り絞る。淡い光は少しずつ威力を高めていき…傷は綺麗に消えた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……うぅ……」
ようやく終わった。本当に終わった。
リアが涙を溢しながら私に抱きつく。
「よく頑張ったね……リトル……偉いよ……」
…………本当に死ぬかと思った。助けてくれずにあのままだったら、研究所にそのまま連れてかれていたら本当に死んでいたかもしれない。
「ミラサイト達もありがとうございます……助けてくれて……」
「いいや、本当ごめんな、痛い思いさせて……」
「ううん……大丈夫……」
私はようやく体を起こせた。
どこも痛くないというわけではない。
やはりさすがの極闇属性魔法はそう簡単に良くはならない。
体を起こせたというだけで立ち上がる気力はない。血もエネルギーも大量に失っている。
その証拠にさっき私が寝てた周りは少しだけ色を変えていた。
さっき抜かれた刃も数え切れないぐらい辺りに散らばっている。
自分で一本抜いた時は意識が朦朧としすぎてちゃんと見てなかったがーー
刺さっていたのは刃渡り四センチぐらいの刃だった。
「着てる白シャツ……ボロボロになっちゃったね……」
リアが心配そうに言う。
服は全体血まみれで、真っ赤に染まっている。
そりゃ刃が刺さっていたのだから仕方ない。
私の持つ治癒力は傷を癒す。だが、もう既に流れ出てしまった血を消すことはできない。
私はカバンから予備の服を出してそっちに着替えた。上からローブを羽織る。
「これでよし」
ようやく辺りを見渡すことができる。
さっきはそんな余裕すらなく、自分が何処にいるのかも分からないままその場に寝かされていた。
ゴツゴツとした岩で周りは囲まれていて、地下水が垂れる音がよく響く。奥行きも結構あるように感じる。
辺りは暗く、ロウソクがないと周りが見えないぐらいだ。
私達以外に人影はない。
「ここはどこ?」
来た覚えがない。これまでいろいろなところを歩いてきたが、この場所は知らない。
「洞窟の中。魔石が沢山取れる場所の一つ。あまり目につかない場所だからちょうどいいなって。だからここに転移したのよ。あなたの能力は特殊だし、極闇属性から攻撃を受けたなんて言ったら大騒ぎになるから病院に転移はできなかったのよ」
やはり……
私はリアの魔術によってここに転移したらしい。
「私、このままじゃダメだ……早くその新しい、魔術を……二人を助ける…………」
私はふらつく足に無理矢理力を込めて立ちあがろうとした。
しかし、ミラサイトは私の腕を引っ張ってわざとバランスを崩させた。私はその場に力なく倒れ込む。
「今日は寝てたほうがいい。逆にこの大量出血でよく立てるな」
ミラサイトは大量のガーゼが吸った生々しい色を私に見せつける。
「自分の体を壊してまで、そう思うか?」
ミラサイトは真剣に私に問う。心配している。ミラサイト達も命懸けで私の事を助けてくれた。
もう心配をかけるようなことはよくない……。
「…………ううん」
私は首を横に振る。時間が惜しいとはいえ、無理するのは良くない。
リアが新しいタオルをくれたので、私はリアの手を借りて比較的ボコボコしていない岩の上で横になった。唐突に眠気が押し寄せてきて、私は目を閉じた。
『スケール……ルティア……聞こえる……?』
夢の中で心の中で語りかける。
『リ……リトル……そっちは……大丈夫……か?』
消え入りそうなスケールの声……かなり弱っている。
『スケール……、生きてる……よかった……ルティアは?』
『ルティアは…………もう、相当やばい。自分の力で刺さった刃を全部抜いていたが、十本ほどを抜くのに、その部分を動かすだけでかなり痛がっていた。今は眠ってしまった』
ルティアはスケールよりもやばいのか……時間がないな。
『リトルはルティアの四倍ほど刺さっていただろう?大丈夫なのか?』
スケールの声が奥深くまで響く。
大丈夫なわけがない。
『全然……死にそうだった。でも、リアとミラサイト達に助けてもらえた。励ましてくれた……泣いて喚いて迷惑かけちゃったけど、頑張れた。今は全部抜き終わった』
『そっか……良かった……』
最後の言葉は安心も混ざったような声だったが、もう話しかけても無音になってしまった。
再び離れ離れになりました。この先もお楽しみに。




