第十五話 襲撃
注意
最後の方で主人公が苦しむシーンがあります。苦手な方は注意してください。流血表現もあり。
「…………久しいな、お前達。ようやく、ようやく見つけたぞ」
後ろから声がしたのを感じて振り返る。
そこには一人の男の姿があった。
黒シャツ。所々黒色が映える装飾のついた白衣のような羽織。刈り上げた黒の短髪。頭に生えた漆黒の太い二本角………極め付けには紅梅色の鋭い目。
「リトル、ルティア、スケールよ…こんなところでぬくぬくと何をしていた」
私達の名前……それを知っている。間違いない。
彼は私達の宿敵、研究員の一人だ。
威厳と深みのある声が鼓膜を揺らす。
体が即座に反応し、一歩、二歩……と私は後退った。
「………………」
すぐには回答できず、私達は全員口を閉ざした。冒険者をしていたなどと安易には言えない。
「それに……そこの少女は誰だ?」
研究員はリアを指差して言う。
リアは怯えている様子で、私のローブの裾を掴んだ。
「リア……炎属性魔術師で、私達と行動を共にしています」
「そうか。残念だな……今からそこの三名を連れていく。これは命令だ」
「……そうはさせない……!」
すると、リアは強く杖を握り締めながら私の前へと出てきた。
「対抗するのか……」
赤い目がリアを、私達を剥く。
「やめろ、リア」
スケールは首を何度も横に振り、リアに小声で訴える。
「もう良いんだ、無駄なことはよせ」
リアは一瞬振り返ったが、何も言わず研究員に歩み寄っていった。
私達がリアを止めるよりも早く、研究員は動いた。
「そうか……なら、力ずくにでもお前達を奪ってやる」
研究員が右の手のひらを上にして前に出す。
「『闇装備武器召喚』」
一言そう口にすると、その手のひらが黒紫色に光った。重い音を立てながら一本の長く黒い棒が出現する。切先は鋭く尖っており、全体から激しくオーラが吹き出している。
「…………闇、属、性…………」
リアの震える口から漏れ出した、驚きと信じられないという感情が混ざった一言。
私は知っていた。彼らは全員、闇属性だ。
闇属性は数少ないと言われているが、彼ら研究員は闇属性魔術師なのだ。
私は光属性を得意とし、特性を持っている。
つまり――確実に不利だ。でももう、手遅れだ。
「リトル!危ない……!!」
リアが叫ぶ。
気づくと目の前に真っ赤な光を蓄えた鋭い目があった。切先に漆黒の光を蓄えた闇属性の特殊な槍が、すぐ目の前に迫る。
「『シアクリフ!!!』」
スケールの持つ防御魔法が炸裂する。
光を反射し、うっすら虹色に輝く膜が私の体を包み、槍の攻撃を阻止する。
…………危ない……
私はこれまでに感じたことのないような危機感と恐怖を今一瞬にして味わった。
どのぐらいの影響があるのかは分からない。
だがあの時に読んだ魔導書には、『闇属性は精神攻撃。光属性のものが浴びると数倍威力が増す』と書かれてあった。
当たらないのは分かってる。でも何もしないよりはできる攻撃をするべきだ。
身体中から溢れる魔力を一点に集中させる。
黄色く輝く光の魔石が更なる輝きを増す。
杖を天に向け、詠唱を始める。
「風は龍のように巻き上がり、光の結晶は天地を揺らす。我に注がれる光の粒よ。雨のように降りしきる刃となれ!」
雲が注がれる魔力につられ、黒く、厚くなっていく。遠くの方で黒い雲が電気を帯びて爆ぜる。
詠唱の如く激しい突風が巻き上がり、髪やローブをはためかせる。
「『星龍乱れ雨』!!」
杖の先からランダムな形をした棘のような無数の刃物が飛び出した。
まっすぐと研究員に向かっていく。
しかし……それは闇の海にのみこまれていき、何事もなかったかのように消えた。
研究員は傷一つなく、口元から笑みが覗いた。
「リトルは光属性か。残念だな……不利で」
「…………」
私は杖を下ろす。これではとても相手にならない。私はやはりヒーリング担当になるべきか。
「リトル!私に任せて!!」
今度はリアが杖を構える。
「『ファイアーボール!!』」
火を纏った大玉が周辺の空気を巻き込みながら研究員に向かっていく。
「うっ……!!」
研究員が一瞬、呻き声を上げたのが分かった。
「…………当たった……?」
リアはしっかり頷く。
「やっぱり、そうみたいだね」
「何が……?」
「火属性は闇属性に多少なりとも抵抗できるのよ」
光属性は確かに不利……なぜ火属性が効くのかは不明だが、リアの攻撃は効いた。
……そうか!
「ルティア!!お願い!」
「任せて!」
私は加護に周り、攻撃は火属性攻撃ができるルティアとリアを中心に三人でしてもらうことにした。
変に攻撃をして私が闇属性の攻撃を受ければ大変だから。
ルティアは出番を待っていたと言うかのように自身の短剣に炎の力を宿し燃える刀を作る。
そして、攻撃を開始した。
私は出来るだけ間合いを取って三人の様子を目で追う。
ルティアの体の一部から血飛沫が弾け飛ぶのが見て分かった。
「『ミリウスヒーリング』!!」
私はすぐさま治癒力をかける。
……本当に役割はそれだけでそれ以外のことは何もできないに等しい。
だがここは連携プレー。
全員が同時に行くよりタイミングを見て指示を出し、不得意なことを補っていくべきだ。
「…………無駄だな」
研究員はまだまだ余裕の表情。
私は様子がおかしいと感じ、少しだけ間合いを詰めて仲間の元へと歩み寄る。
「『オーロラシールド』」
研究員が何やら魔術を使った。厚い膜が出現する。
すると、さっきは当たっていたであろう火属性攻撃も氷属性攻撃も……全ての攻撃が弾かれていった。
「…………そんな…………なんで……」
リアは信じられないという様子でその透明な膜を手で叩く。硬い音を立てるだけで全く割れる気配がない。
「まさか…………あなたは……」
リアは何かに気づいたように後退る。
恐怖のあまりその場に座り込み、研究員を見上げる。
「…………極、闇属性…………?」
「そうだ」
研究員はリアの驚きの表情が目に入らないと言うように、漆黒の槍をその顔に突きつけた。
「もう、終わりにしよう。お前も大人しく付いてくるがいい……」
「いやだ……」
リアは涙目になりながら必死になって抵抗する。
直後、脇からルティアが突っ込んできた。
手には刀。炎を宿してはいない。白銀の刀身でシールドを突く。パリーン……とガラスが割れるような音を立てて、そのシールドはあっけなく壊れた。
「なっ……」
このオーロラシールドとやらはどうやら全ての属性のどんな魔術でも吸収し無効化する能力がある。しかし、それは魔術のみ。魔力が込められていない突起物で突くだけで簡単に壊せる。いい情報を得られた。
「スケール!今だ!」
ルティアの掛け声ととともに、スケールの氷の槍が振り上げられる。そのまま研究員の右腕辺りに刺し傷を付けた。その付近が凍りかける。
闇属性は強い。だから完全には凍らない。
でも効果はある。
「よし……」
「…………お前達、この短期間で随分と強くなったのだな……この俺に対抗できるほど………」
研究員は刺された傷を抑えながらも少々高ぶる気持ちを抑えるように重い声を発する。
漆黒の槍を強く握り締める。
「……もう少し、本気で相手をしてやろう……」
私達を見下ろす目はさらに鋭い赤へと変化する。
「まだ本気では無かったのか……?」
スケールの表情は少しずつ恐怖に変わってゆく。
誰よりも頼れるスケールが。
私も正直怖い。
きっとこの研究員は、私達を殺す寸前まで追い詰めるつもりだ。
彼らにとって私達は大事な実験体であるから普通に考えて殺すまではいかないだろう。
しかし今これだけ私達は抵抗をしているから、その抵抗を鎮めるには身動きが取れないほどに拘束してくる……そのぐらいに思うべきだ。
そもそも彼が『極闇属性』の攻撃を操れるという点で確信できてしまう。
私達はさらに間合いを開ける。
これまでは槍を使った接近攻撃。だから出来るだけ間合いを空けておいた方がいい。そう思った。
「『ウォーターボール!』」
リアが初級の水魔術を発動。
得意とはしない属性ではあるものの、中級までは操れるというその能力は本当に役に立つ。
「『暗黒闇』」
再び魔力が吸収……いや何かが違う……
ただ吸収しただけでは無さそうだ。
研究員の手から水の玉が作られるのが見えた。
「リア!」
スケールがその異変に気づき、リアを庇う。
「『シアクリフ!』」
防御魔術『シアクリフ』。
それが発動すると同時に、研究員から放たれたのは、闇属性攻撃ではない。
「ウォーターボール・改」
リアが放ったウォーターボールと比べ物にならないほどの大きな水の塊が襲いかかる。
その水飛沫は私とルティアの服をも濡らすほど。
遅れて発生した風が私達を煽る。
「……なんだ、この技は……」
思わず感情が声となって漏れ出す。
こんな技聞いたこともない。私は知らない技。
……相手の能力を吸収し、威力を増して攻撃する……これが闇属性を超えた闇属性、『極闇属性』の攻撃だ。
「防がれたか……なら」
漆黒の槍が私に向けられた気がした。
「リトル、お前を最初に始末する」
地を這うようなさっきよりも重い、威厳のある声が全身を震わせ、電気が走るような感覚がした。
殺さない程度ではあるはずなのに、殺しにかかってくるぐらいの強い殺気……
「『黒星刃』」
術名を素早く口から発すると同時に漆黒のオーラを放つ棘のような刃が私に向けて乱射される。
数えきれないほどの数の刃が襲いかかる。
「リトル!!」
スケールが私に駆け寄る。
今度は私をスケールが守……
防御魔術が――割れた。
そのまま無数の漆黒の刃は私の体に降り注がれた。
「ぐっ……あぁあ!!」
耐えられずに呻き声、いやそれを悠々に超える叫び声、悲鳴が喉の奥から絞り出される。
「う……う……うあぁああああ!!」
「リトル!落ち着いて!リトル……!!」
リアの必死な声が耳元で響く。
そう簡単に落ち着けなんて……
そのリアの腕からも漆黒の刃が見え隠れしていた。リアも痛いだろうに私の体を抱えてその場で声を掛けてくれる。なのに、私はうんとも言えない。
呻き声を必死に堪える。
体を起こすことすらままならず、私はその場で転げ回った。目だけを動かし状況を確認する。
両太もも、両腕。あとは体を起こさないと見えないが、恐らく胸や腹にも刺さってる。
体の全てに力が入らない。
自分の体なのかと疑いたくなるほど感覚すらない。
自分が今こうなってしまった理由。たくさん刃が刺さっているという理由のほかに私が光属性だからというのもあるだろう。
光属性が闇属性から受ける攻撃は通常の数倍にも及ぶ。その痛みをさっきは『シアクリフ』でかわした。
しかし今、本当にその痛みを味わった。
生きているのが、呻くのを我慢できるのが不思議に思うほどである。
「…………ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………」
息が苦しい……胸が痛い……心臓が激しく脈打っている。地を這うのですら痛すぎて無理だ。
魔力が、体を流れるエネルギーの全てが、刺さった刃によって吸収されていく……そんな感じがした。
そして精神攻撃というだけだけあって胸の辺りに強い違和感がある。
「リトル、大丈夫。私がいるから」
リアの優しい声……
落ち着け、落ち着け。
まだ間に合う。
私はゆっくり息を吸って吐く。
それを数回繰り返し、落ち着きを取り戻そうと必死になった。
それから治癒力を掛けようと手を近づける。
……ダメだ……全く力が入らない。
それに刃によるエネルギーの吸収…………
仲間の鼓動がする。
私を守ろうとしてくれたスケールの体にも数箇所、漆黒の刃が深々と刺さっていた。足を引き摺りながらも研究員に歩み寄り、槍を構える。
「一番最年少のリトルを……狙って撃つなど……俺は許せない……」
スケールは研究員と再びぶつかり合う。ルティアも同じように刃に炎を宿して立ち向かってゆく。
……私は右の太ももに刺さった刃のうち一本を左手で掴んだ。
次の手段。この刃を抜く……
震える手で、感覚の大半を失った手で、その刃を掴み、ゆっくり上に引く。
動かすたびに広がる痛みに呻き声をあげそうになるのを喉の奥で必死に抑え込みながら引いていく。
先端が見えてきた。よし……
私はそれを勢いよく真っ直ぐに引き抜いた。
同時に涙が目尻から溢れ、一瞬血飛沫が上がったのが分かった。
抜いたそれをよく見る。
涙が張り付いてぼやけ出す視界に、今抜いた漆黒の刃が映った。
血を吸ってさらに赤黒くなった刃。
細かく枝分かれしている先端……
まだ、一本。
まだおそらく四十本ほど残っているはず。
一本抜いただけなのに、失血やエネルギー不足、魔力不足…いろいろな問題がかさみ、もう刃を抜く気力すらなく、私はリアに体を預けた。
「大丈夫だよ、リトル……そのままゆっくりしてて……」
「リア……」
ああ………
その優しい声を聞けば聞くほど、苦しいし悔しい。不利な属性、『光属性』でなければ、ある程度は攻撃できたはずだ。そのために魔法も多少なりとも習得した。それなのに、彼には全く通用しなかった。
リアは懐に入れていたガーゼを取り出し、私の太ももの、刃を引き抜いたことでできた傷を押さえて止血を始める。
「ルティア……スケール……」
私は薄れかかった視界の中で二人を見る。
数秒もしないうちに、スケールが……次にルティアがその場に崩れ落ちた。攻撃を受けたわけではない。
先程私も浴びた黒星刃と呼ばれる刃が刺さった辺りを気にしている。
「…………効いてきたかな、その刃にはより痛覚を刺激をする薬が塗られているんだよ……それに極闇属性の精神攻撃……」
冷酷な声。研究員は未だに余裕そうな顔……一体どこからそれだけの力を生み出しているのかと思うぐらいの佇まい。
スケールは顔をしかめながらも、研究員を睨み続ける。しかし、力及ばず。
すると……スケールは何やら私に向けてジェスチャーをした。手を振り、いけっとでも言うかのよう……
「今こうなったのは、お前たちが俺達に逆らい、そして戦いを挑んできたからだ。そのことを忘れるなよ」
スケールとルティアは抵抗もできないまま研究員に腕を掴まれて強引に立たされ、そのまま連れていかれた。
私はとりあえずそのまま。
でもきっとすぐ別の研究員が来る……
私達は負けたのだ。
正直あの一撃だけ。あの一撃に私達は負けた。
「リトル、行こう」
突然、リアが杖を握り締めた。訳がわからないまま魔力が集まってゆくのが見える。
「時を超える我が炎よ。我が手に集いし禁忌の知恵よ。今ここに解き放ちたまえ。秘密の扉を開き、新たな地へと導く力を授けよ!『メタシスト!』」
体が魔力に包まれるのが分かる。
詠唱の内容からするに、これは……転移?
「待って!!」
気づくとそう口にしていた。
しかしもう詠唱は終わった。間に合うわけがない。
私とリアの体は完全に魔力に包まれた。
「スケール……!!ルティア…!!!!」
私は喉の奥から全力で叫んだが、その声が届くことは無かった。




