第十四話 本当の力
私達は模擬戦を終わらせ、ギルドにて再び依頼書を眺めた。
絶えない依頼の数々……私達はCランク以上(リアだけBランク)だからモンスターや獣の討伐に行ける。
武器も獲得したし、模擬戦で魔力の使い方も少しは分かった。私も早く討伐系をやってみたい。
「これなんかどう?」
リアが一枚の依頼書を指差す。
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依頼 獣・モンスター討伐
推奨ランク Cランク
弱めではありますが、獣・モンスターが大量発生しています。討伐お願いします。
場所 ミノラの林
報酬500ビズ/時給
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なるほど、普通のモンスター討伐だな。
ミノラの林……行ったことある場所だ。
私達がルティアと出会う前……少女救出作戦の依頼を受けるときに通った林である。その時も獣に襲われた。スケールがいなければ、当時の私では死んでた。
でも、今は違う。
「じゃあ、これしようか」
あっさりと決まった。模擬戦の成果……試すとしよう。
ミノラの林……
見た目は変わった様子も無く、青々とした木々が美しく茂っている。
「中に入ろう。逸れないように付いてきて」
私達はリアの背中に続いた。やっぱり頼りになる。
……空気がおいしい。
ギルドのある辺りは正直ちょっと落ち着かないところがある。いろんな人に見られている気がして、研究員がいないかと常に気にしてしまう。こういうところに来ると落ち着くものだ。
木々の隙間から漏れる木漏れ日が暖かい。動物の鳴き声も……
しかし……その鳴き声の中に、唸り声が聞こえた。
「獣が近い……注意して!」
「うん!」
そう言った矢先……
「ウガアアアアア!!!」
急に背後が暗くなったと思ったら、すぐ真横から巨大な影……暑そうな茶色い毛を全身に生やし、口に二本の牙……コイツは、獣だ。
「リトル!今だ!」
リアの合図とともに、私は杖を構える。
「身に宿る光の結晶よ!その輝きは地より広く、海より広いものとなり、どんなものでも燃やし尽くさん!『シャイニーウェーブ』!」
辺りいっぱいに広がった光の海が、現れた巨大な獣の影を包み込んでいく。
黄色かった光の魔石は白く輝き、熱を持った。その熱は高温の光の海を作り、獣を燃やし尽くした。
「ギャアアアアア!!」
耳が痛くなるぐらいの雄叫びを上げながら、その影は燃え尽き、消え散った。
「やったあ!」
ついに、私は獣を一頭倒すことに成功した。
本当に成長した。使える魔術は少ない。でもなんだか、十分に感じた。 自分一人の力で大きな獣を一頭仕留められたのだから。
「すごいよ、リトル!」
そう言われて、私はぎこちなく笑った。
「ギャア!ギャア!ギャア!」
次は空から……でかい翼を生やした鳥が姿を現した。
先程倒した獣の雄叫びに釣られたのか、私達を鋭く威嚇するような目で尖った嘴を向けた。全体的に白い羽毛。羽を広げる。体長二メートルはゆうに超えているだろう。
「リア!お願い!」
空からの襲来。
スケールやルティアは遠距離攻撃ができない。私はできるものの、さっき魔力を使ったばかりである。
「任せて!」
次はリアが杖を構えた。
「『ファイアーアロー!』」
やはり無詠唱………リアはすごいな……
しかし……そのその矢はすり抜けた。掠ってすらいない。
「ダメか……」
リアは肩を落とす。
その隙を見て、私も攻撃体制に入った。
「あまねく光の結晶をここに宿し、光の玉を顕現せよ!『シャイニーボール』!」
これは模擬戦でも使った技だ。しかし、これも当たらない。
「『ファイアーボール』!」
次はリアがファイアーボールで攻める。一瞬掠ったように見えたが、翼でかわされている。
大きな足の鋭い鉤爪がすぐそこに迫ってきた。羽ばたく度に吹き飛ばされそうな程の強い風が巻き上がる。
「まずい!」
もう本当にまずい。ただ、これなら接近戦が効く。
「スケール!」
スケールの短槍が一閃した。ザクっとその鳥の頭を突き刺す。
「ギャアアア!」
痛みに悶えるように体を捻る鳥。しかし、まだ体制は保っている。
「ルティア!」
次はルティアが短剣で腹の辺りを切る。
紫色の血……
こいつは精神体……モンスターだ。ソイツのバランスが崩れる。
「離れろ!」
スケールも刺していた槍を勢いよく引き抜き、走ってそのモンスターから離れる。
足の遅い私も、必死にその場から離れた。
木々が潰されるメキメキという音が響く。地が揺れる。
「きゃあ!」
「リア!」
私は転んだリアを抱き上げて走った。これはまずい。
メキメキ音が収まった後も土煙が辺りいっぱいに立ち込めた。
モンスターはチリとなって消えていた。
林の一部が崩壊した。また新たな依頼が発生しそうである。
とりあえず、獣とモンスターを一回ずつ討伐した。 ただ、まだ依頼は達成できていない。
「さて……次行こうか」
もう一度同じ場所を通るのは危険なため、リアの提案により、私達は別の入り口から中へ入ることにした…………
✳︎
依頼の帰り……私達はいつものように路地を歩いてギルドに向かっていた。依頼の達成を報告し、報酬を受け取りに行く。
その時だった――
「きゃああああ!!」
なんだ!?悲鳴っ!?
私達は声のする方へと駆け寄った。
人だかり……その隙間から顔を出して状況を確認する。
そこには、ぐったりと街のど真ん中で倒れ込んだ男の人が居た。
「誰か…ヒーリング掛けられるやつはいないか!」
大声で、周りにいた人が助けを求める。
何があったのかは分からない。だが、何かがおかしい。
男性の服の下……皮膚の一部が紫色に変色しているのだ。
今までにないほど、高揚感で心が満たされてゆくのを感じる。
今すぐにでも能力を発動したい……と体が私に訴えてくるような不思議な感覚。一歩、二歩…と自然に足が前へと動いた。
私なら、出来るんだ。この状況を変えることが。
しかし……
「リトル、いくぞ」
スケールはそんな人だかりに背を向けて私の腕を強引に引っ張った。
リアはその様子を眺めるだけで何もしてこない。リアには全部話している。だから慌てもしない。
「待って……治さなきゃ、このままじゃ……」
「ダメだっ!!我慢しろ!!このっ!」
「……っ!」
私の心臓が跳ねた。
スケールのいつもの優しさはどこにもない。目も鋭く釣り上がっていて、青い目の眩しい光が突き刺さる。
「私なら、私達なら、出来るじゃないか………!!!」
「何を言っている!?見れば分かるだろう。約束を忘れたのか!!」
「!!」
冒険者になる前に交わした約束………それは、人前で治癒力を安易に放出しないこと。
でもよく考えてみれば、それは不可能に近い。
これまでも何回か治癒力を使ってきたわけだけれど、その全てを魔法と誤魔化してきた。疑われはするけれど、そうしてきた。だって、不可能だから。
『いつものように魔法だって言って乗り切ればいいじゃないか……!』
「っ………!!」
私の腕を掴む力が一瞬弱まった。
『でも、これだけの人の中で治癒力を放出するのは危険すぎる…それに、見た目ただの傷ではない。万が一のことが有れば……』
「…………研究員がいるかもしれない」
ルティアも小さく呟く。怯えるように体を震わしている。
「そうだよ……リトル……二人に心配かけちゃダメだよ……?」
リアも耳元で小さく私に説得する。
スケールもルティアも、体の奥でエネルギーをぎゅうぎゅうに押し込んでいる状態で、苦しいだろうに何も言わない。そんなことよりも自分が研究員に捕まることに怯えている。
自分が…………
ああ、そうだよ。結局、自分がなんだよな。
倒れ込む男性とスケールの目を交互に見る。
「………それでもやっぱり……ほっとけないよ」
「やめろ、やめてくれ……頼む。バレたら、俺もルティアも捕まってしまう。俺も、リトルも、ルティアも……みんな殺されるかもしれないんだぞ」
「うっ……うぅ………」
私は必死に我慢している。その場から離れればその感覚も消える。だが、私はどうしても離れられない。
人だかりも徐々に解消されてゆく。諦めたように誰もがその場を去っていった。その中には、涙を蓄えた人がたくさんいた。
パチパチ……と私の握っている拳から黄緑色の光が弾けるのが見えた。
「やめろ!!リトル!!!!」
後ろから私の体を抱え込んだ仲間の腕、スケールの喉の奥から絞り出した声を振り切り、私は男性に駆け寄った。
ぐったりと倒れ込んだ男性に向けて全力で我慢していた治癒力を解き放つ。身体の中が空っぽになるぐらいの強いエネルギーが男性の変色した皮膚や傷を包み込む。
いつもなら二、三秒……のはずなのにやけに時間がかかる。それでも私は放出し続けた。
✳︎
「一体…どういうこと……?魔法じゃ、感染症とか病気は治せないはずじゃ……?」
さっきまで意識も虚ろに倒れていた男性が驚きを隠せない表情で私を見た。男性の体にさっきまであった、皮膚が壊死して紫色に変色していた箇所も、痛みに悶えていた内部欠損も完全に無くなっていた。
感染症……?
病気……?
今そう言ったか……?
私は手から冷や汗が吹き出す感覚を覚えた。体の底から怖気と不安と後悔が混ざった感情が吹き上がり、身体中が激しく震え出した。
後ろに控えるルティアもスケールも目を合わせてくれない。ただ俯きがちにどうすることもできないという、無力感でいっぱいの様子で立ち尽くしていた。
心の声ですら何も言ってこない。責めるようなこともしてこない。
…………ただ、言葉を失っていた。
「………………それは………あなたにかけた……力は…………」
震える口から必死に言葉を紡ぐ。どう隠そうとしても、もう隠すことはできない。その状況を自分自ら作ってしまったのだ。
後ろに控える二人はやはり目を合わせようとはしない。ついには背を向けてしまった。
私は一歩前に出て一言、言葉を絞り出した。
「………………魔法では、ありません………………」
「なっ…………!」
男性はさらに目を丸くする。その目は怪物を見るような恐怖も込めた目。殺意の籠った目だ。
「…………それが、助けてもらった相手に、向ける目ですか………?」
私はその鋭い視線から逃れるように顔を逸らし、思わずそう口にしてしまう。
喉の奥にぐっと力を入れ、溢れそうな涙を押し戻す。体の脇でぎゅっと拳を握った。
「…………なぜ、怖がる必要があるのですか………」
私はさらにその男性に歩み寄る。倒れ伏す男性を立ったまま見下ろす。男性もまた顔を逸らそうとする。
「……………………あなたは、何も知らない。私達のこと。だから……そんな目で私達を見れるんですよ」
ついに涙がこぼれ落ちた。
もう、我慢なんてできなかった。
もう、私達の平和な生活はこれで完全に断たれてしまった。
その悲しみとこの後確実に襲いかかる恐怖で、立つのもやっとだ。
「もうやめろ。いつかはこうなる運命なんだって、ずっと前から分かっていて、理解してきただろう。俺は止めたけれど、仕方ないことだということも心の奥で同時に思っていた」
耳の近くで囁き声がする。後ろから温もりを感じる。鍛え上げられた太い腕が背中から伸びる。
その腕も激しく震えていた。
「っ…!!スケール…………ルティア………」
これは私のせい。スケールもルティアも何もしていない。それなのにこの二人も巻き込むことになる。さらに何も関係ないリアまで……その事を今ようやく実感した。
我慢が足りなすぎた…考え方が甘すぎた。
私の魔法と言って乗り切るという方法。
今まで何も言ってくることは無かったけれど。今回心の声であれだけ止めに入ったのは……そういうことだったのか……
肩が少しずつ濡れていく感覚がある。
……普段泣くことすらないスケールが泣いている。
助けられるはずだったミラサイトの仲間、ラミリアを助けられなかった時、一滴も涙をこぼさなかったスケールが泣いている。
「うん……うん……それは私も、分かってるよ…でも、きっと次は、殺される…」
でも。自分が行ったことは人を助けるためにはどうしても必要だった。そもそもこの状況でほっとくことなんて、誰ができようか。
そう、私が泣いている理由……後悔ではない。…………怖いんだ…………
「お、教えてくれ!一体何が起こっているんだ」
男性は今度は慌てた様子でなんとかしようとしてくる。スケールは一瞬考えてから口を開く。
「教えてあげてもいい……ただしこの話は何があっても絶対に秘密にしてください。いいですね」
男性は少々首を傾げながらもうんうんと頷く。
スケールはフゥ……とゆっくり深呼吸をし、わざと首につけられているリボン型の監視装置を見せる。
「これは監視装置です。私達は研究所という機関で私達だけが持つ特殊なエネルギーの研究を無理矢理やらされていました」
「無理矢理……?」
「そうです。いわゆる監禁です」
男性はさらに目を丸くする。
「それで一体何の研究を…?」
言いたくはない。言うつもりはない。だけど、かなり疑われている状態だ。今更隠すことも出来ない。
「体を毎日刻まれて、血まみれになりながら、私達の能力……治癒力について研究されます」
「…………一体、なぜ……?」
「それは、分かりません……」
私は首を振って口を噤んだ。
「やられっぱなしでいいのかよ……」
やはり怒りの籠った声で男性は言う。協力しようとはしてくれそうだ。
でも、私達にとっては邪魔な事だ。
「ほっといて下さい……巻き込まれたら本当に死にますよ。逃げるなら逃げなさい。私はもう、あなたを守ることはできない」
「……………!!!」
私は強めの口調でキッパリそういうと、男性は逃げるようにその場を去っていった。
私は涙を腕で拭きながら、スケール、ルティア、リアに言った。
「ごめん……みんな……」
謝った。謝ることしかもう、私にはできない。
「リトル……戦おう。きっと襲撃される。だから……」
ルティアもリアもスケールも全員がそう言った。
「うん…………絶対、勝とう」
私達は再び歩いて、路地に入った。
しばらくして、私は後ろから暗黒が立ち込める感覚がした。
後ろを振り返る。誰かが立っていた。
「…………久しいな、お前たち……」
次話 襲撃です。




