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第141話 罠への対抗③

 ばんと古い扉を開いた瞬間、中にいた者たちが一斉にこちらに顔を向けた。


「おとなしくしろ! リエンラインの騎士団だ!」


「なっ」


 リーンハルトが叫ぶのと同時に、中にいた男たちが、すぐに剣を鞘から抜き放つ。間髪を置かず、入ったリエンラインの騎士たちへ向かって振り上げた。


 ほんの一瞬の間に、同じく剣を鞘から抜いていた騎士たちと、打ち合う音が蝋燭一本しかない薄暗い部屋に響く。


「全員は殺すな! 証言させるのに必要な数だけは残せ!」


 リーンハルトが叫ぶ間も、騎士や男たちの動き回る風で炎が揺れるからだろう、部屋の壁では、戦う影が大きく揺らめきながら動いている。


 切り結んでも、人数差で不利なことに気がついたのか、窓を開けて逃げ出そうとする者もいるが、建物の横に回り込んでいた騎士たちが、飛び出す前に相手の男の足に剣を閃かせている。


「なっ、どうしてリーンハルト様が……」


 驚いたせいで、動転して顔を変えているのも忘れたのだろう、髪で隠すようにしながら、マーリンが侍女と慌てて部屋の奥へと逃げ出していく。


 踏み込んだ騎士たちの数で、ここで戦っても勝てないと思ったガルデンの者たちも、足早に奥へと逃げていくが、どちらにせよ時間の問題だ。建物の外はすべて包囲してあるし、階段を使って別の建物へ逃げるつもりでも、屋根には、隣の空き店舗から屋根を伝ってきた騎士たちで、すでに逃げる場所はなくなっている。


 階段を先に上っていった者たちが戦う剣の音が響いてきた。


「くっ――」


 その音に、階段を目指していた男は慌てて向きを変えると、マーリンたちが走っていった廊下の奥へと駆け込んでいく。


「待て!」


 必死な形相で走る男のあとを、リーンハルトは一人の騎士と一緒に追いかけていく。


 男が入ったと思われる奥の扉を開けると、どうやらいろんな荷物が置かれている部屋のようだった。


 高い荷物がいくつもある中で、床に木箱が積まれた一角に先ほどの男が座り、カチカチと懐から取り出したなにかを叩いているではないか。


 火花の瞬く光景に、咄嗟にリーンハルトの目が見開く。


 開けられた側の古い木箱に入っているのは、明らかに火薬だ。その手前でカチカチと鳴らしながら男が持っているのは火打ち石で、今まさにそれに点火しようとしている。


「やめろ!」


(この建物ごと爆破をする気か!)


 いくら住んでいる人の少ない一角とはいえ、ここで爆発が起きれば、周りへの延焼は免れない。


 建物密集地でそんなことをされれば、この街にどれだけの被害が出るか!


 急いで駆け寄り、男の体をリーンハルトは剣の面で大きく薙ぎ払った。勢いのまま男の体は後ろへと飛ばされ、弾みで手に持っていた火打ち石が床へと落ちる。


 ことんとくすんだ床に転がったそれを足で蹴飛ばして男から離し、体を起こす前に肩から斜めに切り裂いた。


「うわああああ」


 叫びながら男が血を流して床に転がるが、今はそれよりも火薬のほうが先だ。


「火は!?」


「間に合ったようです!」


 一緒に部屋に駆け込んだ騎士の言葉に振り返れば、カチカチと鳴らされて散っていた火花は、どうにかすんでのところで、導火線には燃え移らすにすんだらしい。


「陛下、これは街の爆発で使われていたのと同じものです!」


「ならば、先ほど聞いた話のとおり、こいつらが犯人で間違いはないな」


 改めて視線をやれば、木箱に入っているのは明らかにリエンラインで生産されたものではない。名前もなにもないが、ガルデンのものだ。過去の戦いで、幾度か目にした形の容器に入った火薬に、疑いようもない証拠だと頷く。


(――これで、もう一度ガルデンに行く明確な理由が手に入れられた!)


 この街の爆発が起こったときにいた者たちと同じ身なりのガルデン語を話す者たち。ガルデン王の計画だという証言。そして彼らが持っていたガルデン軍が使っていた火薬。


 これで、やっと、この街に手を出したことを後悔させ、イーリスを取り返すことができる!


 リーンハルトの脳裏に、通信装置で最後に見たイーリスの顔が浮かびあがってくる。


(これで、この手にイーリスを取り戻すことができる!)


 離れている間、どれほどその面影を求めたか――。腕の中に二度と帰ってこないのではないかと思うたびに、心が引き裂かれそうだった。


(だけど、やっと――)


 ぐっと手を握りしめる。


 そして、一つ大きく息をつき、リーンハルトは、火をつけようとしていた男のほうに眼差しを戻した。失血で気を失ったせいか、すでに動いてはいない。気がついても、深手だからもう戦うのは無理だろう。


 そう考えながら部屋の中にさらに目を巡らせると、狭い部屋には大きさの違う似たような木箱がいくつも積まれている。


(状況によっては、これらでなにをするつもりだったのか……)


 狡猾なガルデン王ならば、さらにどんなことを計画していたかわからない。


「ほかの階にも、なにか似たようなものが仕掛けられていないか、念のために、上にいる騎士たちに、全室を調べるように伝えてくれ」


 見つかってそれで罠が終わりとは限らないのが、ジールフィリッド王だ。


「わかりました!」


 リーンハルトの言葉に側にいた騎士が頷くと、急いで部屋を飛び出していく。


(ここも誰かに見張らせたほうがいいな)


 今の男は倒したが、またほかの男がここにある火薬を狙ってくるかもしれない。


 念のため、部屋を出る前に、先ほどの男が本当に気を失っているのか確かめようと側に近づいた。


 コツコツと音を立てて乾いた床を歩く。


 ぴくりとも動かないから、おそらく大丈夫だとは思うが――。


 そう考えたとき、ふと後ろの古い木の扉のところに誰かが立ったような気配がした。


 声をかけない。


 その挙動に不審を感じて振り返る前に、古い木の床が激しく軋む音が聞こえる。反射的に首を向ける視界の端で、後ろで振り上げられていく銀の刃が見えた。


「危ない! リーンハルト様!」


 ほんの一瞬のことだった。


 高い箱の陰に隠れていたマーリンがリーンハルトの前に走り寄り、目の前で、その背中を銀色の刃に切り裂かれたのは。


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