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第138話 ガルデン王への問い③

 身じろぎもできずに聞いていた話が終わり、イーリスは金色の目を見開いたまま、やっと言葉がこぼれた。


「そんなことが……」


 ぽつりと呟いた前で、一旦唇を閉じたジールフィリッド王は、もう一度淡々と言葉を紡いでいる。


「そのあと、倒れていた兵士の体の下から、落ちていたマントの留め具を一つ見つけた。予想どおり異母兄の率いる騎士たちの使っているものだった。おそらく俺が帰っていないことに気がついたので、火事に見せかけてすべてを隠すつもりだったのだろう」


 思わず言葉を失う。


 ガルデン王の妻が、兄の計略で亡くなったことはリーンハルトから聞いていた。しかし、ジールフィリッド王を守って命を落としたのだとは知らなかった。


 どう答えればいいのか――。


 眼差しを動かすこともできない前で、ジールフィリッド王は、ただじっとイーリスを見つめ続けている。


「異母兄にはもちろん復讐をしたが、ソールンは生き返ってはこない。だから、なんとしても時空を越えて過去に行きたい」


「それは……ソールン様を助けるため……?」


 喉がひりつく。


「そうだ。彼女にもう一度会うにはそれしか方法がないだろう。彼女を助けることができれば、たとえ過去が変わって、異母兄まで生き返ろうともかまわない。今度は俺が先に手を打って、異母兄を殺すからな」


 たとえ過去の流れが変わろうとも――。


 そう話す彼の気持ちをどう否定できるというのだろう。


 大切な人を失って、もう一度会いたいと願い続ける。それは、前世の家族やルフニルツの家族に対して、イーリスがずっと抱え続けていた願いそのものだからだ。


(でも……)


 思わず俯いた。


「……ごめんなさい……。本当に、私は時空を越える方法については、なにも知らないのよ……」


 叶うのならば教えてあげたい気持ちもする。だが、これについては、本当になにも知らないのだ。


(――それに過去を変えるなんて、危険なこと……)


 なにが起こるかなんて想像もつかない。


 だから俯きながら言うと、がしっとイーリスの両腕が肩の下で掴まれた。見上げると、ジールフィリッド王の顔は、今までの沈痛なものから、以前の酷薄な表情へと変わっているではないか。


「では、やはり本気で捜させるしかないようだな。たとえ今は知らなくても、お前はミュラー神の聖姫だ。神からその方法を捜し出すまで、手元に置いて、必死にさせるしかあるまい」


 ぐっと力を入れられた硬い両手は本気だ。それに焦りを感じる。


(まずいわ! ここで、手元に置くために側室にされるわけにはいかないし!)


 ――なんとかして、リーンハルトの側へ帰らないと。


 だから、腕を掴まれたまま慌てて口を開いた。


「待って! それは、奥方様を生き返らせるためなのよね!? それならば、もしソールン様に会えたときに、私が側室にされていたら悲しむと思うわ!」


 たとえ時空を飛び越えたとしても、自分たちの時間まで一緒に巻き戻るとは限らない。むしろ、自分たちは今の姿と関係そのままで、時空を越える可能性のほうが高いのではないだろうか。


 だから慌てて止めようと口を開いたが、ジールフィリッド王は、イーリスの言葉にフッと嘲るように笑ったではないか。


「かまわん。どうせ戦地で妻がいないときには、その場しのぎの関係で、俺がその辺の女と適当に遊んでいたことはソールンも知っている。今さら、俺のちょっとの女遊びで、ソールンはどうこうは言わん」


(やっぱり、女たらし!)


 死んだ妻を生き返らせたいというひたむきな愛情には心を打たれたが、女性関係はやはりリーンハルトが話していたとおりの碌でなしではないか。


 本命がいるのに、脅しと目的のためにイーリスを側室にしようとは――。


(だけど、どうしたらいいの? このままでは、本当にエイリーメに連れていかれてしまうわ!)


 そこに連れていかれたら、逃げることがさらに困難になってしまう。


 額に汗が薄く滲んだ時だった。


 閉められていた扉が再度ノックされる。


「失礼します、陛下! 実は突然知らせが来まして、エイリーメに向かう道で、土砂崩れが起こったそうなのです!」


「なに!?」


 その瞬間、弾かれたようにガルデン王が扉を振り返った。それと同時に、イーリスも金色の目を大きく見開く。


「かなり大規模なものらしく、報告に来た者が陛下にお目通りを願っております! どうなされますか?」


 騎士の声に、ちっとガルデン王の舌が鳴らされた。そして、視線を動かし、イーリスを見つめると、腕から手を離す。


「ここから逃げ出そうとは思わないことだ。どうせすぐに道は直る」


 そう言うと、部屋を出ていく。その姿に、イーリスは思わず力が抜けて床に座り込んでしまった。


「……助……かっ……たの?」


 一時的かもしれない。それでも、今エイリーメに移されるのは、逃れることができた。緊張の糸が切れて、床にペタンと膝をついてしまう。


「イーリス様」


 ふと小さな声が聞こえたような気がした。


「誰!?」


 驚いて周りを見るが、部屋には誰もいない。


「え……?」


 思わず体が固まった時、もう一度コンコンと扉が叩かれた。


「イーリス姫」


 ティアゼル姫の声だ。


「ティアゼル姫……?」


 彼女の声だったのだろうか。それにしては、呼び方がいつもと違ったような気がする。そう思い、眉を寄せている間に、扉はきいっと開かれる。


「父上は大丈夫だったか?」


「ええ、道で土砂崩れがあったので、使者に会うために出て行かれたの。ティアゼル姫のほうは、どうでした? ロジャーは見つかりましたか?」


 急いで近づきながら尋ねれば、首を軽く横に振られる。


「牢番によると、たしかにそれらしい者がいたそうなのだが、尋問すると言って連れていかれたままらしい。どこに連れていかれたのか、急いで今捜させているのだが……」


「そんな……」


 聞いた言葉に、顔から血の気が引いていく。尋問は、この世界では実質拷問とセットだ。


 ましてや、敵国の騎士――。スパイの疑いをかけられれば、今頃どんな目に遭っているかわからない。


 口にあてた指が震えてくる。


「どうにかして……助けないと……」


 鞭打ちですむとは限らない。場合によっては、歩くこともできない体にされてしまうかもしれない。


「どこに……尋問だとしたら、城のどの辺りでしょうか!?」


「落ち着いて。ふだん尋問が行われるという牢の近くの部屋にはすぐに行ったのだが、リエンラインの騎士らしき者はいなかった。そうなると、どこかほかに移動させられた可能性を考えているのだが……」


「ロジャー……」


 暴れ馬に襲われた時に助けてくれた姿を思い出す。その彼が、マーリンが自分を攫うためにこんな目に遭い、さらに苛酷な状況に置かれているかもしれないと思うと、心が焦ってくる。


「急いで助けにいかないと!」


 拷問されているかもしれないのならば、一刻も早く。


「どこにいるか、どうしたら捜せるかしら!?」


「私もここの城については、細かいところまでは知らないからな。侍女たちに聞き込みをさせて、メイドたちからの情報を集めさせているのだが……」


「ロジャー……」


 今も無事な姿でいるのか、不安で堪らなくなる。思わず、手を握り締めた時だった。


「ロジャーならば、大丈夫ですよ」


「誰!?」


 今度ははっきりと聞こえた自分たち以外の声に、天井を振り仰ぐ。たしかにこの方向だったと思い見上げれば、天井に張られた装飾を施された板の一枚が、ゆっくりと動いていくではないか。


 がたっと音がし、空間がぽっかりと開いた。


 目を凝らして、その暗い空間を見つめれば、中からはよく知った顔が身軽に下りてくる。


「お目通りが叶い、恐悦至極に存じます。王妃様」


「ヴィリ!」


 まさか、今ここで出会うとは思わなかった。予想外なのに、相手は床に下り立った途端真っ直ぐに立ち、まるで宮廷にいるかのように、恭しく頭を下げてくるではないか。


「なぜ、ここにいるの……?」


 使節団の一員として共に来たとはいえ、残っているとは聞いてはいなかった。だから怪訝に思い尋ねると、ヴィリは少し苦々しそうな顔で、首を横に傾けていく。


「上司の命令で、陛下の意向に添うようにと念押しをされました」


「上司……?」


 ヴィリの口からは聞き慣れない言葉だと思い、記憶を辿ってみると、たしかにリーンハルトがヴィリを許す条件で配属先を指名していた。


「あ!」


 その瞬間、いつもリーンハルト最優先の鬼元老院の顔が脳裏に浮かぶ。


「陛下のご命令に背いたら、その瞬間に鋸引きにすると言われておりますので」


(グリゴア! なんでよりによって、一番残酷そうな刑罰を選ぶのよ!)


 死ぬまでかなり時間のかかる処刑方法ではないか。ヴィリを牽制するのに有効ではあるだろうけれども、おそらく本気だと思われるところに笑うことができない。


「で、では、リーンハルトの命令で、ここに残っていたの……?」


 引き攣りそうになるのを必死で誤魔化しながら尋ねると、ヴィリは鷹揚に頷いた。


「はい。陛下から、念のためフレデリング王子様が無事脱出するまでここに残り、ガルデンでなにか妙な動きかないか、陰から見張っているようにと指令を受けました」


「リーンハルト……」


 ――そこまで、考えてくれていたなんて。


 ジールフィリッド王が、なにかを仕掛けてくるかもしれないと考えて、備えてくれていたのだ。


 だから、苦渋の決断でも、リエンラインに戻ることを選んだのだろう。攫われたイーリスの身を守ってくれる者が、一人はいるから。


「イーリス姫、その者は……?」


 不思議そうなティアゼル姫の声に気がつき、紹介するように手をヴィリに向かって差し出す。


「ティアゼル姫がお会いするのは初めてですね。今回の使節団におりました交渉役の一人で、ヴィリという者です」


「ティアゼル姫にお目にかかれて、光栄です。ヴィリ・ナーデルと申しますので、どうかお見知りおきくださいませ」


 あまりにもちゃっかりとした挨拶にイーリスのほうが呆れてしまう。


(社交が得意とは聞いていたけれど……。本当に抜け目がないわね)


 昔もきっとこの調子で、貴族との人脈を築いていたのだろう。でも、そのちゃっかりさのおかげで、今の状態を脱せるかもしれない。


「それで、本題だけど、先ほどロジャーについては大丈夫と言っていたわよね? 今、どこにいるか知っているの?」


「はい、私がガルデン王からの命令を預かった貴族のふりをして、牢から出すようにと伝えましたから。もちろんガルデン語の発音で」


「あ――」


 たしかに、ヴィリは北部の言葉に堪能だ。スラングまでわかるうえに、今の身なりは変装のためか着替えてはいても小綺麗で、ガルデンの言葉を使っていれば貴族の一人と勘違いされてもおかしくはない。さすがに、牢番にまで交渉役の顔を知られてはいなかったのだろう。


「では、ロジャーは助けてくれたのね!?」


「はい、私が匿っております」


 その言葉に、イーリスは笑みを弾けさせた。


「ありがとう! それなら安心したわ!」


 よしと、両手の拳を握り締める。


 ロジャーを助け出させた。これで、あとはここを脱出して、リーンハルトの元へ帰るだけだ。


(なんとしても、あなたの側へ帰ってみせるわ!)


 そうイーリスは決意を固めた。


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ガルデン王の狂気の原因と目的が 徹頭徹尾主人公らに一切関係なくて、逆にすごい
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