黒髪
ドルトに赴任する前日。
私は持って行く荷物をまとめ終わると、部屋の中を見渡した。
森の中で一人死ぬはずだった私を、ガロンが見つけてここに連れてきてくれた。
あれからまだ半年もたっていないなんて、嘘みたいだ。
死にそうな目にあいながらもガロンとシヴァに助けられ、家族として過ごした日々は楽しかった。
明日からガロンと離れて暮らさなきゃいけない事がすごく寂しい。
週に2回は会いに行く予定だけれど、お互いに環境が変わるのだ。今までのようにはいかない。
(しばらく家を空けるから、念入りに掃除しておこう)
感謝の気持ちを込めて、私は家中をピカピカに磨き上げる事にした。
リビングやキッチンの掃除が終わり、残すはシヴァの部屋だけになった。
準備の邪魔をしてはいけないと思って最後にまわしたのだ。
私はバケツと雑巾を持ってシヴァの部屋の前まで行き、ドアをノックした。
「シヴァ、準備は終わった?掃除をしようと思うんだけど入ってもいい?」
返事はなかった。
(おかしいな。出かけるなら必ず声かけてくから、いると思うんだけど)
「シヴァ?入るわよ」
ドアを開けるとすぐ側に荷物がまとめられており、準備は終わっているようだった。
(寝てるのかしら?)
部屋に溢れるハーブや薬草のせいで、ここからはベッドの様子がよく見えない。
私は仕方なく部屋の奥に入る事にした。
「シヴァ?寝てるの?」
眠っていたら申し訳ないな、と思ってそっとベッドに近づいて驚いた。
そこには見知らぬ若い男が横たわっていたのだ。
「え?だっ、誰?シヴァはどこ?ていうかこの人、いつからいたの?」
予想外の事態にパニックになって、つい大声が出てしまった。
私の声に反応して、男はう〜んと小さく唸ってムクリと起き上がった。
「ああ、少し休むつもりがすっかり眠ってしまったな。・・・何か用か?」
「いや、あなた誰よ?一体どこから入って・・・」
後ずさりしながら男の顔を良く見て驚いた。もの凄いイケメンだ。
どこかで見たような・・・って。
「シヴァ!?え?どうしたのそれ?」
白銀の髪と眉が黒に変わってる。
いつもと全然印象が違い、まるで知らない人のようだ。
けれど黄金色の瞳は変わらずに、どこか面白そうにこちらを見ている。
「驚かせてすまなかった。これから人間として過ごす事になるから化けたんだ。
お前に合わせて黒髪にしてみたんだが、似合わないか?」
「・・・めちゃくちゃ似合ってます」
普段のシヴァはCGじゃないかと思う程に綺麗で非現実的な感じがするのに対し、今目の前にいる黒髪のシヴァはセクシーな外国人モデル、といったところだ。
(やばい、黒シヴァの破壊力凄い。思わず敬語になってしまった)
「それなら良かった。しばらくこの姿で過ごす事になるからお互いに慣れないとな」
「はい、そうですね」
「そういえば、何か用があってきたんじゃないのか?」
「あ、お掃除をさせていただこうかと思いまして」
「そうか、ありがとう。わざわざすまないな」
「いえ、とんでもないです」
「・・・ミホ、さっきからどうして目を合わせないんだ?」
「えっと、なんだか知らない人みたいで緊張するというか・・・」
シヴァだと頭では分かっているんだけど、なぜだか照れてしまって直視できない。
「何だ?お前のそんな可愛い反応初めて見たぞ。こっちの姿の方が好みなのか?」
シヴァはニヤリと笑うと私を抱き寄せた。
「きゃ〜、近い近い近い〜。は〜な〜し〜て〜」
「仮とはいえ明日から夫婦になるんだ。そんなんで周りの目を欺けると思うか?」
「そうだけど、今すぐは無理。心臓持たない。イケメンに殺される〜」
「ははは。何だそれは」
シヴァは面白がって自分の顔を私に近づけ、額をグリグリと猫のようにこすりつけた。
「では明日からゆっくりと口説くとしよう。覚悟しろよ」