押し寄せる大群
ダンは外壁の屋上で見張りをしながら、食堂を気にしていた。
『ドルト』はこれまで多くの冒険者達を受け入れてきたが、これほど楽しそうな笑い声に溢れた事はない。
どうやらキーナ人が持ち込んだ酒で、大盛り上がりしてるらしい。
「ちっ、ついてねぇなぁ、こんな日に見張り当番なんてよ」
非番であったら、自分もうまい酒にありつけたはずだ。
あのキーナ人達を宿に受け入れたのは自分なのに、他のやつらが美味しい思いをしているなんて面白くない。
「ああ、でもあの女から貰った菓子はうまかったな」
うまいと言ったら、笑顔でお礼を言われた。変わったやつだと思ったが、悪い気はしなかった。
「もう一個くらい貰っときゃ良かった」
そう呟きながら外に視線を戻した時、東の景色が何だかいつもと違う気がした。
「・・・なんだ?」
この日はちょうど満月だったので、月明かりで遠くの森まで見渡す事が出来た。
紺碧の夜空に浮かぶ森のシルエットが、いつもとどうも違う気がする。
(風で動いてる様に見えるだけか・・・?)
目を凝らして見ていると黒い影がどんどんと膨らみ、やがて地響きが聞こえてきた。
大型動物の大群が、土埃を上げながら真っ直ぐにこちらに押し寄せてきている。
「おいおい、冗談だろ?」
大群が近づくにつれ、個々のシルエットがはっきりと浮かび上がり、無数の光る目がこちらを目指しているのがわかって鳥肌が立った。
「おい!東の方角から水鹿の大群がこちらに向ってきてる!このままじゃ壁に激突するぞ!ありったけの火矢を持ってこい!!」
ダンは叫び、自らも武器を取りに走りながら仲間に指示を出した。
「緊急事態だ!離れの見張りの奴らも呼べ!全員東の外壁の守りに徹しろと伝えろ!このままじゃ扉を破られるぞ!」
堅牢な石の壁はちょっとやそっとではビクともしないだろうが、木で出来た扉はそうもいかない。
堅い角を持つ水鹿の頭突きを何度も食らったら、ひとたまりもないだろう。
そうなったら、「ドルト」の中に水鹿の群れが傾れ込んでくるかもしれない。
相手が魔物ならば冒険者達へ協力を要請することもできたが、野生動物だとそうもいかなかった。
彼らは金にならないことで動かないし、「ドルト」には客を守る責任があるからだ。
相場より高い宿代には、客の安全を守ることも含まれている。
ダンは武器庫から弓を取り、矢筒に入るだけ矢を詰めると、再び自分の持ち場へと走り出した。
「くそっ!本当についてねぇぜ!」
長い夜が始まろうとしていた。