美食家
ラーソンは杯を片手に陽気に歌い、歌詞に合わせておどけて腰を振って踊って皆を笑わせた。
「いいぞー、ドワーフのおっさん」
「あっはははは!こんな愉快なドワーフがいるかよ。おっさん、もっとやれー」
「おい、もう一杯おかわりくれ」
冒険者達は手を叩いて喜び、ラーソンを中心にやんやと大盛り上がりだった。
奥のテーブルでは、キムがあっけにとられた様子でラーソンと冒険者達の酒盛りを見ていた。
魔王様は足を組んで両手を膝の上で緩く組み、リラックスした様子で静観していた。
「お騒がせしてすみません。陽気に飲むのが好きな人なので、大目に見てやってもらえますか?」
私が謝りながら席に着くと、キムは愛想よく笑った。
「いえいえ、ドワーフと言われて怒らないどころか、あっという間に皆さんと仲良くなられて驚いただけです。冒険者同士情報交換はしても、こんなに仲良く飲むなんて事は珍しいですよ」
「そうなんですか。あまりハメを外さなきゃいいんですけど」
「相当うまいエールのようですな。私も少し頂いても?」
「もちろんです。すぐにお持ちします」
こちらからすすめる前に、キムが興味を持ってくれて助かった。
私はキムと魔王様の二人分のエールを注いでテーブルに戻った。ちょうど、食事と飲み物を運び終えた従業員と入れ違いになった。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとうございます。おや?あなたは飲まれないのですか?」
「せっかくですから私は地元のお酒を頂きたいと思います」
私はにっこり笑ってテーブルに置かれたお酒を自分の杯に注いだ。
「それでは、お互いの健康を祈って」
キムの言葉に私達は杯を掲げ、お酒を飲んだ。エールを一口飲んだキムは、目を見張った。
「これは美味い!こんな味わい深いエール、飲んだ事がない。冒険者達にただで飲ませるのはもったいないくらいだ!」
「ありがとうございます。このエールはあそこで踊ってる男が作った物ですよ」
魔王様が微笑しながら言った。
「少ないですが、果実酒も積んでいます。今回の目的は菓子店を開く事ですが、ゆくゆくは酒も売り出そうかと思ってまして。ただ、キーナから運んでくるのは手間も費用もかかるので、酒蔵をこちらに作ろうかと思案中です」
「なるほど。あるだけ売って欲しいくらいですよ。その時はぜひとも取引をお願いしたい」
「ええ、その為の土地売買に関する商談が明日あるので、夜明けと共にこちらを発つつもりです。ご挨拶できないかと思いますが、御勘弁ください」
「わかりました。では、商談の成功を祈って」
キムと魔王様は再び乾杯してエールを楽しんだ。
一方私のテンションは、これまでになく下がっていた。
乾杯後に一口飲んだ酒は、ラーソンの言った通り薄めた酢のような、妙な酸っぱい味がした。
口直しに食べたスープは舌触りがざらざらして、なんだか土の味がした。
サラダにいたっては、ただ葉もの野菜をちぎっているだけ。塩すらふられていない。
一言で言えば不味い。私は好き嫌いがないので何でも食べられるけど、不味い物は不味いのだ。
周りのテーブルを見渡すと、冒険者達は同じ物を文句無く食べていた。
(もしかして、これが一般的な味付けなのかしら?蓮はちゃんと食べてるのかな?)
私は急に蓮の事が心配になってきた。育ち盛りなのに、まともな食事にありつけてるだろうか?
「・・・お口に合いませんか?」
皿を眺めてぼんやりしていると、キムが話しかけてきた。
「え?あ、すみません。その、ちょっと味付けが違うので戸惑って・・・」
さすがに面と向かって不味いとも言えず、私は笑ってごまかした。
魔王様はスープを一口食べると、無表情でスプーンを置いた。その様子を見て、私はキムに話しかけた。
「すみません、失礼とは思いますが厨房をお借りしても?材料費は払いますから若様の食事を用意させて下さい」
「え?ああ、構いませんよ」
キムは突然の申し出に戸惑ってはいたが、従業員をよんで私に厨房を使わせてくれた。
私は礼を言って厨房にたった。
短時間で、魔王様に食べさせられる料理を作らなければならない。あの無表情はちょっと怖かった。
小麦粉、卵、チーズ、バター、ミルク、野菜と果物が少々。調味料は酢と塩のみ。
私は残っている材料で、まずはドレッシングを作る事にした。
塩と酢をしっかり混ぜあわせ、塩を溶かしこむ。次に油を入れてさらに混ぜ、白っぽくなったら風味付けに柑橘系の果物を絞った。
次に、小麦粉と卵、塩、ミルクを混ぜ合わせ、フライパンに流し込んで薄いクレープ生地を何枚か作った。
最後はオムレツだ。
卵を溶いて塩を少々いれ、フライパンにバターを溶かして卵液を流す。卵に半分程火が通ってきたら、細かく切ったチーズを入れてしばらく置き、卵でチーズを包み込んだ。
私が料理する間、従業員は少し離れたところで冷めた目で眺めていたけれど、オムレツを作る頃には興味津々と言った様子で隣に立っていた。
「若様、お待たせしました」
私は料理をテーブルに運ぶと魔王様の前に並べ、手つかずのサラダにドレッシングをかけた。
「このように、クレープでサラダを包んでお召し上がりください」
サラダを包んだクレープを受け取った魔王様は、一口食べて微笑んだ。
「ありがとう。お前も食べなさい」
「はい。いただきます」
キムは料理をまじまじと見ていた。
「さきほどサラダにかけた物は何ですか?私も一つ頂いても?」
「ええ、どうぞ。あり合わせの材料で作ったので、お口に合えばいいんですが」
私は同じようにサラダをクレープに包んでキムに差し出した。
キムは一口食べると、驚いた顔をして手にしたクレープを見つめた。
「信じられん。これがあのサラダか?野菜をうまいと思ったのは初めてだ。菓子職人と言われたが、普通に料理人としてもやっていけるのでは?」
「ありがとうございます」
素直な賞賛に私は頭を下げた。
「それはまだ菓子を食べてないからですよ。よろしければ試食されますか?」
「よろしいんですか?ぜひ食べさせていただきたい」
「では食事が終わったら取りにいかせましょう」
私達は食事を続け、キムはエールをおかわりして歓談を続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「こちらが試食用の焼き菓子です。お好きなのをどれでも選んで下さい」
私はクッキーやマドレーヌなど数種類の焼き菓子が大量に入った籠をキムの前に置いた。
「これはまた、色んな種類があるんですな」
「ええ、どれも基本的な材料は小麦粉と卵と砂糖とバターですが、分量や焼き加減で味も食感も変わってくるんです」
「ほう、それは面白い」
キムはまず手前にあったクッキーを手に取った。
「ふむ。これはバターの風味がしますな。サクサクした食感もいい」
次にカットされたシフォンケーキに手を伸ばし、一口食べると目を剥いた。
「おお、こんな食感はじめてだ。なんて表現したらいいかわからんが、うまい!」
「ありがとうございます。こちらの国の人たちの舌にあうか不安だったんです。感想が聞きたいので、他の方にも食べていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん構いませんよ。ああ、それとさっきの料理の材料費は結構です。こんなに珍しくて美味しい物を食べさせてもらったお礼です」
「ありがとうございます」
私は礼を言って菓子の入った籠を持ち、従業員や酒を飲んでいない冒険者に配って回った。
珍しい菓子を食べた人は皆、顔をほころばせた。菓子の名前や作り方を尋ねられ、私は丁寧に答えた。
「いやはや、そうとう舌が肥えていらっしゃるようだ。首都グラードでもこんな菓子は見た事ありませんよ。あなたの成功は間違い無しですな」
「ええ、ありがとうございます。ただ、全ては明日の商談にかかってますので最後まで気は抜けません」
別の従業員が、離れの部屋の仕度ができたと知らせにきた。
「では部屋にご案内しましょう」
キムが立ち上がり、私達も席を立った。
ラーソンにも声をかけたが、相変わらず冒険者達と盛り上がってるらしく声が届かなかった。
「仕方がない。あいつは置いていくか。部屋がわからなければ荷台ででも寝るだろう」
私達はラーソンを置いて食堂を後にし、離れへと向った。




