手紙3
「おはようございます」
「・・・おはよう」
テーブルに朝食を並べていると、蓮とショーンがやってきた。蓮はまだ眠そうに目を擦っている。
「おはよう」
(手紙、読んでくれたかな)
配膳しながらチラッと蓮を見ると、ぼーっと目の前の皿を見つめている。起きてはいるけど、頭が働いていないらしい。そんな蓮を見て、ガロンが話しかけた。
「レン、おはよう。まだ眠そうだね」
「おはよう。昨夜ちょっと夜更かししちゃって・・・ふあぁぁぁ」
「くあぁぁぁっ」
蓮のあくびがガロンにうつった。ガロンのあくびは、かなり迫力がある。それまで眠そうだった蓮も、目を見開いて大きな口を凝視していた。
その視線を受けて、ガロンはちょっと恥ずかしくなったらしい。
「あんまり見るなよ。レンだって変な顔になってたからな」
と、ちょっと照れた様に笑い、そんなガロンを見て蓮もへへっと笑った。
(今朝も息子達が可愛い!)
「いよいよプリン専門店のプレオープンですね」
息子達の可愛さを噛み締めていると、ショーンがニコニコしながら言った。
「お客さん、来てくれるかしら?」
スタッフの事は信頼しているし、商品にも自信はあるけど、お客さんが来ないことには始まらない。
「少なくとも店舗周辺の人達は来てくれるだろう。窓から店内を覗いたりして、興味津々だったからな」
「ドルチェの看板掲げてるんだ。試しに一回は食べてみようって奴もいるだろう」
昨日、不穏な雰囲気だったと言ってた割には、シヴァもラーソンも楽観的だ。
「そうですね。グラードっ子は新しい物好きですから、きっと大丈夫ですよ。むしろ人気が出た時の対策を考えていた方がいいと思います」
意外な言葉に、皆がショーンに注目した。
「自分の予想では、早い段階で人気店になります。そうなると貴族も必ず興味を持つでしょう」
「・・・面倒だな」
シヴァが思いっきり嫌な顔をした。多分、私もしている。
「経営してるのが魔王軍幹部ですから、あまり強引な手段は取らないと思いますが、スタッフに対して我儘を言う可能性はあります」
「確かにショーンの言う通りだな」
「私も何か考えてみるね。スタッフに気持ち良く仕事をしてもらう為にも、不安要素は早めに取り除かないと」
私がそう言うと、蓮がスプーンを置いて真面目な顔で言った。
「お母さん、面倒だからって貴族を潰したらダメだよ」
「そういう意味じゃないし、そんな事しないわよ。何でそう思うの!?」
「だってお母さんが戦争で考えた罠とかって、全部エグいじゃん」
「私の罠で死んだ人はいないでしょう!?」
「確かにそうだけどさ、大勢にトラウマ植え付けてるのは事実だから。沼でヒルまみれになって泣き叫んだ人、どれだけいると思う?」
想像したらゾワッと鳥肌がたち、思わず両腕を抱えた。
「うわぁぁっ。すみません、すみません。成仏して下さい」
「死んでないよ」
「あ、そうか。良かった」
「いや、全然良くないからね? とにかく今回は勝ち負けじゃ無いんだから、やりすぎない事! わかった!?」
「はい。肝に銘じます」
私達のやり取りに全員が笑った。
***
食事の後は、めいめいが自分の皿をキッチンまで運ぶのが我が家のルールだ。
「では我々はそろそろ」
ショーンがそう言って席を立つと、蓮も続いて席を立つ。
こうして2人が席を立つと、「ああそんな時間か、仕事しなきゃ」と皆も認識するようだ。
「ご馳走様でした。あと、はい」
皿を下げにやってきた蓮が、ポケットから封筒を差し出した。
「え? これって・・・」
びっくりしてる私の手に封筒を渡すと、蓮はそそくさと行ってしまった。
「では皆さん、良い1日を」
「行ってきます」
「いってらっしゃい。2人とも頑張ってね」
扉の向こうに消える背中に声をかけて、手の中の封筒を見る。
(こんなに早く返事をもらえるなんて、思わなかった)
この手紙を書くために、蓮は夜ふかしをしたのだろう。
早く読みたい。でも蓮からの返信は、1人で静かに読みたい。
(早く家事を終わらせて、ゆっくり読もう)
ポケットに入れたらシワになるし、洗い物の最中に水が染みちゃうかも。
そう思って、蓮に借りた教材の間に封筒を挟んだ。
***
家事を終えて、ようやく座ることができた。
教材に挟んだ封筒を手に取って眺める。宛名も何も書かれていない。
封を切り、中から手紙を取り出す手が震える。
あの子の本当の気持ちを受け止めなきゃいけないのに。
この期に及んで、私は蓮から母親失格だとはっきりと告げられる事を怖がっている。
どんな内容であれ、それは蓮の気持ちなのだから、私はそれを受け止めなければ。
目を瞑って深く息を吸い込んでから、私は手紙を開いた。
「お母さんへ
手紙読んだよ。すごく反省してるのは伝わった。色んな事情があったのも、今は理解してる。
この2年間、お互いにすごく苦労したよね。生きて会えて嬉しい。
お母さんが過去の俺に謝ったから、過去の俺の気持ちをお母さんに伝えます。
13歳の俺から、お母さんへ
知らない場所で目が覚めて、お母さんが俺を魔物からかばって死んだと聞いて、すごく悲しかった。
どうして逃げなかったのか、俺が気を失っていたから?ってメチャクチャ自分を責めて泣いた。
お父さんがいない時は俺がお母さんを守るって、お父さんとの約束も守れなくて、それもあって悲しかった。
だから仇をうつために、絶対に勇者になろうって決めたんだ。
アルヴィン隊長の元で訓練を始めたけど、正直キツかったよ。訓練はもちろん、年の近い訓練生に距離を置かれるのがつらかった。
でも仕方ないんだ。だって俺、剣やヤリが重くてまともに振る事もできなかったから。
厳しい試験をくぐりぬけた他の訓練生からすれば、なんでこんな奴が?って面白くないよね。俺だってみんなの立場だったら、きっとそう思うもん。
完全に無視されたり嫌がらせをされたり、そんなイジメはなかったけど、みんなと俺の間には見えない線が引かれていて、輪に入れなくてさびしかった。
だからショーン先生に文字や魔法を習っている時間が、楽しかったんだ。
知らない事を覚えたり、新しく出来る事が増えるたび、成長してるって実感できたし、書類の計算の手伝いをしたら、たくさんの大人に感謝されて、俺も役に立つんだ、もっとがんばろうって思えたよ。
毎日とまどう事ばかりだったけど、少しずつこの世界になじんでる。
でもね、時々どうしようもなく、お母さんの料理が食べたくなる。誰に笑われてもいいから、お母さんに甘えたい。
そんな時は、その日の出来事をバレッタに聞いてもらって、それを握って眠るんだ。夢でもいいから、お母さんに会いたくて。」
まだまだ文章は続くのに、涙が溢れて続きが読めない。
知らない世界で突然孤児になって、友達もできずに・・・。
周りの大人達が気にかけてくれたのが救いだけど、思春期は親よりも友達関係が大切な時間だ。
そんな時期に仲間外れにされて、どれだけ不安で寂しかっただろう。
毎日どんな気持ちで日々を過ごしていただろう?
夢でもいいから、お母さんに会いたくて。
私とのスキンシップを嫌がる今の蓮に、こんな言葉を書かせる程、当時の蓮は寂しかったんだ。
「側にいてやれなくて、ごめんねぇ」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、声に出して謝った。
まだしばらく、続きが読めそうにない。
泣きながら、蓮の手紙を書きました。
誰だよ、13歳の少年をこんな境遇に追い込んだの。
私だよ、畜生! 絶対に幸せにしてやるからな!!




