一人の時間3
感想、誤字報告、いつもありがとうございます。
「私も頑張らなくちゃ」
森の家で暮らしていた時、シヴァに文字の基礎を習って、数字や曜日、名前くらいは読めるようになった。けれどドルチェで仕事をするようになってからは、勉強する時間が取れなかったので、本格的に勉強するのは久々だ。
スタッフ育成という仕事が終わり、出産まであと数ヶ月。今を逃したら勉強する時間はなかなか取れない。
一枚一枚全てのカードに目を通した後、どうすれば効率よく勉強できるか、自分なりに考える。
後から見返す時に分かりやすいように、名詞と動詞、形容詞の3つのグループに分けて紙に書き写すそう。
「名詞、名詞・・・動詞、名詞、形容詞」
絵や蓮の日本語訳を頼りにカードをグループ毎に仕分ける。
仕分け作業が終わったら、いよいよ文字を書き写す・・・前に一工夫。
(日本のノートみたいに線が引っ張ってないから、不便なのよね)
紙を縦に三つ折りにして広げる。左端は単語、真ん中は日本語、右端は復習用。それに右端を折れば日本語を隠せるから、覚えたかどうかの確認もできる。
単語のスペルを声に出しながら書き写す。
「へぇ、花はフィオなんだ。なんか響きがイタリア語に似てる」
こうやって文字を書き写していると、改めて全く違う言語だと思い知らされる。
この世界で普通に会話できるのは正直すごく助かってるけど、どういう仕組みなんだろう?
まあ、世界を救ってもらうという前提で召喚するんだから、会話出来なきゃ文字通りお話にならないけれど。
そういえば召喚された時、目を覚さない蓮を心配していたら、女神様の祝福を受けているのだろうとリアムが言ってたっけ。
女神様の祝福、かぁ。
”おめでとうございます。貴方は勇者に選ばれました。
この世界を救う勇者には、特別サービス(女神の祝福)をプレゼント。
・自動翻訳〜異世界転移基本サービス。会話はバッチリ。心配いりません。
・女神の加護〜神官も羨むトップレベルの加護で貴方を守ります。
・チート能力〜魔法や武術等、魔物との戦いに有利なスキルが与えられます。
(但しレベルアップするには、個人の努力が必要です)
その他、試練を乗り越える事で様々な特典が与えられます。”
みたいな感じかしら?
私は勇者じゃないから、基本サービスしか受けられなかったんだわ、きっと。
どうせなら文字の読み書きも出来るようにして欲しかった。
でもこの国の識字率って低いから、さほど重要視されてないのかも。
そんな事を考えながら、せっせとカードの文字を書き写していたら、あっという間に時間が過ぎた。
空腹を感じてふと窓の外を見たら、お日様が高い位置に登っている。
「あ、もうお昼なんだ。ご飯食べなきゃ」
一人分のご飯を作るのは面倒だから、前の私だったら一食抜いたかもしれない。でも今は、お腹の赤ちゃんの為に食べなくちゃ。
朝食でパンが切れたのでパンケーキを焼き、目玉焼きとカリカリベーコンにサラダを添える。ランチというより、カフェのモーニングプレートみたいになっちゃった。
(そういえば、こっちに来たばかりの頃、山ほどパンケーキ焼いたっけ)
あの頃は、生き延びる為に必死だったな。
ガロンは何故か私を気に入って保護してくれたけど、シヴァは初めは渋ってたし、やっぱり人間なんかと暮らせないって放り出されるかもって、内心ヒヤヒヤしてた。
『あなたの存在は危険だ。世界の調和を乱しかねない』
リアムに言われたムカつく言葉、認めたくないけど本当のことだから。
召喚されたのは勇者である蓮だけ。
私は勝手にくっついてきた招かれざる客。
この世界のどこにも居場所なんかない。
だから二人に気に入られる為に、料理や家事を頑張った。
私に出来るのはそれ位だったし、何かしていた方が気が紛れたから。
(蓮も、そうだったのかな)
蓮は私の仇を討つ為に勇者になった。
魔物に対する恨みは原動力になっただろうけど、負の感情って持ち続けると心が擦り減るから、精神的にかなりしんどかったと思う。
だから毎日、勉強に集中したんじゃないだろうか。
何かに集中したり忙しくしている間は、不安や寂しさ、恨みなどの負の感情を考えなくてすむし。
蓮が驚くべき速さで文字を習得できたのは、ショーンさんの教え方が上手かったことや、成長期で伸び代があった事が挙げられるだろう。
だけど本人の意思で毎日勉強を怠らなかった事が、一番の理由だと思う。
勉強に加えて、魔法と武術の修行。
そんなハードな毎日の中、気の休まる時はあっただろうか?
本当は側にいて、その成長を見守りたかった。話を聞いてあげたかった。
でも過ぎ去った日を取り戻す事は、誰にもできない。
二年後。ようやく再会したあの子は、随分背が伸びていた。ぎゅっと抱きしめた背中は記憶よりも広くなっていて、見た目よりもがっしりとしていて。
強く逞しく育っていて嬉しかった反面、やっぱりこの世界に私は必要なかったのかなって、ちょっと寂しかった。
食後、再び机に向かった。文字を書き写す前に、カードを一枚手に取って、じっと見る。
ここに書き込まれた小さな文字は、13歳の蓮が一生懸命生きた証。そして成長の記録でもある。私にとってこのカードは何物にも代え難い宝物だ。
(大切に使わなくちゃ)
一枚一枚、愛おしく思いながら文字を書き写した。
「は〜、疲れた。どれ位覚えたかな?」
全て書き写し終わった後、ショーンの書いた本を開いた。残念ながら、分かった単語は6個だけ。流石にこの短時間では覚えきれない。
(このカードは大事だから、私専用のカードを作って、物に貼って覚えよう)
紙を適当な大きさに切って、自分の周りにある物を書き込んでいく。
「茶色・机、木・椅子、本、本棚、壁、石・床、赤・花、白・花、青・花・・・
ハーブって単語ないなぁ。”緑・草”って書いて後で聞こう」
キッチンにある物を思い浮かべる。
「白・カップ、小さい・皿、大きい・皿、深い・鍋・・・冷蔵庫はないから、ひとまず”冷たい・箱”」
分からない単語は後で教えてもらって交換すればいい。まずは身近な物を覚えよう。
(蓮もこんな風に勉強したのかしら)
そう思いを馳せて、ふと気づく。
(再会して結構経ったけど、蓮とじっくり話せたのは初めの頃だけだったな)
今でこそ、蓮は新しい家族と良い関係を築いているけど、相談もなく再婚して妊娠までした母親に対しては、未だに思うところがあるだろう。
”ふざけんなよ。顔も見たくないし、話もしたくない”
という気持ちと、
”どんな形にせよ、生きててくれて嬉しい”
という相反する気持ちを抱えながら、少しずつ歩み寄ってくれてるんだと思う。
それなのに私は、蓮を無事に取り返したことに浮かれて、文句言われても「うん、うん、ごめんね」ってニコニコしながら言っちゃった。
蓮が呆れながらも、満更でもないって顔をしていたのが、唯一の救い。
あの子の優しさに、私は当然のように甘えていた。
(15歳って反抗期なのに・・・蓮の私に対する態度って、神すぎない!? )
蓮は精神的に、実年齢よりもずっと大人になった。
あの子の貴重な少年時代を、私達身勝手な大人が奪ったから。
(ありがとう、ごめんねって伝えても、蓮は今更何言ってんだって思うわよね)
それでも。
一人で頑張ってきた13歳の蓮を労いたくて、私は手紙を書いた。
あの頃の私が思っていた事、自分の弱さも情けない所も、全部正直に書いた。
許してもらうためじゃない。
もしもあの子が、母親からの愛情や関心が薄れたんじゃないかと思っていたとしたら、その不安を少しでも取り除いてあげたかったから。
喜んでもらえるかは分からない。
でも、この手紙を読めるのは、この世界で蓮と私だけ。
その特別さが、少しでも蓮の心の慰めになってくれるといいな。




