赦したけれど、許さない
「失礼、お皿下げますね」
溌剌とした声に顔を向けると、ミホの息子のレンがテーブルの向こうに立っていた。
全く予期してなかったので少し驚いたけど、いい機会なので顔をじっくり見る。
何と言うか、育ちの良さが感じられる可愛い子だ。
(どことなくミホに似てるけど、性格はずっと素直そうね)
そんな事を考えていると、ジャスミンが笑顔で話しかけた。
「ありがとう。お酒も料理もすごく美味しかった」
「良かった。俺も少し手伝ったんで、楽しんでもらえて嬉しいです」
ニコッと邪気のない爽やかな笑顔に、ジャスミンがやられた。
「やだ、可愛い。ねぇ、一緒に飲まない?」
「俺、まだお酒飲めないんで・・・」
「そっか、15歳って言ってたものね。じゃあ、ちょっとだけお喋りに付き合って。ずっと下心のある人の相手をして、疲れちゃったの」
ジャスミンの言葉にレンは色々察したらしく、「ちょっとだけなら」と言って座った。
「ジャスミンよ。こっちがカミラ」
「初めまして。レンです」
はにかみながら挨拶するレンに、ジャスミンが再び「可愛い」と悶える。
「レン君ってお母さん似だね」
「う〜ん、どっちかって言うと父親似だと思ってたけど」
「そうなの? じゃあ、きっとお父さんもハンサムだったのね」
ジャスミンの言葉にレンは嬉しそうに頷いた。
「はい! 優しくて格好良くて、俺にとって世界一の父でした」
キラキラの笑顔が眩しい。
「お父さんの事が大好きなのね。でも、それならどうして・・・」
ジャスミンの言いたい事が分かったのだろう。レンは寂しそうに目を伏せた。
「4年前に事故で死んじゃって・・・」
「ああ、それは残念だったわね。ゴメンね、辛い事を思い出させて」
「いえ、大丈夫です」
レンがニコッと健気に微笑む。
その笑顔を見て、ちょっとモヤッとした。
「あのさ、不躾なのを承知で聞くけど、母親が魔物と再婚したのって正直嫌じゃない?」
「ちょっと、カミラ!」
「だって変だもの。普通の人間なら、魔物と一緒に暮らすなんて出来ないと思う・・・痛っ!」
ジャスミンから膝を叩かれた。黙れ、と言いたいらしい。
「まあ確かに、普通ではないかな」
レンは苦笑した。
「アビラス王国は2年前から魔物と戦争する気で準備してました。俺は魔力持ちだったから、戦争に利用するために狙われたんです。母は俺を守ろうと抵抗した結果、帰らずの森に捨てられました。そんな母を助けたのが、ガロンとシヴァさんです」
「まあ、そうだったの」
ジャスミンが口に手を当てて感心する。
「そんな事情は知らずにいたから、再会した時に母が魔物と再婚してるって知った時は、正直物凄くショックでした。俺は母の仇を取る為に必死に訓練してたのに・・・。
自分がそれまで信じていた事が全部嘘だって分かって、世界中が敵になったみたいだった。
でも二人がいなかったら、母はとっくに死んでたし、俺の運命ももっと悲惨な事になってたから、これで良いんだって今は思ってます」
レンは淡々と言葉を紡ぐ。
まるで自分に言い聞かせるように。
「貴方は本当にそれで良いの? 無理してない?」
「カミラ! いい加減にして」
「だってこの子が不憫じゃない! どんな事情があるにせよ、断りもなく再婚するなんて、勝手すぎるわ!」
憤慨する私を、レンがじっと見ていた。その真っ直ぐな視線に、ちょっと居心地が悪くなる。
「悪いけど、私、ミホの事好きじゃないの。家族に愛されて、料理の才能もあって、仕事も充実しててさ。幸せそうに笑ってるの見ると腹立つのよ。ハッキリ言って妬ましい。なんでアイツばっかりって思っちゃう。だって不公平じゃない?」
そう言って口を尖らせると、ジャスミンから軽く抓られた。
「ごめんね〜、この子ちょっとやさぐれてて・・・」
「まあ、気持ちはわかります。俺も母に時々イラッとする時あるし」
「え? そうなの?」
「どんな時?」
思わず興味津々で聞くと、レンは困ったように眉を下げた。
「例えば再婚について、俺も文句言ったんです。仕方なかったとはいえ、やっぱりショックだって。一言相談して欲しかった。その事については母も謝ってくれたけど・・・」
「けど?」
「叱られてる最中でも、頭の中では、”わ〜い、蓮に怒られた〜。蓮がこっち見てる〜! 嬉しい!!”って考えてるのがダダ漏れで・・・。俺に対して悪いって思うより、俺に再会できた事が嬉しいって気持ちが大きいみたい」
レンはふ〜っとため息を吐いた。
「母が新しい家族と仲良くやってたのは複雑だけど、俺の事を忘れてたわけじゃない。寧ろ俺との再会を目標に、頑張って生き抜いてくれて嬉しい。さっきカミラさんは、母ばっかり幸せで不公平だって言ったけど、母は何回か死にそうな目に遭ってます。槍で肩を貫かれたり・・・。それでも羨ましいですか?」
「・・・・・・」
(槍で肩を貫かれた? ミホも戦場にいたのかしら)
流石に何も言えずに絶句する。
「母が変わった事はショックだったけど、悲しい気持ちよりも、生きてて嬉しいって気持ちの方が大きいから。こうして一緒に料理したり食事したり、そういう時間を大切にしたいなって思ってます」
それを聞いたジャスミンが目を潤ませた。
「レン君、優しすぎるよ。もっと我儘言って困らせても良いと思うけどな」
「う〜ん、でもそれをすると、自己嫌悪に陥りそうだし。母に不幸になって欲しい訳じゃないから」
「・・・どんな育て方をすれば、こんな良い子になるの?」
「私の方が聞きたいわよ」
私達のやり取りにレンが苦笑する。
「普通の人間なら魔物と一緒には暮らせない。カミラさんの言う通りです。ガロン達と暮らし始めた頃、母は普通の精神状態じゃなかったみたいです。本人に自覚はなかったみたいですが・・・」
「どういう事?」
「”今日は蓮の好物を作ろうか”とか、”今日の蓮の予定は何?”とか、ガロンを俺だと思ってる事が偶にあったらしくて。多分、現実逃避しないと自分を保てなかったんじゃないかな。そんな母を支えてくれた二人には、感謝しかないです」
「・・・レン君・・・尊い」
ジャスミンがとうとう泣き出した。
「ジャスミンさん、泣かないで。俺、そんなに優しくないですよ。だって母の1番の願いを叶えてやるつもりは無いから」
レンはそう言ってペロっと舌を出した。
「ミホの1番の願いって何なの?」
「俺と一緒に暮らす事です。家を増築して俺の部屋も用意してくれてるみたいだけど、俺は大人になったら世界中を旅する予定なんで。あ、これ、母には内緒にしててくださいね」
人差し指を口に当てて、レンがニヤッと微笑んだ。
(あ、今の表情、ミホそっくり)
赦し・・・過去に犯した過ちや罪を責めない、水に流す
許し・・・これから行う未来への許可
という意味があるそうです。
蓮はミホの再婚は赦してますが、ミホの願いは自分の未来に関係あるので、許さないと決めてます。




