ジャスミン
友人のジャスミンは特別美人ってわけでは無いけれど、愛嬌と色気があるせいか結構モテる。
食事会が始まって暫くは私にも秋波を送っていたトーニオは、ターゲットをジャスミンに絞ったようだ。
「ジャスミンは恋人いないの? どんな男がタイプ?」
「好きな男の人のタイプ? そうねぇ、実は私、大酒飲みなの。だから同じ位お酒に強い人がいいわ。こんな風に一緒に楽しく飲みたいもの。でも、酔っ払って大声出したり暴れたりする人は論外。あなたがそうじゃ無いといいな」
職業柄、こんなふうに男の人に絡まれるのは慣れてるんだろう。
トーニオのわかりやすいアピールを、ジャスミンが笑顔で躱す。
この言葉、相手に気があるように見せかけてるけど、実はジャスミン流のお断り文句。
相手はいい所を見せようとジャスミンと同じペースでガンガン酒を飲んで、最後には潰れてしまう。
案の定、全ての皿が空になる頃には、トーニオの目は据わっており、上半身をぐらぐらと揺らしていた。それでも酒の入ったコップは離さない。
「おい、飲み過ぎじゃないか? もうやめとけ」
隣に座るジェラルドが異変に気づいて声をかけると、トーニオは「平気だ」とコップを呷って飲み切った。
しかしその後は、腕をだらんと力なく落とし、上半身を左右に揺らしている。
(もう限界みたいね)
そう思いながら見ていると、トーニオの体が大きくぐらりと右に傾く。
ジェラルドはタイミング悪くマチルダと話していた為にそれに気づかず、トーニオはベンチから派手に転げ落ちてしまった。
ドサっと重い音に、周りのテーブルから注目が集まる。
「やだ、大丈夫?」
流石に心配になって声をかけたけど、トーニオの反応はない。
「ああもう、言わんこっちゃない。・・・くそっ、重たいな。ダミアン、手伝ってくれ」
ジェラルドが意識のないトーニオを持ち上げようとしたが苦戦し、隣のテーブルの若い男の子を呼ぶと、ミホの息子とトカゲ男も一緒にやって来た。
「俺が抱えるよ」
トカゲ男がそう言って、トーニオを軽々と持ち上げた。
「父さん、どこに寝かせればいい?」
「目が届く場所がいいな。畑のベンチに寝かせなさい」
シヴァの指示で、トーニオはちょっと離れた木陰のベンチに寝かされることになった。
「一人にしない方がいい。誰かついてやってくれるか」
「あ、俺が見てます」
ジェラルドがそう言うとシヴァは頷いた。
「気がついたら、水やジュースをたくさん飲ませるといい。酔い覚ましに効く薬草茶を作ってくるから、少し待っててくれ」
「わかりました。ダミアン、その時は手伝ってくれよ」
「ああ、もちろんだ」
トーニオを抱えたトカゲ男とジェラルドがベンチへ行くのを、皆が心配そうに見つめる。
シヴァも席を外し、さっきまでワイワイと楽しかった食事会は、少し白けた雰囲気となった。
すると、ミホが両手を口の周りに当てて大きな声で子供達に呼びかけた。
「みんな〜、料理は楽しんでもらえたかしら?」
突然の呼びかけにも関わらず、子供達はすぐに答えた。
「はい! どれもとっても美味しかったです!」
「揚げた鶏肉が一番好き!」
「あれ最高だったよな。もっと食べたかった」
「ご馳走をお腹いっぱい食べれて幸せ〜!」
「僕、もっと食べれるよ」
きゃっきゃとはしゃぐ子供達に、ミホはまた大きな声で呼びかける。
「みんなご飯を食べ終わったようだから、デザートにしましょう」
「「「「「きゃ〜! やったぁ〜!」」」」」
「その前にお皿を片付けるから、いい子で待っててね〜」
「「「「「は〜い」」」」」」
子供達の楽しそうな様子に、マチルダやロザリンも嬉しそうだ。
2人が子供達のテーブルを片付けに席を立ったので、残っているのは自分とジャスミンだけ。
仕方なく空になった皿を集めていると、ジャスミンが感心したように呟いた。
「すごいわね。場の雰囲気が一気に明るくなっちゃった」
それが面白くなくて、私は鼻を鳴らした。
「フン、別に大した事ないじゃない。子供を手懐ける位、私にだって出来るわ」
「そう? 美味しい料理を作るっていう大前提が抜けてるみたいだけど?」
「・・・」
悔しいけれど、ミホの料理が美味しかったのは認めざるを得ない。
ブスッとしていると、ジャスミンは面白がって頬を突いてきた。
「やめて」
「ふふふ、カミラって子供の頃から変わらないわね。自分が一番じゃないと気に入らないんだから」
「違うわよ。あの女が気に入らないだけ」
「それって結局嫉妬でしょ?」
「なっ・・・」
ショックで二の句が継げずにいると、ジャスミンはさらに続けた。
「確かにいい男なのは認める。でも仮に結婚してなくても、あんたの手に負えるような相手じゃないわ。諦めなさい」
「何を馬鹿な事言ってるのよ? そんなんじゃないったら」
「自覚ないの? トーニオに口説かれている間もずっと、チラチラとシヴァさんを気にしてたじゃない。だから彼はあんたを諦めて、私に的を絞ったのよ」
「誤解よ。私はただ、あの女がチヤホヤされてるのが気に入らなくて・・・」
「どうしてそんなにミホさんを嫌うの?」
「だってあの女は魔物と通じてたのよ!? 裏切り者じゃない!」
そう言うとジャスミンは首を傾げた。
「う〜ん、その辺りの事情はよくわかんないけどさ、戦争に負けた私達がこうして無事なのは、そのおかげじゃないの? 大体、一番恩恵受けてるのは、貴方達ドルチェのスタッフじゃない。こんなに特別扱いされてて、まだ文句があるの?」
「あるに決まってるじゃない! どれだけ謝ってもらっても、マーティを失った悲しみは癒えないわ」
「うん、そうね。でもさ、マーティを殺したのはミホさんじゃないでしょう?」
「そうだけど・・・幹部なんだから、責任の一端はあるじゃない」
「だったらシヴァさんも同じよね。でもカミラが目の敵にしてるのはミホさんだけ。どうして?」
「どうしてって・・・」
だって私にない物を、全部全部持ってるんだもの。
家族に囲まれて。広くて綺麗な家に住んで。才能があって。地位もあって。
・・・私だって、マーティの赤ちゃんが欲しかった。
あんな風に大事にされた筈なのに。
戦争のせいで、そんな未来は永遠に失われた。
なのにあの女は、幸せそうに笑ってるの。
「やっぱり嫉妬じゃない。戦争だって、ミホさんのせいじゃないわよ?」
「うるさい! 友達なんだから私の味方してよ!」
「友達だから忠告してあげる。幸せになりたいなら、誰かと比べるのをやめなさい」
「ジャスミンなんて嫌い!」
そう言って顔を背けたら、ジャスミンが笑った。
「私もね、子供の頃はカミラが嫌いだった」
「・・・え?」
「ほら、私の親って碌でなしで、しょっちゅう家を空けてたじゃない? あの頃はさ、近所の人のお情けと下働き先の賄いで飢えを凌いでたから、まともな両親がいるカミラが羨ましかったわ。でもカミラはさ、叱られるたびにうちに逃げてきて、愚痴をこぼして最後にこう言うの。
『ジャスミンは五月蝿い親がいなくていいよね』って。ぶん殴ってやりたかった」
「ごめん・・・」
「うん。カミラに悪気がないのはわかってる。自分中心でしか考えられない浅はかな子だったのよね」
「ちょっと酷くない?」
「本当の事だもの。周りが甘やかしたせいで、そのまま大人になっちゃったのよね〜」
ジャスミンはそう言ってまた頬を突いてくる。
「意地悪」
「カミラって我儘だったけど、なぜか憎めなくてさ。私だけじゃなく、周りの人皆、そうだったと思う」
「そうね。今思うと、家族も友達も、みんな優しかった」
「私がどれだけカミラに嫉妬してたか、知らないでしょう?」
「うん、知らない。そんな素振り見た事なかったし」
「私にも意地があったからね。友達から可哀想って思われたくなかったもの」
ふふっとジャスミンが笑う。
「子供の頃はさ、毎日カミラと自分を比べてずっと苦しかった。でもさ、ある日ふと、比べて落ち込んだところで何も変わらないよな〜って悟ったのよね。不幸なら、自分で幸せ掴みにいかないとって」
「・・・うん」
「仕事をするようになって、お客さんと話すとさ、最低だと思ってた私の子供時代より、さらに悲惨な人が沢山いるわけよ。でもね、皆、酒飲みながら不幸自慢して笑い飛ばしてるの。泣くより笑ったほうがいいってね。その通りだと思うわ」
「・・・・・・」
「カミラ、自分より幸せな人を羨んで憎んでも、あなた自身は幸せになれないわ。この先あなたを見てくれる人がいても、きっとそれに気づかずに幸せになる機会を逃しちゃう。それって、もったいなくない?」
「・・・そうね」
空になったコップを弄びながら頷くと、ジャスミンが肩を寄せて囁いた。
「カミラのそう言う素直なところ、好きよ」
「ジャスミンの人たらし」
「うふふん、私って、なかなかいい女になったでしょう?」
子供の頃に苦労した分、小さな幸せに感謝できるようになったからね、と笑うジャスミンは、確かにとても魅力的だった。




