パーティー〜トビー
「皆、まずはこのピザを温かいうちに食べてほしいって」
母ちゃんが具が沢山乗っている綺麗な平たいパンの皿を指差したので、トビー達は素直に一切れずつ手に取った。
「うふふ、溶けたチーズがすごく伸びるね」
「美味しそう」
年長者のトビーがクルトの分を取ってやっている間に、妹のホリーはちゃっかり食べ始めた。ホリーの隣に座るレベッカもつられて齧りついて、顔を輝かせる。
「「おいし〜」」
慌ててトビーも一口食べた後、目を丸くして手元をまじまじと見つめた。
「美味い。何だこれ? こんなパン初めてだ」
「ピザだって。美味いな。こっちの皿も食べてみようぜ」
リオがモグモグと咀嚼しながら2枚目に手を伸ばすと、他の子供達もサッと手を伸ばした。
「こっちは下の生地がサクサクしてる!」
「さっきのと味が全然違うけど、こっちも好きだな」
「うん。ほんのり甘いね。これって・・・玉ねぎ?」
「え? マジで? 玉ねぎの味しなかったぞ」
トビーは幼い頃から野菜が嫌いだ。宿屋で下働きをするようになってから、特に玉ねぎは嫌いになった。
何故なら毎日玉ねぎの皮剥きをさせられて、手が玉ねぎ臭くなるから。独特な玉ねぎ臭は洗っても落ちないし、目も痛くなるし、食べる以前に存在が憎いまである。
「俺、玉ねぎ大嫌いだけど・・・これは美味しいと思う」
素直にそう言うと、クルトがニコニコと嬉しそうに笑った。
「僕もねぇ、前は嫌いだったけど、食べれるようになったよ。畑からとったばかりだと甘いんだって」
「へ〜、そんな事よく知ってるな」
「畑仕事のお手伝いしてる時、シヴァおじちゃんが教えてくれた〜。おじちゃん、野菜作るの上手なんだよ」
なぜかクルトが得意げに胸を逸らすのを横目で見つつ、トビーとリオは顔を寄せ合った。
(・・・シヴァおじちゃんって、ドルチェで一番偉い人だよな)
(うん。あの人、魔王軍の幹部なのに、畑仕事してるのか?)
(全っ然、似合わねぇ)
ヒソヒソと話をしている間にも、レベッカとホリーが肉料理に手を伸ばす。
「こんなに柔らかくてジューシーなお肉、初めて食べた」
「私も! もう一個貰っていいかな?」
自由すぎる妹達の言葉に、トビーは慌てて姿勢を正した。
「ダメだ。皆だって食べたいんだぞ」
「・・・はぁ〜い」
他所の家だから流石にホリーも聞き分けてくれたけど、きっと家だったら喧嘩になってたと思う。
でも視線は未練がましく肉の皿に注がれていたから、トビーはさっと自分の分を取った。あれはまだ諦めてない顔だ。
ついでにクルトとリオの皿に取り分けてやってから、肉を口に放り込む。
噛むたびにジュワッと肉の油と旨みが口の中に広がって、自然と口角が上がる。
「うわっ、スゲェ。めちゃくちゃ美味い。俺、一皿全部食えるかも」
「お兄ちゃん、独り占めはダメよ!」
「わかってるよ!」
ついつい家にいる時みたいに言い返したら、他のみんなが笑って、トビーとホリーもおかしくなって、一緒に笑い合った。
何を食べても美味しくって、だんだん楽しくなってきたら、ホリーが満面の笑みでいった。
「お兄ちゃん、パーティーって楽しいね」
「そうだな」
「私のいう通り、来て良かったでしょう!?」
「・・・まあな。癪だけど認めるよ」
少なくとも、ドルチェの魔物は敵じゃないって。
***
母ちゃんがドルチェで働こうと思うって聞かされた時、ホリーは大喜びしてたけど、トビーは正直複雑だった。一度は反対した。
『俺だってドルチェのお菓子は大好きだったけど、経営してるのが魔王軍幹部だなんて知ってたら食べなかったよ。
魔王軍幹部って事は、当然、武勲を立ててるだろう。つまり大勢の人間を殺してるって事じゃん。それくらい、俺にだって分かる。
それに父ちゃんは戦争で死んだ。魔物に殺されたんだ。敵じゃん。なんでそんな所で働くんだよ。母ちゃんのバカ!』
『・・・確かにトビーの言う通りだけど』
母ちゃんは困った顔をしながら、今のままでは生活が苦しくなる事、ドルチェの待遇がとても良い事を、とつとつと語った。
いつもはハッキリした物言いをする母ちゃんらしくなくて、色々考えた末に出した答えなんだろうなって思ったけど、やっぱり心配で。
『罠かもしれないじゃん!働きに来た人を食べる気かもしれない。母ちゃんまで何かあったら、俺・・・』
その先を想像したら怖くなって俯いていたら、ホリーが呆れた声を出した。
『お兄ちゃんってバカ? そんな訳無いじゃない』
『はぁ!? バカはお前だろっ! お菓子が食べたいだけのくせに』
『もし人を殺す気だったら、戦争が決まった時点でお菓子に毒を入れたと思うけど?』
『・・・・・・』
確かに、ドルチェは首都中で販売してたし、子供から大人まで人気だったから、その気になれば戦わずして人を殺すことも出来たはずだ。
『私ね、女神様の日にドルチェのお菓子を食べるのが本当に楽しみだった。また来週もお仕事頑張ろうって思えたの』
言われてみれば、ドルチェが店を出してる間は、ホリーから仕事の愚痴を聞かされる回数が減っていたように思う。
『ドルチェのお菓子って、すごく優しい味がして幸せな気分になった。だからきっと大丈夫よ! お母ちゃん、絶対ドルチェで働いてね』
いや、それはどうだろう?って思ったけど、ホリーの言うことも一理ある。
『わかった。もう反対しない。でも危険だと思ったら、すぐに辞めなよ。生活が苦しいなら、俺もっと頑張るから』
そう言って面接に行く母ちゃんを見送ったけど、無事に帰ってくるどころか土産まで貰っていて驚いた。
『魔王軍幹部っていうから緊張してたけど、全然予想と違ったわ。すごく男前のエルフだし、奥さんは人間だし、話し方も穏やかで全然怖くないの。ホリーの言う通りだった。何よりプリンがすっごく美味しくてね、2人にも食べさせたかったな。
行き帰りにね、面接を一緒に受けた人たちとも色々話をしたの。辛いのは私達だけじゃないってわかったし、頑張ろうって思えた。皆と一緒に働けると良いけど』
結果、全員合格して、母ちゃんは毎日楽しそうだ。
母ちゃんが前みたいに明るく笑うようになったし、時々貰ってくる果物も新鮮で美味しいし、俺が心配しすぎだったのかな、と思ったんだけど。
最近、母ちゃんが近所の人から悪口を言われるようになった。
直接文句を言いに来たネリーおばちゃんの気持ちは分かる。俺も同じ事思ってたから。
『母ちゃん、大丈夫?』
『平気よ。悪口言ってる奴らの半分は、やっかんでるだけだから。・・・もしかしてトビー達も何か言われた?』
『遠くでヒソヒソされてるっぽいけど、直接言われた事はないよ』
『そう・・・。もし何かあったらすぐに知らせてね。あとホリーの事も気にかけてやって』
『うん』
母ちゃんに言われなくったって、ホリーの事は俺が守る。喧嘩もするけど、俺は兄ちゃんだから。
プリン専門店の開店が迫ったある日、母ちゃんが興奮しながら言った。
『あのね、ドルチェで開店祝いのパーティーをやるって。2人とも招待されたよ』
『パーティー?』
『うん。ミホさんがね、スタッフの激励会をしようって提案してくれたんだって。それから家族にもプリンを食べてもらいましょうって』
『やった〜!!』
ホリーは喜んで部屋中を飛び跳ねた。
『俺、行かない。魔物と一緒に飯なんか食えない』
『もう、お兄ちゃん、まだそんな事言ってるの? こんな機会滅多にないよ。一緒に行こうよ』
『そうよ、トビー。少なくともドルチェの人達は、親切だから』
トビーは呆れた。
『母ちゃん、人じゃなくて魔物だろう?』
『あ、そうね。とにかく行けばわかるから。魔物は父ちゃんの仇だから、好きになれないのは仕方ない。でもね、噂とか思い込みじゃなく、実際に自分の目で確かめて』
『そうだよ。それにお母ちゃんの作ったプリン、食べたくないの?』
『それは、食べたいけど・・・』
『他のスタッフの子供も呼ばれてるんでしょう? 私、レベッカに会ってみたい。お兄ちゃんだって、同じ境遇の子と話してみたいって言ってたじゃない』
『・・・まあな』
『それに、本当に危ないと思ってるなら、私達だけ行かせていいの? いつも私とお母ちゃんの事は俺が守る!って言ってるけど、あれは嘘?』
『嘘じゃねぇよ。行けばいいんだろ、行けば』
こんな風にホリーに挑発されて、ドルチェに来ることにした。
時々ホリーは、口から産まれたんじゃないかって思う。
***
確かに来て良かった。
同じ境遇の子供達とは初対面だったけど、皆すぐに打ち解けて友達になれたし。
特にリオとは騎士訓練所の話で盛り上がった。騎士は俺ら世代の男子にとって憧れの職業の一つだから、正直リオが羨ましい。
それに、ドルチェに来てからも驚きの連続だった。
建物は想像以上にでっかいし、魔物と人間が家族になってるし。
でっかいトカゲの魔物が、俺と4歳しか違わないって嘘だろう?
クルトはアイツと仲良くなったって言ってたけど、怖くないのか?
あのトカゲと、お姫様みたいな貴族のお嬢様が友達?
こんなに凄いご馳走、俺たちの為に準備してくれたのか。
魔物って俺たちと同じ・・・いや、断然美味いもの食べてるんだな。
母ちゃん、楽しそう。あのドワーフとも仲が良いみたいだ。ああしてると、単に身長の低い男の人にしか見えないな。
そんな事を思いながら食事を続けてたら、ホリーとレベッカが固まった。
不思議に思って振り返ったら、トカゲの魔物がドリンクコーナーにいて。
その迫力に息を呑んでると、クルトがパッと駆け出して、トカゲに抱きついた。
(うわっ、マジかよ。クルト、すげ〜甘えてるじゃん)
一目見れば分かるくらい、クルトがトカゲを完全に信頼している。
2人は少し話すと、トカゲがクルトの分の飲み物を注いでやって、それから手を振って別れた。
戻ってきたクルトはニコニコと嬉しそうだった。
「凄いねクルト、あんなに大きな魔物と仲良くできるなんて。怖くないの?」
レベッカがズバリと聞くと、クルトはキョトンとして言った。
「全然怖くないよ。ガロンお兄ちゃん、初めて会った時からずっと優しいよ」
「でもすごく大きいし、力も強そう。爪も鋭かったし・・・」
「うん。ガロンお兄ちゃん強いよ。だからいつも僕を傷つけないよう、気をつけてるみたい。優しいよね」
「・・・そう、だね」
レベッカはすごく複雑そうな顔をしてた。多分、俺と同じ気持ちなんだ。
「クルトはさ、なんで魔物と仲良くできるんだ? もしかして魔物は俺達の父ちゃんの仇だって知らないのか?」
そう言うとクルトは黙って俺を見た。
「知ってるよ。でもガロンお兄ちゃんは誰も殺してないもん」
「え・・・?」
「ラーソンおじちゃん、言ってたよ。戦争なんかしたくなかったって。喧嘩するなら、酒の飲み比べとか大食い競争とか、誰も死なずに済む勝負にすればいいのになって」
「・・・・・・」
「シヴァおじちゃんも言ってた。戦争する前から、たくさんの魔物が人間に殺されてきた。私たちも同じように辛い思いをしてるから、僕の気持ちが分かるよって」
「・・・他には?」
「戦争があった事実は忘れちゃいけないって。寂しくて悲しい思いも忘れずにいなさいって。もし大人になって仇を討ちたくなったら、多くの人が同じように悲しい思いをする事を思い出しなさいって」
なんか泣きそうになって、その顔を見られなくて俯いたら、リオも同じように俯いていた。
「あのね、ミホおばちゃんが言ってたけど、人って分からないものを怖がるんだって」
「・・・うん」
「さっきね、ガロンお兄ちゃんと一緒にプリンを食べる約束したの。みんなも一緒に食べよう? そしたら全然怖くないって分かるよ」
クルトはクスクス笑った。
「あのね、ガロンお兄ちゃん、プリンを初めて食べた時、感動して泣いちゃったんだって」
「・・・魔物も泣くんだな」
「可愛いところあるのね。ちょっと怖くなくなったかも」
リオとレベッカがそう言ってちょっと笑う。
「そうだな、せっかくドルチェに来たんだし、デザートくらい一緒に食べるか。ホリー・・・」
「⊹₊⟡⋆˚⊹プリンってそんなに美味しいんだ⊹₊⟡⋆˚⊹」
夢見るように瞳を輝かせる妹に、兄ちゃんが一緒にいるから怖がらなくていいぞ、て言葉は必要なかった。




