アンジェリカ4
私達王家が滅亡へと向っていた頃、首都グラードにも変化が訪れていた。神殿から光の柱が伸びて空が突然美しい七色に染まったのだ。同時期に南エリアに突然魔物が現れたという。
幸い魔物による被害は無かったけれど、人々は恐怖で不安に陥ったに違いない。
そんな中、魔王軍に惨敗して敗戦国になった事、クリフォード将軍がクーデターを起こしてアビラス王国が滅んだ事が発表された。
(きっと国中が大混乱になるわ。暴動が起きなければいいけれど)
そんな私の心配は杞憂で終わった。
魔王軍の示した終戦条件と、魔物も女神様の信徒だと神殿が認めた事、そして帰還した兵士達が語る魔物の様子が広まるにつれ、侵略による大量虐殺や奴隷化など、想像していたような最悪の事態は免れたと民が理解したからである。
しかし当然ながら、両種族の平和の為に魔物と共存するという新国家の方針に戸惑う声も多くて。
クリフォード元首と共に、ソルーナ共和国の礎を築く中心人物であるお姉様は、毎日お忙しそうだ。
そんな騒然とした中で、お父様の葬儀がしめやかに行われた。
参列者はクリフォード元首とシャルル宰相、各大臣と近衛兵のみの極めて小規模な葬儀だった。
国全体が10日間喪に服したお祖父様の国葬とは比較にならない。
けれど、お父様は最後の王として王族の墓に埋葬される事を許された。
お父様の遺体が納められている棺は国旗で覆われ、中は美しい花が敷き詰められている。
クリフォード元首は戦争責任を取らせる為にお父様の命を奪ったけれど、尊厳までは奪わなかった。
彼はずっと戦争に反対していたから、クーデターを正当化する事も出来たはずなのに、お父様を断頭台に送り、哀れな姿を民衆に曝すことを良しとしなかったのだ。その事に私達家族は深く感謝している。
また終戦条件の一つとして魔物に献上したお父様の首級が、その日のうちに返された事にも驚かされた。
「魔王軍は私達が降伏し、本気で平和を望んでいる事を認めて、お父様の首級を返してくれたの。葬儀に必要だろうって」
お姉様が涙ながらに話してくれた。
嬉しい反面、魔物にも死を悼む心や慈悲があると知り、物凄く複雑だ。
だって間違っていたのは私達人間の方だって、見たくなかった事実を目の前に突きつけられたんだもの。多くの民もきっと居心地の悪い思いをしているはず。
自分の非や失敗を認めるのは、なかなか難しい。
でも大事なのは失敗から学び、同じ過ちを繰り返さない事だと思う。
今までの私は、夢見がちで全く周りが見えてなかった。
私は変わりたい。変わらなくちゃいけない。
だからどんなに辛くても、自分の愚かさと罪から目を反らさず生きて行こう。
*****
葬儀からしばらくして、お母様は実家の侯爵邸に身を寄せる事になったけれど、お姉様と私は王城で暮らしている。というのも、仕事の関係だ。
お姉様は国政の様々な分野に関わっている為、城に留まるようクリフォード元首から頼まれたらしい。
私は、戦争遺族の支援事業の一つ携わる事になった。お姉様が提案した香水事業だ。ゆくゆくは輸出品の一つとなるよう、国を挙げての事業にする計画だという。
まずは王城の庭園や温室で育てられている花を原料にして色々試作品を作ることになり、その研究の為に香水事業部を創設し、私はその責任者に任命された。
といっても、私の他の部員は調香師の女性2人と庭師の男性4名だけ。
香水作りや花の管理といった実務作業は、彼らが主導で私は補佐。
責任者としての私の主な仕事は、事業計画を立てることだ。
まずは香水の原料となる花の生産地の候補を絞らなければならない。
その為には花はもちろんのこと、各領地の気候や土壌について理解を深める必要がある。
かくして、温室の隣に併設した研究所と城の図書館を往復する日々が始まった。
因みに私は、研究所の2階の1室に住まわせてもらっている。原料の花を早朝に摘まないといけない為だ。
当然、自分で身支度をしなければならず、最近は作業しやすいように髪をポニーテールにして、パンツスタイルで過ごすことが多い。
研究の一環で庭仕事をするようになって手は荒れ、肌も日焼けしてしまった。
今の私は、元王女どころか貴族の令嬢にも見えないだろう。
やる事が多くて忙しいしけれど、この事業がいつか戦争遺族の雇用に繋がると思えばやりがいもある。
まずは貴族のご夫人に最も人気の高い薔薇を使って、調香師の2人にそれぞれ試作品を作ってもらった。
爽やかで瑞々しい香りは、明るくて活発なルーシー作。
少しスパイシーでゴージャスな香りは、落ち着いて理知的なエリザ作。
作品にもそれぞれの性格が表れているのが面白い。
どちらも良い香りだから、きっとお姉様も気に入るはず。
なかなかの出来映えに気を良くした私は、早速、試作品を携えてお姉様の執務室のドアをノックした。
「香水事業部のアンジェリカです。試作品をお持ちしました」
「お疲れさまです。現在、グレース様は来客中でして」
お姉様の侍女が申し訳無さそうに眉を下げる。
いつもならこの控室で待つのだけれど、侍女のこの顔を見るに、先客との話が長引きそうなのだろう。
「わかりました。では出直してきます。いつ頃でしたら大丈夫かしら?」
「確認して参りますので、少々お待ちください」
そう言って一度奥に引っ込んだ侍女が、すぐに戻ってきた。
「入室許可が下りました。どうぞ、お入りください」
「え? でも来客中では?」
「はい。その方にも試作品を見てもらいたいとの事です」
「そうですか。わかりました」
秘書が私を先導し、奥の部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼します。…アンジェリカ様、どうぞお入り下さい」
私が試作品を入れた籠を持っていたからだろうか、侍女がわざわざ扉を開けてくれた。
(流石はお姉様の侍女。気遣いも完璧だわ)
「ありがとう」
お礼を言うと「すぐにお茶をお持ちしますね」と微笑まれた。
目を引くような美人ではないが、所作が美しくて素敵な女性だ。見習わなければ。
「失礼します。香水事業部のアンジェリカです。試作品をお持ちしました。この度はお時間を頂き、ありがとうございます」
ここに来たのは事業部の責任者として。加えて来客中である。
私は失礼にならないよう、入室と同時に頭を下げた。
「驚いた。本当にアンジェリカ様ですか? 別人じゃないですか」
ふいに聞き覚えのある声がして、私は愕然とした。
「ふふふ、本人ですよ。アンジェリカ、顔を上げて楽になさい」
(まさか…)
ゆっくりと顔を上げると、お姉様の向かいの席に賢者様が座っている。
「お久しぶりです。お元気そうで何より」
森の中で花に丸呑みにされて死んだはずの賢者様に、のんびりと挨拶された。
気のせいか、以前よりも肌艶が良く健康そうだ。
「け…賢者…様? 生きて…? え…?」
信じられない気持ちで呆然と賢者様を見つめていると、お姉様が頬に手をやって首を傾げた。
「あら? 賢者様が生きているって、伝えてなかったかしら?」
「聞いてません!!」
「ごめんなさい。私も色々忙しくて、うっかりしてたわ。でも賢者様は週に4度は登城してたし、知らないとは思わなくて」
お姉様は私よりも遥かに沢山の仕事を抱えているし、こうして顔を合わせて話すのも久しぶりなのだから、仕方ないかもしれない。
私自身、慣れない環境で仕事をこなすのに精一杯で、余裕なんて無かった。
だけど、だけれども!!
「〜〜〜〜〜〜っ」
賢者様が生きていて嬉しい。その事実を今の今まで知らなかった事が悔しい。
色々な感情が混ざり混ざって、我慢しようと思っても涙が溢れてくる。
「いやしかし、少し会わない間にアンジェリカ様も随分しっかりして……えっ!? ちょっ…、大丈夫ですか?」
声を出さずに涙を零す私を見て、焦った賢者様が立ち上がり、オロオロしながら近づいてきたので、私は試作品を放り投げて、その胸に思い切り抱きついた。
「ぐふぅっ…」
頭の上で変なうめき声が聞こえたけれど、気にしてられない。
頬に固い感触があって温かい。トクン、トクン、と心臓が動いている。
「本当に…生きてる。良かった。良かっ…うわぁぁぁぁぁん」
安心した私は、侍女がお茶を運んでくるまで、子供のように声をあげて泣き続けた。
コミカライズの移籍先が決まりました!
徳間書店様の新レーベルで連載再開します。
詳細については、また後日お知らせします。
心配して応援して下さった読者様に、嬉しいご報告が出来てホッとしました。
ツヅル先生が描かれるミホやガロンにまた会える!
エミリーやアンジェリカも見れる! やったー!
移籍に関して一番の功労者であるツヅル先生に、心からの感謝を。
本当にありがとうございます!!
今後とも、宜しくお願い致します。




