アンジェリカ3
しばらくすると扉が開いて、クリフォード将軍が静かに部屋に入ってきた。
「お別れの挨拶は終わりましたか?」
「ああ。最後に家族との時間をくれた事、礼を言う」
お父様はお母様から体を離して将軍に向き合った。
お母様はもう取り乱す事は無かったけれど、非難するような目を将軍に向けたまま、お父様に寄り添っている。
「お二人を部屋の外へお連れしろ」
「はっ!」
将軍の背後から現れた2人の兵士が近づいてきた。私を塔に迎えにきた兵士だ。
「レディ、残念ですが時間です」
「失礼な真似をしたくありません。どうぞ我々と一緒に部屋を出て下さい」
紳士的な、しかし有無を言わせぬ2人に、私とお母様は大人しく従うしかない。
「お父様…」
何度も振り返りながら扉へと向う私達を、お父様が名残惜しそうに見つめている。扉の向こうでは、お姉様が静かに佇んでいた。
「…お姉様」
「お父様は私達3人の姿を最後に見たいだろうと思って」
振り返ると、お父様が泣きそうな顔で私達を見つめていた。
「お父様、私が2人を支えます。どうかご安心ください」
すっと背を伸ばし、悲しそうに微笑みながら宣言するお姉様は凛として美しい。芯の強さがその眼差しに表れている。お父様がお姉様の言葉に安心したように頷く。
「お父様! 私もお姉様みたいになれるよう頑張るって約束します!」
私もお父様を安心させたくて、閉じられつつある扉に向って叫んだ。扉が閉まる瞬間、狭い隙間からお父様の優しい笑顔が見えた。
(よかった。最後に笑った顔が見られた)
扉が閉まった途端、お母様がふらついたので、咄嗟に姉様と共にささえた。それまで張りつめていた緊張の糸が切れたのかもしれない。
「2人ともありがとう。何だか足に力が入らなくて。…情けないわね」
「こんな時ですもの。無理もありませんわ。…そこのあなた、椅子を一脚持ってきて下さる?」
お姉様の言葉に、部屋の外で待機している兵士の一人が慌てて走って行き、すぐに椅子を持ってきてくれた。
「お待たせしました。どうぞ、お掛け下さい」
「ありがとう。さあ、お母様」
お母様を座らせると、椅子を持ってきてくれた兵士が私達を気遣うように言った。
「よろしければ、向こうの談話室までお連れ致しましょうか?」
お母様は今ですらこんな状態なので、次に扉が開いた時には気絶してしまうかもしれない。ここにいる全員が、きっと同じ事を思ってる。
「…そうね、あそこなら長椅子もあるし、此処よりもゆっくり休めるでしょう。お母様、歩けそうですか?」
「ええ。支えてもらえれば、何とか」
「じゃあ、お願いするわ。アンジェリカ、お母様に手を貸して差し上げて」
「わかりました。さあ、お母様」
お母様が立ち上がると、兵士がそっと腕を差し出した。
「僭越ながら、エスコートさせていただきます」
「…ええ」
見た目は無骨な兵士だけれど、クリフォード将軍の直属の部下だけあって礼儀正しい。お母様もそれを理解して、大人しく彼の腕に掴まった。
「アンジェリカ、お母様に付き添って談話室に行ってもらえる?」
「お姉様はご一緒しないんですか?」
「後から行くわ。今後の事を将軍と話し合っておかないと…」
お姉様はそう言って一度深呼吸をした後、私に向き合った。
「さっきお父様に、私みたいになれるよう頑張るって言ったわね」
「ええ。私もお母様とお姉様を支えられるように、強くなります。もし許されるなら、今後は戦争遺族者を支える活動をしていきたいと思ってます。…具体的には何をすればいいか、まだわかりませんが」
お姉様はじっと私を見つめた後、ふっと目を細めた。
「アンジェリカ、以前のあなたは我が儘でどうしようもなく愚かだったけれど、少しは成長したのね」
「…お姉様、私の事をそんな風に思ってたんですか?」
(もしかして私、嫌われてたのかしら?)
「ええ。いつまでも夢見がちで心配だったの。でもあなたは変わった。さすがにお父様との最後の約束を違える真似はしないでしょう?」
「はい。勿論です」
「あなたを信じるわ。今後、私は将軍と共に新たな国家作りに奔走することになる。その内、あなたにも働いてもらうつもりよ」
「はい。罪滅ぼしの為にも精一杯、頑張ります」
素直に頷いた私を、お姉様がぎゅっと抱きしめてくれた。
「本当は私も色々と不安なの。でもあなたの目標で居続けられるよう、私も頑張るから。あなたが変わってくれて嬉しい。お互い、もう後悔しないよう、前を向いて生きていきましょう」
「…はい!」
いつも完璧だったお姉様も、心の内では不安を抱えていたなんて知らなかった。そしてそれを私に打ち明けてくれたのは、きっと私を信じてくれたから。
「さあ、お母様をこれ以上待たせてはいけないわ。しばらく側について差し上げて。私も後から行くから」
「はい」
お父様を永遠に失う悲しみと、初めてお姉様から頼られた喜び。複雑な感情が混ざり合い、涙となって私の頬を伝う。
私達姉妹は全然性格が違ったけれど、仲は悪くなかった。お姉様は聡明で優しかったし、歳が離れていたから物を取り合って喧嘩をした事も無い。
その代わり、お姉様から心の内を曝け出された事は無かった。きっと今までの私が頼りなかったから。
皮肉な事に、私は王女という立場を失う事になって初めて、お姉様のように国の行く末を憂うようになったのだ。
(本当に、私って馬鹿ね)
王女でなくなった私は、何の価値もない。
だけど、だからこそ、私は変わらなきゃならない。
これからの行動で、自分の価値を高めていこう。
今はまだお姉様の背中を追いかけることしか出来ないけれど、一日も早く追いついて、支えて差し上げられるように。
そしていつか、隣を歩いて行けるように。




