緊急会議
私の言葉に、皆が複雑な顔をしてシヴァを見る。
シヴァはギュッと目を閉じて、泣くのを堪えているように見えた。
「あのね、出産って母も子も命懸けだから、これを食べなくても死ぬ可能性もあるのよ」
その言葉を聞いた三人が驚いた顔で私を見た。
(思っても見なかったって顔ね。魔物には高齢出産とかないのかな?)
私は前よりも少しだけ膨らんできたお腹にそっと手を当てながら、彼等に説明した。
「それに40歳以上は妊娠する可能性も低いし、出産のリスクが高くなるって言われてる。私の場合、年齢的にもギリギリだから、この子を授かったのは、本当に奇跡だわ」
神妙な顔をしている彼等に向って、私はニッと笑ってみせる。
「そんな訳で、私はとっくに覚悟は出来てるから、産まないって選択肢は無いの。だからって死ぬつもりはないわよ。この世界の魔法に期待しているからね。母子共に無事でいられるよう、皆さんご協力をお願いします」
そう言ってペコリとお辞儀をして頭を上げると、オリヴィアが「もう!」と憤慨しながら抱きついてきた。
「人間って雑草みたいに増えるくせに、変なところで弱いんだから。仕方ないから、この私が直々に動いてあげるわ。その代わり、お礼は高くつくわよ」
「うん。期待してる。ありがとう、オリヴィア」
「死んだら許さないから」
「私の強運を舐めないで。今回も運命に抗って生き残ってみせるわよ」
「ふふふ。そうね。ミホはしぶといし、エノコログサ並みに生命力強そう」
「…待って。普通に妊婦として労って」
「母親」だから子供の為なら強くなれるけど、か弱い人間なんだから、それは忘れないで欲しい。
私達の会話を、シヴァは無表情で見ていた。
「シヴァ、この件については家に帰ってから話し合いましょう」
「…ああ、そうだな。レンとガロンにも話さなきゃならない」
(あ、怒ってる。帰ったらお説教されるな)
気が重いけれど、彼が私を叱るのは、本気で心配してくれる証拠だ。
それに、本当はシヴァだって子供を諦めたくないはず。
きちんと向き合って、話し合おう。
生まれてくる子に罪は無いもの。
私達は親として、出来る限りの事をしなくっちゃ。
この子の為だけじゃなく、家族の為にも、私は死ねない。
私は目を閉じて、心の中でお腹の赤ちゃんに語りかけた。
大丈夫。私はあなたを愛してる。
すくすくと大きくなりなさい。
あなたは、愛される為に生まれてくるのよ。
***
オリヴィアが私から離れたのを期に、話題を変える事にした。
「そういえば、カイルの相談したい事って何?」
「はい。実はリアム神官から仕事を依頼されまして」
「は?」
一言で私の機嫌が急降下したのが伝わったらしく、カイルが助けを求めるような目でシヴァを見上げた。
「ミホ、落ち着け。相談というからには、依頼を受けた訳じゃないんだろう」
「はい。上司の許可が必要だと言って、返事は保留しています」
シヴァはその返事に満足げに頷いた。
「ところで、何故仕事の話になったんだ?」
「それが…その…」
カイルはきまりが悪そうに目を彷徨わせた後、頭を掻きながら白状した。
「帰る前に、家族のお土産にと、女神様の像のレプリカを作ったんです」
神殿の周辺には材料になる白い石が沢山転がっていた。それらを集めて魔法を使って小さな女神様の像を作ったところ、それを見たリアム神官がいたく感心したらしい。
「素晴らしい。こんなに精巧なレプリカは初めて見ました。それにこんな短い時間で出来るなんて、あなた方は凄いですね」
リアムはそう褒めた後、少し考え込んでから仕事の話を依頼してきたという。
「残念ながら、あなた達魔物に対して偏見を捨てられない人達がいます。あなた達の信仰心が嘘ではないという証拠を、広く知らしめなければいけません。地方の神殿には精巧な女神像はありませんから、彼等にプレゼントすれば、きっと喜び感謝されるでしょう。もし良ければ、私位の大きさで女神像を何体か作っていただけませんか? もちろん報酬はお支払いしますし、材料もこちらで揃えます」
どうやらカイル達は、神官から手放しで褒められて、まんざらでもないらしい。
しかし三日月班は魔王軍に所属している為、自分達だけで勝手に仕事は受けられない、後日改めて返事をする、と言って帰って来たという。
「我々の能力が両種族の平和に貢献出来るのであれば、嬉しく思いますが…。我々は魔王様の決定に従います」
「ふむ。提案自体は悪くない」
「そうね。私もいいと思うわ」
「……」
シヴァとオリヴィアが前向きに検討しているが、私はしょっぱい気持ちでいっぱいだ。
皆の言う通り、提案自体はいいと思う。実現すれば魔物に対する好感度もアップするだろう。
でも個人的には、三日月班をこれ以上リアムに近づけさせたくない。
「ひとまず魔王様に報告しよう。カイル、ご苦労だった。家族が待ってるだろうから、帰っていいぞ。この件については、後日また連絡する」
「はい。では失礼します。ミホ様、どうかご自愛ください」
カイルと別れ、オリヴィアを伴って魔王城に戻った私達は、待たされる事なく魔王様に謁見できた。
先程シヴァに抱えられたまま城を横切った為か、はたまた妊婦だからか、私には椅子が用意されいて驚いた。座るのを躊躇っていると、魔王様の指示だと言われてまた驚く。
(魔王様、気が利くな〜。さすが、出来る男は分ってるね)
ご厚意に甘えて、遠慮なく座らせてもらう。
魔王様は顔だけでなく性格も良い。さぞやモテるだろうに不思議と浮いた話を聞かないなぁ、なんて事を思っている間に、シヴァが神殿からの依頼について報告し、前向きに検討される事になった。
「会議が必要な案件だな。幹部に招集をかけよ」
謁見の間から会議室に移動すると、城で働いていた他の幹部達が既に着席していた。
程なくしてベルガーとナーダがやってきて、緊急会議が始まった。
「…以上だ。皆の意見を聞きたい。グレゴリー、お前はどう思う?」
「受けるべきだと思います。クリフォード元首の熱意は本物ですが、まだ国全体に行き届いてません。我々も積極的に協力する必要があります」
「私も賛成です。我らの信仰心と技術力を知らしめる良い機会でしょう」
「人間にしちゃあ、悪くない提案だ」
「反対する理由は無いわね」
(うん、分ってた。癪だけど、いい案だもの。リアムが嫌いだからって反対は出来ないよね)
でも、あいつとは個人的に距離をおきたい。
「ミホ、お前はどう思う」
最後に私の意見を求められた。全員の目がこちらに向く。
「仕事の依頼を受けるのは賛成です。ですが契約交渉に関しては三日月班ではなく、別の者が行う方がいいでしょう。リアム神官は弁が立つ曲者なので、向こうに都合良く利用されかねません。冷静な判断の出来るグレゴリーか、ディランが適任だと思います」
ショーンの言う通り、リアムは根っからの悪人ではないかもしれないけど、目的の為に自分達に都合良く事実を捩じ曲げてきた。反省して協力的なのは認めるけど、まだまだ信用はできない。
グレゴリーとディランは見た目が怖いけど、中身は紳士だから一目置かれると思う。
「ほう? 報告ではリアム神官はミホに頭が上がらないようだと聞いているが?」
魔王様が揶揄うような口調でいうと、皆がうんうんと頷く。
皆、私が神殿に潜入した際、リアムを殴ったと聞いて、手を叩いて喜んだらしいからね。
「胎教に悪いので、謹んで辞退します」
こっちが損しないように契約内容は詰めるけど、実際交渉するのはゴメンだ。
あいつと対峙したら、絶対に血圧が上がる。条件反射でファイティングポーズを取るかもしれない。
「では私が引き受けましょう。その際は、向こうの内情に詳しいショーン殿にも同行をお願いしたい」
グレゴリーが快諾してくれたので、私も頷いた。
「わかりました。彼には私から話を通しておきます」
さくさくと話がまとまったので、早々に家に帰れると思いきや、グレゴリーとディランが現状報告したいと言い出して、会議は延長になった。
「報告によれば、戦争未亡人は5000人程。孤児は200人弱ですが、今後、生活苦で捨てられる可能性もあります」
「条約通り遺族に金は支払われるが、国としては一刻も早く彼女達に仕事を斡旋したいようだ。プリン工房ではどれくらい雇用する予定だ?」
「えっ? 製造・販売・経理に分担しても10人くらいで事足りるけど… 仮に各エリアに店舗を置いても雇用出来るのは50人かな」
そう言うと、二人は目に見えてがっかりした。
(早く帰って寝たいのに、このままじゃ会議が終わらないわね)
さっさと帰りたい一心で、私は思いつくままに発言することにした。
「うーん…。この際、プリンだけじゃなく、お菓子ごとの専門店を支店として展開してはどうでしょうか?」
私の提案に皆が目を丸くしている。説明が足りなかったみたい。
「私は出産と育児の為、しばらく業務には携われません。せっかく顧客がついてるのに、数年間休業するのは勿体ないです。ドルチェの主力商品のクッキー、ドーナツ、カップケーキ、マドレーヌ、シフォンケーキ、パウンドケーキの専門店を支店として出せば雇用も増やせます」
首都で直接作るなら、生クリームを使ってデコレーションに凝る事も出来るし、新しい味を研究する事も可能だ。
「あと彼女達の子供を預かる託児所が必要ですね」
「託児所?」
「子供の面倒を見てくれる施設です。働きたくても子供がいたら無理ですからね。あ、託児所の職員も、遺族から雇用すればいいんですよ。皆同じような境遇だから、慰め合って協力しながら運営してくれるでしょう」
施設で差が出ないように、しっかりとしたマニュアルと教育が必要だろうけど。
「後は…そうですね。支店が増えると今ドルチェで契約しているコックス農場だけでは人手が足りないでしょうから、雇用を増やせるかどうか、交渉してみます」
戦争が終わってからも、なんだかんだ忙しくて、エミリーにはまだ会っていない。
私達の正体をバラしても、以前と同じように接してもらえるだろうか?
エミリーの事が好きだから、もしも拒絶されたらと思うと、ちょっと寂しい。
「ただし専門店を開く場合、専門道具を揃える必要があります。鍛冶職人は男性ばかりだと思いますが、もしも希望者がいれば受け入れて欲しいですね」
力仕事は男性が有利だけど、女性は手先が器用で細やかな作業が得意だし、美的センスが優れている人も多いから、案外うまくいくんじゃないかしら。
他に何かないか、と考えたけれど、私は街の人々の暮らしに詳しくないから、すぐには思い浮かばない。うんうんと頭を悩ませていた私は、やがて大事な事に気付いた。
(これって私が考える事じゃないよね? もちろん協力はするけど、あくまで国の事業だよね?)
私が悩む必要はない。これだけアイデアを出せば、十分だろう。
「今、思いつくのはこれくらいね。いずれにせよ私達が協力出来る範囲には限りがあるわ。共和国側が主体になって動いてくれなきゃ。慢性的な人手不足なんだから、これまでの常識に囚われず、女性の仕事の種類を増やせるようにクリフォード元首に話してくれる?」
そう言ってグレゴリー達を見ると、二人は一生懸命にメモを取っていた。
「ああ。とても参考になった。クリフォード元首に伝えよう」
「私達は人間について詳しくないから、ミホがいてくれて助かるよ」
「どういたしまして」
少しは役に立てたようで嬉しい。二人が満足したところで会議も終わった。
やっと帰って寝れる〜と思ったら、「ちょっといいかしら?」とオリヴィアが発言した。
「私一人の手に負えないかもしれないから、皆の知恵と力を借りたいの」
「オリヴィアがそんな弱気な事を言うのは珍しいな。余程難しいのか?」
ナーダの言葉に、オリヴィアが小さく頷いて皆を見渡した。
「このまま放っておいたら、ミホが出産の際に命を落とすかもしれないの」
(オリヴィア〜〜〜〜〜!!!!)
オリヴィアの爆弾発言に、魔王様をはじめ、皆が愕然とした顔になっている。
有り難い事に、皆が私を心配してくれた。
こんなに優しい上司と同僚に恵まれた私は幸せ者だ。感謝しかない。
かくして会議はさらに延長になり、私の大事な睡眠時間は奪われた。




