希望の樹の実と決断
「時間が惜しい! すぐにオリヴィアの元へ行くぞ」
「ええっ!? こんな真夜中に突然伺うなんて非常識よ」
「非常識なのは、危機感のないお前の方だ!!」
私はシヴァに叱られながら、いきなりお姫様抱っこされて慌てた。
「きゃっ!! ちょっと!?」
「どんな作用があるか分らない。出来るだけ動くな」
(え? 心配し過ぎじゃない!? 普通に美味しかったけど…)
そう思ったけれど、口に出したらもっと怒られるのが確実なので、私は大人しく口を噤む。
「レン、すまないが後を頼んで良いか?」
シヴァが私を担いだまま蓮を呼んだ。
今更だが、こんな恥ずかしい状態を息子やその他大勢に見られてしまった事に気付き、顔から火が出る。
しかし、ここで降ろしてと暴れれば、やっぱり怒られる訳で…。
あまりの居たたまれなさに、私は死んだ魚のような目でじっとするしかなかった。
「ラーソンの家に人数分の予備のベッドがあるから、皆を案内して仮眠を取ってくれ。結果がどうあれ、日の出までには戻る」
「はい。お母さんをお願いします」
蓮の神妙な声に、私はさすがに反省した。
「心配かけてゴメンね。皆さんも驚かせてしまって、すみません」
シヴァが三日月班達に向き直った。
「無事に参拝が出来たようで何よりだ。皆の家族も帰りを待ちわびている事だろう。元気な姿を見せて、神殿の話をしてやるといい」
「はい。ありがとうございます」
「カイル、悪いが一緒に来て詳しい話を聞かせてくれるか?」
「かしこまりました。他にもご報告とご相談があるので丁度良かったです」
(まだ何かあるのかしら?)
シヴァも少し首を傾げたけれど、頷いてドアへと歩き出した。
「では、失礼する。皆、ゆっくり休んでくれ」
***
オリヴィアの本体である巨木は、魔王城の近くにある。なのでシヴァは当然のように魔王城を経由した。
ドルチェの任務で昼間活動している私達が少数派で、魔物の活動時間は夜だ。
魔王城を突っ切る私達3人の姿は、当然多数の目に曝される。
何事? と注目を集める中、シヴァが歩きながら側に来た侍従に命令した。
「緊急事態でオリヴィアの元へ急ぐ。魔王様へは後程ご報告に上がると伝えてくれ」
「畏まりました」
(あわわわわ、大事になっちゃった。私の馬鹿〜! 本来なら、皆を見送った後でゆっくり眠れるはずだったのに…)
己のうかつさに後悔して頭を抱えているうちに、オリヴィアの元に着いていた。
「オリヴィア」
シヴァが上を見ながら声をかけると、オリヴィアがふわりと舞い降りて来た。
「シヴァ? ミホ? どうかしたの?」
私を抱えているシヴァを見て、オリヴィアが目を丸くする。
「突然すまないが、ミホがこの実を食べた。体に影響はないか、君の意見が聞きたい」
シヴァは私を降ろすと、オリヴィアに果実の入っている袋を差し出した。
オリヴィアは袋の中を見ると、ぱぁっと顔を輝かせた。
「まあ! ミホに預けた希望の樹が実ったのね」
そう言いながら実を一つ手に取り、嬉しそうに眺めていたオリヴィアは、やがて少し顔を曇らせた。
「オリヴィア?」
「ああ、安心して。すぐに死んだりする毒じゃないから」
「ああ、良かった」
ホッとしている私と対象に、シヴァは眉をしかめている。
「害がないとは言わないんだな」
「えっ!?」
「……」
オリヴィアは私達から目を反らして、カイルに話しかけた。
「この実を採ったのは、あなた?」
「いえ、我々が採った訳ではありません。樹の精霊から頂いたのです」
「カイル、詳しい説明を頼む」
シヴァに促され、カイルは頷いて話しだした。
「拝殿で祈りを捧げた後、我々は神殿の色んな場所を案内してもらいました。そして最後にご神木を近くで見せてもらえる事になりました」
『元々、祭壇があった神聖な場所なので、樹に触れたり出来ないように結界を張っています。この石より向こうには行かないで下さい』
リアムはそう言って、ご神木の前に三日月班を案内した。
皆で大きなご神木を見上げていると、やがて葉っぱがキラキラと銀色に発光し始め、カイル達は感心した。
『さすがご神木。とても神秘的で美しいですね』
しかしリアムの反応は違った。
『こ、これは一体!?』
驚きで目を見張るリアムの様子を見て、異常事態だと悟ったカイル達は、何か起こる前兆かもとドキドキしながらご神木を見上げた。
「葉っぱから小さな光の粒が幹の前に集まり、どんどん大きくなって光の固まりになりました。やがて徐々に人の形になり、最後に少女の姿をした精霊が現れたんです。そして、’ミホに渡して’と、果実を我々の前に置きました」
カイルはそう言って、じっと私を見た。
「髪の色は明るい若草色でしたが、ミホ様に良く似ていました」
「えっ?」
ビックリして両手で頬を押さえていると、オリヴィアがにっこりと笑った。
「種の時に愛情を注いだ者の影響を受けるの。こんなに早く実をつけるなんて、あなたが真摯にお世話してくれたからだわ。ありがとう」
面と向かって感謝されると、何だかくすぐったいような気持ちになる。
「でも土地の影響を受けて、この実には高濃度の魔素が含まれてる」
「魔素?」
「この世界全ての植物や動物に微量ながら含まれてる魔力の素よ。私達にとって魔素は必要な糧だけど、魔力の無い人間には有害だわ。でも微量だし、排泄物と一緒に体外に出るから、普通は問題はないの」
(成る程。合成着色料みたいな物か。確かに体には悪いけど、すぐに死に至るような物じゃないな)
元の世界での食べ物や水だって、完全に安全なわけじゃない。残留農薬とか、発がん性物質を知らず知らずのうちに口にしているはずだ。
私がそう解釈していると、オリヴィアは複雑な顔になった。
「希望の樹に悪気は無いのよ。お腹の子供の魔力供給の為に、自分の実を分けてくれたんだと思うわ」
「魔力供給…」
(赤ちゃんに必要な栄養素なのかな?)
そう思ってお腹に手を当てると、シヴァの視線も私のお腹に向けられた。
「成長に必要な魔力が足りないのか…」
愕然とした表情で、そう呟く声が聞こえて私は焦った。
「え? どういう事?」
「魔力は我々に必要不可欠だ。お腹の子供は産まれるまでの間、母親から魔力を分けてもらって成長する。だが、お前は人間だからそれが出来ないんだろう」
当たり前の事で盲点だった、とシヴァが目を伏せる。
「でもこの世界の全ての物に魔素が含まれてるなら、毎日の食事で摂取出来てるはずよ」
「ああ。だから細々と命をつないでいるが、成長するには足りてないんだ」
「そんな…!。これまでだって、魔物と人間の混血は無事に産まれてるじゃない」
「ミホ。これまで混ざり者を産んだのは、全員魔物だ。人間が産んだ例はない。お前が初めてだ」
シヴァの言葉に、血の気が引いていく。
「大変! 早くそれ食べなきゃ」
私が袋に手を伸ばすと、シヴァは背中の後ろに隠した。
「ダメだ。お前の体内に長期間、高濃度の魔素を留める事になる。寿命が縮まるぞ」
「でも赤ちゃんに必要なんでしょう?」
「子供を生かす為の魔素が、お前にとって毒になるんだ!」
お前を死なせたくない、そう言ったシヴァの表情は見た事が無いくらい苦しそうだ。
私は目を伏せて、自分のお腹を見つめた。カイルがオロオロと私達二人を見比べている。
(せっかく奇跡的に宿った命を、諦めないといけないの?)
これまでの色んな事が頭をよぎる。どれだけシヴァが私を大事にしてくれたのかも。
目を閉じて大きく深呼吸をすると、気持ちが落ち着いてきて頭の中がクリアになる。
正解なんて無い。なら、私がどうしたいかを考えればいい。
心は決まった。
「シヴァ…。心配してくれて、ありがとう」
私が顔を上げてそう言うと、シヴァとオリヴィアがホッとして肩の力を抜いたのが分った。
その隙をついて、私はオリヴィアの手から実を奪い取ると、パクリと食べて飲み込んだ。
「あっ!?」
「ミホ!!」
シヴァが泣きそうな顔で悲痛な声を上げる。
「ごめんね。でもこれが私の答えなの。どうか私に、あなたの子供を産ませてほしい」
あなたが私を大事にしてくれたように。
私はあなたの子供を守り抜く。
こんな形でしか愛を返せなくて、ごめんね。
だけど、あなたを未来で一人ぼっちにはさせたくないの。
蓮、ガロン。
私の愛おしい自慢の息子達。
あなた達と同じくらい、お腹の赤ちゃんも大事なの。
お母さんの我が儘を許してね。




