初めての参拝6
「神殿は、想像以上に美しく荘厳な建物でした。本当に夢のような一時でした」
真夜中を過ぎて、カイル達が無事に帰って来た。
カイルが疲れた様子も見せずに瞳を輝かせて話しだすと、三日月班の皆も後ろでうんうんと頷く。
私は皆にお茶を勧めた後、興奮冷めやらぬ様子の三日月班から、ゆっくりと参拝の感想を聞く事にした。
「月明かりに照らされて白く光る柱や壁の神々しさは、言葉に尽くせません。我らはしばし言葉を忘れて泣いてしまいました」
「あらあら。きちんと参拝できたの?」
カイル達の様子を想像しながら聞けば「勿論です!」と元気な答えが返って来た。
「恥ずかしながら、馬車から降りてすぐは建物全体の雰囲気にのまれて動けませんでしたが、我々の到着に気付いたリアム神官が、わざわざ出迎えてくれました」
カイル達の口から早々に仇敵の名前が出て来て、無意識に口の端が引き攣る。
あのおかっぱ頭が責任者として神殿を動かしている限り仕方ないけれど、出来る事なら私のお気に入りである三日月班を、あいつと関わらせたくはなかった。
あいつの陰険さが伝染して、三日月班の愛らしさが減ったらどうしてくれる!?
「そう。嫌な思いはしなかった?」
リアムに対する恨みつらみを無理矢理抑えながら聞くと、カイルが笑顔で頷いた。
「はい。初め我々を見た時は、少し驚いた顔をしてましたが、すぐに膝をついて目線を合わせ、挨拶して下さいました。あんなに風に歓迎されるなんて思いませんでした」
ほほう?
以前に比べて求心力は減ったとはいえ、リアムは事実上、神殿のトップである。その彼が魔物に対して親しみのこもった丁寧な態度を取れば、下の者もそれに倣うしかない。
(いけ好かない奴だけれど、魔物の参拝の重要性についてはしっかりと理解してるみたいね)
ちゃんと反省して行動している事は評価しないといけないだろう。
だからといって、私と蓮にした仕打ちを許すつもりは全くないが。私は結構、根に持つタイプなのだ。
(…まあ、カイル達に喜んでもらう事が一番大事だしね)
私は個人的な恨みつらみを無理矢理飲み込んで微笑んだ。
「思ったよりも親切にしてもらったみたいね」
「はい。リアム神官はずっと我々について神殿を案内してくれました」
(…さてはリアム神官も三日月班の愛らしさに落ちたな?)
「大丈夫? 無理矢理抱っこされたり撫でられたりされなかった?」
三日月班は小さいおっさん集団だと自分に何度も言い聞かせて、私がやっと我慢している行為を、まさかあの野郎に許してないでしょうね!?
私が勢いよく訪ねると、カイルは若干引き気味に言った。
「そういった接触は全くないです。供物を渡す時ですら、この三倍くらいの距離はありましたよ」
そう言ってカイルが手を広げたので、私は一安心した。ソーシャルディスタンスは確保されていたようだ。
(ふう、焦った〜。カイル達のモフモフが守られて良かった!)
私の心配をよそにカイル達は参拝を満喫したようだ。むしろ出発した時よりも毛艶が良くなった様に見える。
「楽しかったみたいね」
「はい。見るもの全て素晴らしく新鮮でした。
供物をお渡しした後、一番始めに拝殿所に案内していただきました。参拝者は我々だけでしたが、広い神殿の隅々まで火が焚かれて明るかったので、奥の方の女神様の像もしっかりと見る事ができました」
カイルの言葉に、以前潜入した時に見た神殿の様子を思い出した。
信者でない私から見ても、とても荘厳で感動したほどだから、カイル達の感激は比べ物にならないだろう。
「気がついたら、自然にその場に膝をついて祈っていました。でも作法を知らなかったため、失敗したようです」
「失敗? 祈るのに何か特別な作法でもあったかしら?」
はて? と首を傾げると、カイルは恥ずかしそうに頭を掻く。
「普段通り口に出して、女神様に祈ったんです。まあ、聞かれて困るような内容ではないのですが、リアム神官はとても驚いていました」
「ああ、確かに皆黙って祈るものね。…因に、カイルはなんて祈ったのか聞いて良い?」
リアム神官が驚いたのが作法の違いなのか、祈りの内容だったのかが気になる。
「ええ。女神様に日頃の感謝を述べた後、子供達が健やかに育ちますように、これからも家族仲良く平和に暮らせますように、と祈りました。そして最後に、女神様が心安らかにお過ごしになられますようにと」
カイルの言葉に、私は言葉を失う。
私も過去何度も同じような事を神仏に願った事はあったけれど、神様の為に祈った事は一度もない。
(愛らしさだけでなく清らかさまで兼ね備えてるですって!? 何、この尊い存在は!? 眩しい、眩し過ぎる!! 後光が差して見える!!)
個人的な意見を言わせてもらえば、この世界は歪だ。それもこれも、過保護な女神様のズレた慈悲のせいじゃないかと思ってる。勿論、神様と自分達を同じ次元で考えてはいけないのだろうけど…。
しかし私達親子以外の人や魔物にとっては、女神様の創ったこの世界が当たり前なのだ。
命を与えて下さった事に感謝し、多くを望まず、尚且つ神様の為に祈るなんて、欲深い私には絶対に真似できない。カイル達に比べて、自分の何と薄汚れている事か。
私は何だかすごく恥ずかしくなった。
きっとリアムも、今の私と同じ気持ちだったに違いない。
『それが、あなた達の祈りなのですね』
リアムはそう小さく言った後、しばらく女神様の像をじっと見ていたそうだ。
悪しき存在だと信じていた魔物が、自分達より遥かに清らかだと知って、改めて己や人間の罪深さを知っただろう。カイル達に親切にしたのも納得できる。
「その後、女神様の像に触らせていただきました。我らが祈っている間に、供物を引き取って下さった神官達が大急ぎで台を用意してくれたのです。我々の為に心を砕いていただいて感動しました」
多分それ、小さい子供用のだよ、と思ったけれど口に出さないでおく。
せっかくの感動に水を差すなんて野暮な真似はしたくない。
カイルがその時の事を思い出したのか、じっと手を見る。
「女神様の像は石で出来ているのに、触れるとじんわりと温かくて、物凄い安心感に包まれました。護られているのだな、と実感できて嬉しかったです」
それはそうだろう。己の願望だけでなく、女神様の為にも祈るのだもの。
もしも私が神様だったら、加護をビシバシあげちゃう。絶対に贔屓する。
こんな愛おしい存在、絶対に保護しなくっちゃっ!! …って、あれ?
カイル達の可愛さに暴走しかけた私は、ハタッと気がついた。
もしかしたら女神様はこんな気持ちなのかも。
ただ私と違うのは、人も魔物も、どちらも分け隔てなく愛おしく思っているんだろう。
私は魔王様から聞いた昔話を思い出しながら、一種の仮説をたててみた。
女神様は兄姉神の創った世界を参考にして、この世界を創り、その後で星の民をお創りになった。
多分、女神様が望んでいたのは、某テーマパークの小さな世界の歌詞のように、種族を超えて皆が仲良く平和に暮らす世界。
しかしソレイユの家族の召喚失敗に便乗した人間の嫉妬心と欲により、綻びが生じた。
女神様の代理として世界の管理人になるはずのソレイユが魔王となり、その後勇者に封じられた事で、世界の理が変わった。
女神様の手を離れつつあったタイミングの悪さも、世界が歪になった原因の一つだろう。
うん。私が女神様でも心配で仕様がない。
でも正直な所、女神様の慈悲と愛情が空回ってるような気がする。
昼と夜を50年ごとに分けたのは一見公平そうだけれど、寿命の違いを考慮していないし。
うーん、でも神様は私達とは次元が違うから仕方ないのかも。
むしろ、ここまで手を差し伸べてやってるのに、何で仲良く出来ないの? なんて思ってるかもしれない。
カイルの話を聞きながら、私はそんな事を考えていた。
「あの、申し遅れましたが、ミホ様にお渡しする物があるんです」
「え!? お土産? 嬉しい! 何かしら?」
私の言葉にカイルは首を傾げた。
「お土産というか…、ご報告というか…、託された、というか」
「?」
歯切れの悪いカイルの後ろから、三日月班が4人掛かりで大きな白い袋を担いで来た。
「何かしら?」
「ご神木の果実です」
「え〜!? 凄い! もう実がなったんだ」
私がワクワクしながら袋を開けると、ふわん、と甘い香りが広がった。中には宝石のようにツヤツヤと赤く光る果実が沢山入っている。
ワクワクしながら、その一つを取り出してみる。赤からオレンジ色に変わるグラデーションが美しい、サクランボのような果実だ。ただしテニスボールくらいの大きさである。
「うわぁ、立派。すっごく美味しそう! いただきまーす!」
私は早速齧り付く。
ジュワッと甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。甘すぎず、さっぱりとしていて、いくらでも食べられそうだ。
「ん〜!! 美味しい〜! 幸せ〜!!」
「えっ!?」
「あっ!?」
「なっ!?」
私が目を瞑って味わっていると、戸惑ったような複数の声が重なった。
ん? と思って目を開けると、カイル達が呆然と私を見上げている。
「え? もしかして食べちゃダメだった!?」
「当たり前だ! よくわからない物を口にする奴があるか! 有毒だったらどうする!?」
隣のテーブルで蓮達を労っていたシヴァが、慌てた様子で私の肩を掴む。私はゴクンと実を飲み込んで反論した。
「いや、だってこれ、私が種のお世話をした希望の樹の実でしょう!? 食べられるに決まってるじゃない。飛びっきり美味しい実がなるように、毎日願掛けしたんだから。そりゃあ、予定と違う場所に植える事になっちゃったけど」
「その場所が問題だ。あれだけ魔力を吸って急成長した樹だ、普通じゃない。危険じゃないかどうかオリヴィアに確認する。それは没収だ」
袋どころか食べかけの果実まで取りあげるなんて。
私が「酷い!」と抗議する横で、カイルはシヴァに謝り始めた。
「申し訳ありません。まさかいきなり食べるとは思わず、お止めできませんでした」
「いや、君達は悪くない。食い意地が張ってるミホが悪い」
「シヴァにだけは言われたくない!!」




