交差する運命2
魔物は真っ直ぐに馬車を目指していた。
白いドアに女神様のシンボルが金色で描かれている車体は、リアム神官専用の馬車で間違いない。
魔物が近づいてくるのに気がついた御者が、悲鳴をあげながら転がるように逃げ出していくのが見えた。
(くそっ! 奴の狙いはリアム神官様だったのか!)
神官様を見捨てて逃げ出した御者は軽蔑するが、誰だって命は惜しいから仕方ないだろう。それに武器も持たない一般人じゃ魔物に立ち向かう事は無理だし、被害が倍になるだけだ。
(リアム神官様、どうか無事でいて下さい!)
お母さんも先生も、大切な人達は魔物のせいで死んでしまったので、もうこれ以上親しい人がいなくなるのは嫌だった。
(手の届く範囲だけでも守りたい。どうか間に合ってくれ!)
せめて馬も逃げ出してくれれば少しは時間稼ぎが出来たかもしれないが、残念ながら目隠しをされていたため横方向から近づく魔物の姿が見えないようだった。
御者のいない馬車はその場に留まり、とうとう魔物が馬車の前へと辿り着いた。
(くそっ! 足が速くなる魔法具とかあればいいのに!)
ゲームだったら移動速度を上昇させるアイテムや呪文があるし、セーブもリセットもできるのに、現実はクソゲーだ。
勇者なんて大層な肩書きがあるのに、今まで自分は大切な人を誰1人守れないでいる。
(今度こそ絶対に助ける!)
近づくにつれ、馬車の扉が開け放たれているのが分かった。魔物はドアに覆い被さるようにしてこちらに背を向けており、時々馬車が小さく揺れていた。
今まさに中にいるリアム神官が襲われているのだろう。
(これ以上お前達の好きにさせるものか!)
魔物の背中は棘のように尖った堅そうな鱗が鎧のように覆っているので、斬撃はきっと弾かれてしまう。
的確にダメージを与え自分に注意を向けさせるため、レンは鱗と鱗の間の一点を狙って槍を繰り出した。
しかし。
「駄目っ!」
魔物を貫くはずだった槍は、突然飛び出してきた女の人の右胸上部へと突き刺さった。
「あっ…うっ…」
痛みに顔を歪めて力なく崩れ落ちたその人の顔を見て、レンは目を見開いた。
「な…んで…?」
レンの目の前でお母さんが傷つき、苦しんでいた。
(でも、お母さんのはずがない。お母さんは魔物に襲われ手遅れだったって隊長が…。きっと、他人の空似だ。よく見れば髪だって長いし、お母さんはこんな服着てなかった…はず…)
だから、この人はお母さんじゃない。
「ミホ! ミホ! お願い、目を開けて!」
それなのに、魔物は目に涙を浮かべてお母さんの名前を叫んでる。
(嘘だろ?…わかった。これはきっと罠だ。
遺体をアンデッドにして同士討ちさせるような卑怯な奴らだもの。俺に幻覚を見せて、油断させるつもりなんだ。
お母さんが傷ついた姿を俺に見せて、動揺させる作戦なんだろう? 騙されるもんか!)
痛みで顔をしかめていた目の前の人物が、うっすらと目を開け、潤んだ目でレンを見つめた。
(やめろ、そんな顔で俺を見るな! どうせ傷付けた俺を責めて、俺の心の弱い部分に付け入るつもりなんだろう!)
そう、思ったのに。
「尚紀さん…蓮を…守って」
弱々しく溢れた言葉はレンに対する呪詛ではなく、死んだお父さんに向けた言葉だった。
(お父さんの名前を俺はこの世界の誰にも教えていない。俺以外に知っているのは…まさか、本当に?)
「お…かぁ…さん?」
恐る恐る呼んでみたけれど、その時にはもうお母さんはぐったりと目を瞑り、レンの呼びかけに応えてくれなかった。
「ミホ! しっかり!…女神様、お願いします。俺の残りの寿命の半分を使っていいから、ミホを助けて!」
魔物がお母さんを大切そうに抱えながら女神様に助けを乞うのを聞き、レンは訳が分からなくなった。
(…お母さんは、この魔物を庇って飛び出してきたのか? 一体どうして?)
呆然としたレンは、手にぬるりとした生暖かさを感じて我に返った。ふと見下ろせば、槍を握る自分の手がお母さんの血で赤く染まっていた。
『蓮、お父さん、しばらく出張で家を空ける事になった。お父さんがいない間、お母さんを守ってくれるか? ああ見えてお母さん結構泣き虫なんだ』
『うん。俺、お父さんの代わりにお母さんを守るよ。虫もやっつける!』
『そうか。男と男の約束な』
4年前にお父さんと交わした最後の約束を、レンは最悪の形で破ってしまった。
「あ、あぁっ………あぁぁああぁっ!!」
守りたかった唯一無二の存在を、故意ではないとは言え自ら傷付けてしまった事実に打ちのめされたレンは、耐えきれずにその場で慟哭した。
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ明日から漫画版が「マンガBANG!」様より配信開始します!
作中ではキャラクターの容姿について細かく触れてませんでしたが、
漫画化にあたって細かく指定した所、
ツヅル先生が素晴らしい作画で再現して下さいました。
魔王様や魔王軍幹部の面々がとにかく格好いいので、ぜひ見て下さい。




