思わぬ再会
リアムを乗せた馬車が神殿に着いたのは夜更けだったため、辺りには人気がなく静かだった。だから馬車の近づく音が聞こえたのだろう。夜番の者が、明かりを持って出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、リアム様」
「ただ今戻りました。留守中、何か変わった事はありませんでしたか?」
「はい、特に問題はありません。さぞお疲れでしょう。湯浴みの準備を致しましょうか?」
「ありがとう。しかしもう遅いですし、何より女神様に祈りを捧げたいので、身を清めるのは明日にします」
「かしこまりました。では明日の朝に準備させましょう」
リアムは一旦部屋に戻って祭服から普段着に着替えると、聖堂へと急いだ。
(いつもの時間には間に合わなかったが、日付が変わる前に帰ってこられて良かった)
一日の終わりに行う祈祷は、リアムにとって特別な時間だ。神聖なる聖堂で誰にも邪魔されずに無心に祈っていると、女神様のお心に少しだけ近づけたような気がするからだ。
いつも通り祭壇の前に座って女神様に祈りを捧げようとしたリアムは、ふと視線を感じて周りを見渡した。しかし聖堂には己以外に誰もいない。
(気のせいか…)
気を取り直して祈りを捧げようと目を閉じた時、近くで人が動く気配を感じ、リアムは目を開けて身構えた。
「誰だ?誰かいるのか!?」
キョロキョロと辺りを見渡していると、一つの蠟燭の炎がゆらりと大きくなり、やがて長身の男の姿に変わった。男の目は髪で隠れており、顔の下半分は髭で覆われているから表情も分からなかった。
「お前は何者です!?名乗りなさい!」
突如現れた謎の男に内心驚きつつも、神官の威厳を保って命令すると、目の前の男は前髪を掻き揚げてみせた。
「驚かせてすみません。髭のせいで分からないでしょうが、ショーンです」
リアムは驚きのあまり息を飲んだ。
知的な光を宿す緑色の瞳、少々猫背気味な立ち姿、物腰の柔らかな声…。
目の前の男は確かに自分の知るショーン・クラークだった。
「っ!! ショーン殿!生きてたんですね!!よくぞ無事で…。あなたの訃報を知らされた時、どれほどショックだったか!ああ、女神様、感謝致します」
リアムは喜びのあまりショーンをギュッと抱擁した。リアムのこの行動は、ショーンにとって予想外だったらしい。
「うわっ!?」
と驚いた声を出して固まり、抱擁を返す事はなかった。しかしリアムは気に留めなかった。ただただ、ショーンが生きてこの場にいる事が嬉しかったからだ。
「さっきまでレンと一緒にいたんです。あなたが死んだと思ってとても落ち込んでいましたが、最後にはもっと修行して強くなると健気に言っていました。ああ、今すぐレンにあなたの無事を知らせたい!あの子はきっと喜ぶでしょう。本当に、本当に生きてくれて良かった」
感極まって涙ぐむリアムの腕をさりげなくはずしながら、ショーンは質問してきた。
「ご心配をおかけしました。…ところで、レンと一緒だったという事は、聖騎士達は皆、地下牢から解放されたという事ですね?」
「ええ、彼等が不当に拘束されたという知らせを受け、私が直々に迎えにいきました。一国の王といえど、流石に見過ごせない行為でしたからね…」
リアムの答えにショーンは複雑そうな顔をして言った。
「どうやらすれ違いになったようですね。…まあ、計画に支障はないでしょうが…」
「計画?それはどういう意味ですか?」
リアムはそう問いながら、ふと違和感を感じた。初めは気付かなかったが、近づいて良く見るとショーンの頬は血色がよく、以前より健康そうに見える。とても森から命からがら逃げ出したとは思えない。
そう思うと、次から次に疑念が沸き起こってきた。
「…待って下さい。どうしてレンや聖騎士達が地下牢に捕われていた事を知っているんですか?そもそもどうしてここにいるんですか?あなたは本当にショーンですか?」
警戒してジリジリと距離をとりはじめたリアムに、ショーンは安心させるように微笑んだ。
「女神様に誓って、自分はショーン・クラーク本人です。ご質問に答える前に、紹介したい方がいます」
ショーンがそう言って右手を斜め後ろに向けると、また蠟燭の一つがゆらりと大きな炎になり、やがて黒いローブを纏った黒髪の女性の姿が現れた。なかなか美しい女性だが、緊張しているのか顔がこわばっている。
「私は森で彼女に助けられたんですよ」
「そうだったんですか。彼を助けていただき、ありがとうございます。民を代表して心からお礼を申し上げます」
リアムは胸に手を当て、目を瞑って軽く頭を下げて感謝の意を表した。普通の人は、神官である自分がこのような礼をとると恐縮するか感激するかなのだが、目の前の女性は眉を寄せて不快感を露にしたので、リアムはその反応に面食らった。
(何故彼女はこんな顔で私を見るのだ?)
リアムの戸惑う様子を見て、女性は大きな溜息をついた。
「はあ…、どうやら私の顔をお忘れのようですね」
「失礼。以前お会いした事がありましたか。職業柄、毎日大勢の人に会うもので、流石に全員の顔を覚えておりません。どうかお許しください」
リアムの言葉に女性はショックを受けた表情をした後、俯いて肩をふるわせた。
「…ふ…ふふっ…。この2年、あなたにされた仕打ちを忘れた事なんかなかったのに、当の本人はあっさり忘れてるなんて…。加害者は犯した罪をすぐに忘れるって言うけど、本当みたいね。ねえ、ショーンさん、やっぱり一発殴っていいかしら?」
「気持ちは分かりますが、落ち着いて下さい。…リアム神官、よく見て下さい。本当に彼女に見覚えがありませんか?」
(…2年前に私が犯した罪?)
そう言われて思い当たるのは1つしかない。
リアムは目の前の女性をまじまじと見つめた。朧げだった記憶の中の輪郭が彼女と重なり、リアムは驚愕で息を飲んだ。
「っ!!まさか…あなたはレンの…!?」
「ええ、そのまさかです。レンの母親のイチミヤ・ミホです。お久しぶりですね。ずっとお会いしたかったわ」
次の瞬間、ミホの拳がリアムの左頬にめり込んだ。
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