思わぬ再会2
ミホに殴られたリアムは1、2歩ふらついた後、へなへなと倒れた。そして手と膝をついたまま、ポカンと馬鹿のように目と口を開き、ミホを見上げた。
頬が熱を帯びてジンジンと痛むし、殴られた拍子で舌を噛んだため、口の中に血の味が広がっているが、痛みよりも驚きの方が勝った。
「…生きて…おられたのですか。…一体、どうやって?」
呆然として問いかけるリアムに、ミホは嫌悪感を露にして睨んだ。
「とっくに死んだと思ってた人間が生きていて驚くのは当然だけど、質問するより先にする事があるんじゃないの!?」
「先に、する事…?」
まだショックから立ち直れず、うまく頭が働かないリアムは、ミホの言葉を反芻して首を傾げた。しかしその様子はミホの感情を逆撫でしただけだった。
「期待はしてなかったけど、やっぱりちっとも反省してないわね。私を傷付けて魔物に食べさせようとした事と、成人もしてない蓮を戦争に参加させた事に対する謝罪をしろって言ってるのよ!!」
ミホの剣幕にリアムは2年前のやり取りを思い出した。
あの時もミホは神官である自分に対して臆する事なく歯向かい、蓮を勇者にする事に同意するどころか誘拐だと詰め寄ってきた。だから仕方なく最終手段をとったのだ。
「…確かにあなたに対して申し訳ない事をしました。ですが初めから我々に協力して下されば、あのような真似はしませんでした。私にとっても辛い選択で、一生負うべき罪だと自覚しています」
「ハッ! 笑わせないで。自覚があるなら、どうして私の顔を忘れていたのよ?」
「それは…」
言いよどむリアムにミホは軽蔑の眼差しを向けた。
「民からどれだけ尊敬される神官か知らないけど、私に言わせれば、あなたは口先だけの偽善者だわ」
「……」
何の言い訳も出来ず、リアムは唇を噛んで俯いた。
「ミホさん、お気持ちは分かりますが落ち着いて下さい。ここに来たのは彼を断罪する為じゃないでしょう?」
ショーンの言葉に、ミホは罰の悪そうな顔をした。
「そうね、つい頭に血が上っちゃって…」
ミホは目を瞑って大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、改めてリアムを見据えた。
「これからする話と関係あるから、さっきのあなたの質問に答えるわ。森に捨てられた私が、今までどうやって生き残ったか知りたいのよね?」
「…はい」
「怪我をして動けない私を助けてくれたのは、あなた達が危険な存在だと言っている魔物よ」
「っ!? 馬鹿なっ!! そんな事ありえない!」
「いいえ、こうして私が生きている事が何よりの証拠よ。私が空腹だと知った魔物は、持っていた果物まで恵んでくれたわ。ここではコップ一杯の水すら与えてもらえなかったのに」
「…信じられない、そんな事が…魔物が人間を助けるなんて…」
リアムは頭を抱えてブツブツと呟いた。突きつけられた現実が受け入れられないのだ。
「魔物は人間を襲って食べる危険な存在です。これまでも多くの人間が犠牲になってきた。それは紛れもない事実です」
「襲われた人達は気の毒だけど自業自得よ。彼等は魔物を殺して魔石をとる目的で森に侵入したんだから」
ミホの言葉にリアムは信じられないという顔をした。
「何て事を…。あなたは魔物が人を襲うのを肯定するのですか? 犠牲者の家族に同じ事を言えますか?」
「…あなたがそれを言う? 魔物が人を襲うのを肯定しているからこそ、私を森に置き去りにするように命令したんでしょう? あなたがやった事は殺人未遂よ」
痛い所をつかれたリアムは口を閉じた。
「私が無事だったのは、見つけてくれた魔物が心優しかった事もあるけど、何より彼に対して敵意がなかったからよ。武器も持ってなかったから、危険な人間じゃないって思ってくれたみたい。私を危険な存在だと思ったあなたとは正反対ね」
(随分と棘のある言い方だ、だが彼女の立場からすれば仕方ないだろうな。たとえ世界平和の為とはいえ、私がした事は許される事ではない)
リアムは黙ってミホの言葉を受け入れた。
「魔物は人間よりも遥かに強い。だけど危害を加えられない限り人を襲う事なんてしないわ」
「ミホさん、それはあくまでも亜人種の話です。我々は魔獣と亜人種を一括りに魔物と呼びますので、その言い方だと誤解が生じます」
「あ、そうか。まずは魔獣と亜人種の違いを認識して広めてもらう必要があるわね。魔獣って言うのは魔力を持った野生動物なの。人を襲って食べるのは魔獣よ。覚えておいて」
ミホの言葉にリアムは眉をひそめた。
「…認識を広めてもらう? 何の話ですか?」
「私達がここに来たのは、魔物が危険な存在ではないって事を世界中に広めてもらうためよ。魔物と人間が平和に暮らす為に、あなたに協力してもらいたいの」
「なっ…!?」
あまりにも突拍子もない事を言われて、リアムは口を大きく開けたまま固まった。
(何を言っているんだ、この女は!? 頭がおかしいのか?)
そんな思いでショーンに目をやると、彼は眉を下げながらもっと絶望的な事を言った。
「聖騎士達と会ったという事は、アビラス軍の悲惨な被害についても聞き及んでいると思います。実はクリフォード将軍達も大敗しました。全滅と言っていいでしょう」
「なっ…!? 全…滅!?」
「はい。それに対し魔王軍はほとんど被害がありません。これ以上戦争を続けても勝機はないでしょう。両者の力の差は歴然としています」
「何て事だ…恐れていた事が現実になってしまった」
リアムは両手で顔を覆った。
『魔王が復活する。やがて多くの血が流れ、アビラス王国は滅亡する。そして新たな世界が始まる』
女神様の予言の半分が現実となってしまった。王国の滅亡を阻止する為に、勇者まで召喚したのに…。
「最初に断っておくけど、魔王様はアビラス王国を滅ぼすつもりなんかなかったわ。多くの血が流れたのは、戦争を起こしたアビラス国王のせいよ」
リアムは力なくミホを見上げた。
「…なぜそんなことが断言できるんです? まるで魔王に会った事があるかのようだ」
「何度も会ってるわ」
「馬鹿な…。魔物に保護されただけでも信じがたいのに…。ただの人間が魔王に会って無事なはずがない」
「あなたこそ魔王様に会った事もないくせに、どうしてそう思うの? 実際に確かめたわけでもないのに、先入観や偏見で知ったような口をきかないでほしいわ」
「…確かにそうですね。しかしだからと言って、あなたの言う事が本当だとも思えない」
「だったら、あなたが信じられるようにしてあげるわ」
ミホは胸に手を当て、張りのある声で宣誓した。
「私はこの聖堂で、事実のみを話す事を女神様に誓います」
リアムは驚きのあまり目を見張った。
「なっ…! 軽々しく女神様の誓いをするなんて…! 意味が分かってるのですか?」
「ええ、勿論。誓いを破れば死ぬのでしょう? 神官であるあなたは、女神様の誓いを疑う事はないわよね?」
「何故、そこまで…?」
「さっき言ったでしょう。魔物と人間、両種族が平和に暮らす為よ。これまでの認識が誤りだったと、神殿から世界中に広めてほしいの」
「…戦争で多くの人間を殺した魔物が、平和を望むというのですか?」
「魔石を手に入れる為に戦争を仕掛けてきたのはアビラス王国よ。魔物にだって自分達の命を守る権利はあるわ。もしも立場が逆だったら、あなた達は勝利を喜んだんでしょう? 魔物の命は人間より軽いと思ってるのでしょう? そもそもそれが間違いなのよ!」
「ミホさん! 落ち着いて下さい」
「すみません。つい…」
ミホは怒りを静める為か、何度か深呼吸した後、静かな目でリアムを見た。
「個人的な恨みがあったため、感情的な態度を取ってしまった事をお詫びします。魔王軍はこれ以上戦争を続ける事を望んでいません。既に終戦に向けた話し合いをクリフォード将軍とも行い、了承を得ています。その終戦条件を神殿に管理していただきたく、魔王軍幹部としてお願いに参りました」
「…は? 魔王軍幹部? あなたが?」
「ええ。色々あって、今は魔王軍幹部の1人です」
リアムは怒りのあまり頭に血が上り、勢い良く立ち上がるとミホに向って叫んだ。
「あなたはそれでも母親ですか!? レンが勇者だと知っていながら、敵である魔王軍の幹部になるなんて! 非常識にも程がある!」
「誰のせいだと思ってるんだぁっ!!」
先程よりも重い拳が頬にめり込み、リアムは再び床に倒れ込んだ。
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