神殿への道程
ダンの家は南エリアにあり、神殿は東エリアの丘の上にある。
南の広場と東の広場を結ぶ街道が最も短距離なのだが、こちらは少々道が険しいため、大通りを北上して中央広場を経由し、東の街道へ進む事にした。
ダンの案内で狭く雑然とした住宅地を歩いている途中、ある家から幼い子供の声が聞こえた。
「ねえ、お父さんいつになったら帰ってくるの?」
「さあ、いつかしらねぇ。でも勇者様が魔王を倒したら、きっとすぐに帰ってくるわよ」
壁の向こうから漏れ聞こえた会話に、私は複雑な気分になった。
この子の父親の配属先がクリフォード将軍率いる前軍だったら、母親の言う通り無事に帰って来れるだろう。
けれど第一砦と一戦を交えた後軍だったら、気の毒だが生還する可能性は低い。
王女の起こした竜巻で命を落としたか、アンデッド化した兵士に殺されたか、または逃げ後れて魔物の爪に引き裂かれたかのいずれかだろう。
魔王様は、今後も人間と争うつもりはない。
だから和平の為にアビラス軍の半数を生かすことにしたが、その一方で残りの半数は容赦なく切り捨てた。
二度と魔物に対して戦争を起こさせない為の見せしめとして。
非情に思えるが、そもそも無謀な戦いを仕掛けたのは人間だ。それに、戦争で血が流れないはずがない。魔王様は庇護下の魔物達を守る為に命令を下したにすぎないのだ。
父親を失ったかもしれない幼子と、伴侶を亡くしたかもしれない母親に対して、深い同情と罪悪感を覚えた。
そして同時に腹も立った。
だってこの世界の人々は、こんなにも無責任に、勇者である蓮に期待しているのだ。
恐らく父親が戦死していたら、彼女達の悲しみはやがて怒りに変わり、蓮へと向けられるだろう。
あの子の事情も苦労も知らず、勝手に期待して、そして戦地で何が起こっていたか知らずに、結果だけを見て責め立てるだろう。
勇者のくせに、どうして助けてくれなかったのか、と。
そして多分、蓮自身も。
優しいあの子の事だ。たくさんの散っていった命を目の当りにして、己の不甲斐なさを嘆き、責めているに違いない。
あなたのせいじゃないわよ、そう言って肩を抱いてやれたらどれほどいいか。
勇者といっても1人の人間だ。出来る事は限られる。
どれほどの力があろうとも、全てを救う事なんて出来ない。
戦争という規模の中で、手の届く所にいない人間を助ける事なんて出来やしないのだ。
ましてやあの子は、まだ15歳の少年なのに。
でも、そう言って慰め、守ってくれるはずだったショーンさんは、私とオリヴィアが仕掛けた罠にかかり死んだと思われてる。
保護するはずだった蓮ではなく、ショーンさんが罠にかかったのは、良くも悪くも計算外だった。
魔王軍に取っては頼もしい味方を得たが、蓮には深い心の傷が出来てしまったに違いない。
わざとじゃないとは言え、本当に可哀想な事をしてしまった。
(どうしてあの子ばっかり、こんな辛い目に遭わなきゃいけないのよ!?)
全ての元凶であるアビラス国王に対して改めて激しい怒りを覚え、私は拳を握りしめた。
「戦争責任は全て国王にあります。それについてはクリフォード将軍が国民へ説明してくれますよ。レンをスケープゴートになんかさせません」
ショーンさんにも、先程の親子の会話が聞こえたのだろう。
私の心を読んだかのようにフォローしてくれたので、少しだけ心が軽くなった。
「情報収集もしたいので、大通りに入る前に認識阻害魔法を解除します。代わりにこれを」
そう言ってショーンさんが小さな小石を渡した。
「この小石に弱めの認識阻害魔法をかけてます。なので人目には触れますが、存在感が薄く感じるはずです」
「神殿の中でも身につけてた方がいい?」
「そうですね。なるべく目立たず印象に残らない方がいいでしょうから」
私は頷いて小石をポケットに入れた。
大通りに出ると、流石に人通りが多くなった。
夏なので行き交う人々は皆、涼しげな格好をしている。しかしローブを身に纏った私達に奇異の目を向ける人は誰もいない。歩いているうちに、同じような格好をした巡礼者を見かけたから、言われた通り珍しくはないのだろう。
(彼等はどんな思いで巡礼に出たのかしら?)
女神様に願いを叶えてもらう為か、精神の安寧か。
いずれにせよ、神殿に赴く為だけに普段の生活を捨てて長い旅をするなんて、余程信心深いんだなぁ、と感心する。
でもそれは、仕方ないかもしれない。
この世界には女神様の恵みが未だに溢れており、人々はそれに依存している。
そう考えた私は、はたっと思い当たった。
(あれ? そもそもアビラス国が滅亡するっていう神託があったから、国王は慌てて勇者を召喚したのよね…? という事は、あの神託がなかったら何も起こらなかったんじゃない? 人間と魔物の戦争も起きないし、何より私達がこの世界に召喚される事もなかったはず…。ちょっと女神様!? 何、余計な事吹き込んでくれたんですか!?)
読んで下さってありがとうございます。




