親の心子知らず
扉をくぐった直後、むわっとした藁と獣の匂いがした。納屋のすぐ側の馬屋の匂いだ。
数歩進んで振り返れば、ダンの父親が生前自分1人で建てたという納屋全体が見渡せた。
以前、ダンのお母さんの怪我のお見舞いに来た時に聞いた話では、ダンの父親は腕のいい大工で、とても器用だったそうだ。休みの日も仕事道具を手にして何かしら作っていたらしく、この納屋は作業小屋だったそうだ。
『無口で仕事が趣味みたいな人でねぇ、私とダンがおしゃべりなのは、あの人の分まで喋ってたからよ』
ダンのお母さんは、明るく笑いながら色々な思い出話を聞かせてくれた。
それによると、ダンが成人する少し前に、父親は流行病で亡くなったらしい。こちらの世界の成人は16歳だから、ダンはまだまだ多感な時期に父親を亡くしたのだ。
『幸い、あの人がこの家を残してくれたおかげで路頭に迷わずすんだわ。ダンも成人後すぐに働きに出たから、なんとか食べていけたし。一人暮らしだからもっと小さな家に引っ越しても良かったんだけど、家族の思い出が沢山ある場所から離れがたくて…。本人には言わないけどね、こうしてまたダンと暮らせるようになって、本当に嬉しいのよ』
そう言っていたのに。
あれから何年も経たないうちに息子を戦争に送り出す事になって、どれだけ心を痛めただろうか?
明るく話しているけれど、その手を見れば苦労してきたのが伺える。
同じシングルマザーとして、私はダンのお母さんに勝手にシンパシーを抱いていた。
辺りをキョロキョロと慎重に見渡していたショーンさんが、私達を振り返って小さく頷いた。
「どうやら辺りに人はいないみたいです」
「丁度、昼飯の時間だから、ほとんどの奴は家の中だろうな。行こう、こっちだ」
迷いなく進むダンに驚いて、私はそっと尋ねた。
「ダン、お母さんの様子は見なくていいの?」
会えないまでも、一目様子を見るくらいしてもいいんじゃないかしら?
そう思って尋ねると、ダンは心底不思議そうに目を瞬かせた。
「ん? おふくろ? 何で?」
「何でって…。お母さんの事心配じゃないの?」
「別に。それに、おふくろなら多分、寄り合い所に行ってるだろうし」
「寄り合い所?」
「そこで繕い物の仕事をまわしてもらってんだよ。気の合うおばさん連中と集まってお喋りしながら仕事してるから、楽しくやってると思うぜ」
(そんなわけないじゃない。寄り合い所に行ってるのも仕事だけじゃなく、寂しさを紛らわせるためよ)
親の心子知らず。
そんなことわざが頭をよぎったけれども、それは私の早とちりだった。
「まあでも、なんだかんだ言って俺の事心配してるだろうから、さっさと戦争を終わらせて帰らなくちゃな。その為にも、神官様を説得しないといけないだろう?」
(あ、良かった。ちゃんとお母さんの事、思ってるんだ)
愛情表現は人それぞれ。
直接伝えられる素直な人もいれば、照れてしまって口に出せない人もいる。
ダンは以前、おふくろが口うるさいとよく零していたけど、ちゃんとお母さんの気持ちは分かっていたようだ。
子供がだらしない格好していたり不摂生をしていたら、母親としてはついつい口を出したくなる。
本来なら、子供の成長を認めてお互いに理解するのが望ましいのだろうけど、いくつになろうとも、母親にとっては可愛い我が子なので、心配が尽きる事はないのだ。
そんな事を考えてるうちに、ふと不安を覚えた。
(蓮は、私の元に帰ってきたいと思ってくれるだろうか?)
私が生きている事を知れば、間違いなく喜んでくれるだろう。
だけど、私がシヴァと再婚してると知れば、絶対に拒否反応を示すと思う。
私を助けてくれたガロンに感謝はするだろうけど、兄弟になれと言われて、はいそうですかと素直に頷くとは思えない。
(蓮を説得するのは、リアム神官を説得する以上に難しいかもしれないな…)
私はそんな事を思いながら、神殿を目指した。
お読みいただきありがとうございます。




