潜入準備
「ねえ、いくら認識阻害魔法をかけるとはいえ、万が一という事もあるでしょう? 2人とも変装した方が良くない?」
何せショーンさんは神殿に縁が深いし、ダンは商売柄顔が広い。フードで顔を隠すだけでは、ひょんな事から知人にバレてしまう可能性がある。
「…そうですね。術にかかりにくい人間も稀にいますし」
「地元だから、俺の家から神殿に行くまでに知り合いに会う可能性は大いにあるな…」
2人も私の意見に同意してくれたので、私はシヴァを振り返った。
「ねえ、シヴァ。あなたが人間のふりする時みたいに、2人の髪の色を変えてみてくれない? それだけでも印象がかなり違うと思うんだけど」
てっきり快諾してくれると思ったのに、シヴァは首を横に振った。
「出来なくはないが、人間に…というか、他者に変化の魔法をかけた事はない。思いも寄らない結果になるかもしれんから、止めた方がいいだろう」
そう言えば、ガロンの鱗の色が他のリザードマンと違って派手な緑色になったのは、シヴァが治癒魔法をかけた副作用だった。だからなのか、シヴァは攻撃以外で他者に魔法をかけるのを嫌がる。
(確かにガロンと同じ副作用になったら、2人がピッ○ロ大魔王になっちゃう…)
緑色の肌になった2人を想像して、私は目眩がした。
「…そうね。失敗したら逆に目立っちゃうわね。じゃあ、カツラか髪を染める染料は用意できるかしら?」
「さすがに明日までには準備できそうもないな。どちらにしろ、材料を集める必要がある」
この世界の魔法は便利だけど万能ではない。御都合主義の漫画のように、無から何かを作る事は出来ないのだ。
すると話を聞いていたらしいラーソンが胸を叩いた。
「それなら俺にいい考えがある。ちょっと待ってろ」
そう言って走り去っていったラーソンは、しばらくすると茶色の小さな陶器の瓶を片手に戻って来た。
「ラーソン、それは何?」
「心配しなくても怪しいもんじゃない。俺が愛用しているローションだ。見ての通り身だしなみには気を使ってるんだぞ」
「…そうなのか? 全然気がつかなかったな」
「お前、他人の容姿に興味ないもんな。そんな事より、2人とも屈んでくれ」
ラーソンはシヴァの嫌みをさらっと聞き流すと、ダンとショーンさんに指示をした。
2人がおずおずと屈むと、ラーソンはコルク製の小瓶の蓋を取って、中からとろりとした紫色の液体を手の平に出し、それを遠慮なく2人の口の周りや頬、顎にペタペタと塗りたくった。
「うっぷ…おい、もっと丁寧にやってくれよ」
「十分優しいだろうが。文句言うな」
「お前の手の平の皮、固くてごつごつしてるんだよ」
ぎゃあぎゃあと文句を言うダンと違い、ショーンさんは大人しくされるがままになっていた。
「この液体は、アビールーサの香りがしますね」
「おお、流石だな。これはアビールーサの花とノルビの根を一緒に煮込んで濾した物だ」
「どちらも観賞用として流通してますが、何かしらの薬効があるとは知りませんでした」
「そうなのか? 俺らドワーフの間じゃ昔から愛用されてるんだけどな」
2人がそんな話をしている時、ダンが叫び声をあげた。
「うわっ、何だよ、これ!? 俺の顔、今どうなってる?」
驚いた事に、ダンの顔の半分がラーソンに似た、もっさりとした髭に覆われていた。
「おお、ダン! すっかり男っぷりがあがったじゃねぇか」
ラーソンはニコニコしながら親指を立てた。
しばらくするとショーンの顔も髭で覆われた。
「どうだ? 俺らが愛用している髭ローションは効果抜群だろう?」
ラーソンは自慢げに胸を反らした。
「凄い!! 2人とも全然印象が違うわね」
「ああ、そうだな。何より自分の髭だから自然で違和感がない」
ダンは少々老けて落ち着いて見える。対してショーンは普段の優しげな雰囲気が消えて、随分とワイルドになった。
「せ、先生。随分と格好良くなっちまって…」
「ダンさんこそ貫禄がありますよ。お子さんが2、3人いてもおかしくないですね」
初めは自分の変化に戸惑っていた2人も、お互いに顔を合わせてゲラゲラと笑い合った。
私は別人のようになった2人に向って、丁寧にお辞儀した。
「お二人とも初めまして。ミホと言います。よろしくお願いします」
私がそう言うと、皆が腹を抱えて大笑いした。
◆◇◆◇
翌日、ショーンさんは髪を下ろして目を隠し、ますます人相が分かりづらくなっていた。
「後ろ姿や歩き方の癖でバレる可能性もありますから、念のためです」
シヴァがダンの家の納屋の扉とこちら側を繋ぎ、私達を振り返った。
「いいか、絶対に無理はするな。リアム神官を説得するのは急がなくてもいい。クリフォード将軍のクーデターが成功してからでもいいんだ。だから危ない真似はしないでくれ。何かあっても我々はすぐに助けにいく事が出来ないからな」
シヴァの言葉に、私は頷いた。
「分かってる。もしも頭に血が上っても、ショーンさんとダンが止めてくれるから大丈夫よ」
「そん時は俺がミホを担いで引き離すから」
「じ、自分も体をはって頑張ります」
「もう、冗談なんだから、2人とも本気にしないでよ」
私がローブのフードを被ると、ガロンが荷物を手渡してくれた。
「ありがとう、ガロン」
「ミホ、気をつけて。無事に戻ってきてね」
ガロンは不安なのか、出会った頃の口調に戻っていた。
「ええ。心配しないで。明日の今頃にはきっと帰ってくるから」
私はガロンにギュッと抱きついた。
「じゃあ、認識阻害魔法をかけますよ」
向こうに着いた途端に誰かに見られたらまずいので、出かける寸前に魔法をかけてもらうことになっている。
魔法をかけてもらう前に、私はシヴァとガロンに笑顔を向けた。
「じゃあ、行ってきます」
そうして私達3人は、両種族の運命を変えるべく扉をくぐった。




