残酷な運命
文章の一部におかしな点が合ったため、修正しました
「…魔王様が元人間の勇者で、私の祖先で、この世界の一部…?」
もたらされた情報量の濃さと多さに混乱して、私は頭を抱えた。
とても信じられないが、そう言われてみれば納得できる事もある。
ずっと不思議に思っていたのだ。
何故、魔王様は勇者の母である私を受け入れ、庇護下に置いてくれたのか。
もしかしたら人質として利用するつもりかも、と思った事もある。が、初めて会った時から、魔王様は私に対して優しかった。
息子を無理矢理奪われ、同胞である人間に命を奪われそうになった哀れな境遇に同情してくれたとばかり思っていたが、それだけではなかったらしい。
魔王様の魂の核となるソレイユが、子孫である私を慈しみ守ってくれていたのだ。
「ミホ、私の贖罪に子孫であるお前達を巻き込むことになってしまって、すまない」
魔王様がそう言って頭を下げたので、私は慌てて首を振った。
「そんな!頭を上げて下さい。魔王様は何も悪い事なんかしてません。家族に会いたいと思う事が罪だなんて、あんまりです!」
愛する妻と可愛い盛りの子供達と別れ、長年尽くしてきたにも関わらず、ただの一度も里帰りを許されなかったなんて、ブラックにも程がある。
「しかし私の我が侭で多くの星の民が死に、人間と魔物の確執が始まった。全ての原因は私にある」
「それは違いますよ」
ショーンさんが静かに口を開いた。
「亡くなった星の民には気の毒ですが、召喚が失敗に終わったのは、恐らく神々の領域に手を出した事による罰でしょう。それに人間と魔物の確執は、完全に人間の身勝手な欲が原因です。挙げ句にソレイユ様の身代わりまで欲するなんて…」
「その通りだわ。人間がソレイユの身代わりを女神様に望まなければ、こんな残酷な運命は生まれなかったはずよ」
私達の言葉に、魔王様は頭を振った。
「いや、責任の半分は私にある。私は家族との再会を望み、人々は新しい太陽を望んだ。女神様は両者の希望を叶えて下さったのだよ」
「そんなっ!」
眉をひそめて抗議の声をあげようとした私を、魔王様は目で諌めた。
「ミホ、口は災いの元だ。レンを助けたければ滅多な事は言うな。私はこの世界の一部で、誰よりも女神様と近い所にいることを忘れるな」
女神様を非難するなと暗に言われ、私はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま口をつぐんだ。
そんな私の気持ちを察したのか、魔王様は苦笑した。
「お前の気持ちは分かる。だが女神様に悪気はないのだ。女神様は人間も魔物も等しく愛しておられる。ただ女神様の慈悲や善意が空回って、我々の身に残酷な運命として降り掛かってしまう事がある。それは仕方のない事だ」
「…仕方ないって」
「己が困った時、苦しい時、人々は神に縋り、祈る。女神様とも言えど、それら全てを叶える事は不可能だし、そもそも叶える必要はないのだ。
神とは世界や数多の生命を作りたもうた高次元の尊き存在で、その思考や目的は我々には計り知れない。ただ我々は与えられた命と恵みに感謝し生きるだけだ」
(それはそうかもしれないけど…でも納得できない)
不満が顔に出ていたのだろう。魔王様はもう一度諌めるように私を見た。
「だが長年の付き合いで分かった事だが、どうやら女神様も完璧な存在ではないらしい。神々の世界にも色々あって、女神様はまだ修行中の身だそうだ。以前、別の世界を作られた時はあまり構わずにいた為に、反旗を翻されたらしい。他の神々に説得され、泣く泣く滅ぼす羽目になったそうだ。それで次に兄姉神の作られた世界、つまり我々の元いた世界を参考にしてこの世界を作られた。同じ失敗を繰り返さないよう、女神様はついつい人間を構ってしまうようだな。だが、人間の強欲さや身勝手な部分まで参考にしなくても良かったのに。このままだと行き着く結果は自滅だ」
魔王様は水鏡に目をやった。
そこには戦争の様子が次々と映し出された。剣や弓といった原始的な武器がやがて銃に変わり、大砲や戦車が火を吹く。戦闘機から爆弾が投下され、街並は瓦礫の山と多くの骸に変わり果てる。
見た事もない武器とその威力に、ショーンは目を丸くして食い入るように見ていた。
「ソレイユがいた時代には想像もつかない程、元いた世界の人間の文明は遥かに進んだが、同時に滅亡への道も歩いているようだな。これはアイザックの記憶だが、ミホのいた時代はここより更に進んでいるのだろう?」
ミホは力なく頷いた。
いまもまだ世界のどこかで紛争が絶えず行われている。理由は宗教の違い、民族の違い、資源の利権争いと様々だ。もしも核戦争が始まってしまえば、一瞬で全てが終わる。大気は汚染され、あらゆる生命が死に絶える。たとえそうでなくても、環境問題も山積みだ。
人は便利で豊かな生活と引き換えに、掛け替えのない大切な物を失っていきつつある。
「ソレイユとその子孫に課せられた運命は残酷だが、悪い事ばかりじゃない。昼と夜の時代が交互に繰り返されるおかげで、この世界の人類の文明は過度に発展する事がなかった。それに精霊の存在が認知されているから、自然に対する感謝と畏怖の念がしっかりと根付いている。だから長年、調和が保たれているのだ」
「…つまり勇者となった蓮は、その運命から逃れられないのですね?」
世界の調和の為に、犠牲になれと。一人の命で多くが救われると。
魔王様は気付いてるだろうか?
その理屈は、かつて私からレンを奪った神官リアムと同じだという事に。
しん、と静まり返った空間に、ぽちゃんと小さな水音がした。
すっかり冷めてしまったお茶に、堪えきれなくて溢れた私の涙が落ちた音だった。




