残酷な運命2
私から蓮を直接奪ったのは神官のリアム。そしてそれはアビラス国王の命を受けての事だった。つまり私の敵はアビラス国。敵は強大だが、突き詰めれば相手は人間だ。私一人では到底太刀打ちできなかっただろう。でも幸運にもガロンとシヴァに出会い、こうして魔王軍幹部へとなって味方を得た。勝負に勝つ可能性は十分にあった。
(2年の月日を経て、ようやく蓮を取り戻せる所まできたのに)
魔王様から蓮の運命を聞かされて、私の希望は粉々に砕けた。
運命や世界の理を相手に、どうやって戦えというのか?
「だが、今回に限ってはそうとも言えない」
魔王様の声に、私は涙でグシャグシャになった顔を上げた。
「魔王となって尚、アイザックの人格が消えていないのはなぜだと思う?夜の時代の50年、本来なら人間として生きられたであろう時間の分は元の人格で過ごす事が許されているんだ。48年後までこの体を明け渡すつもりはない。此度の勇者降臨は人為的になされたものだから、その頃になったら真に女神様に選ばれた勇者が降臨する可能性もある」
「じゃあ、蓮は人間のまま一生を終える可能性はあるんですね?」
「そうだな。もっとも長く生きられるかどうかはわからないが」
魔王様の含みのある物言いに私は眉をひそめた。
「…どういう意味ですか?」
「お前の息子は私を滅ぼすつもりなのだろう?もしも対峙する事になったら遠慮なく戦って潰させてもらう。悪く思うな」
「そんなっ!ソレイユの魂が子孫を傷付けるのを許さないんじゃなかったんですか?」
「アイザックもまたソレイユの子孫だ。アイザックとてまだ20代前半だった。人生を謳歌する権利を守る為に戦って何が悪い」
「…!!」
以前、ドルトの施設を嬉々として破壊していた魔王様の姿が脳裏に浮かび上がり、私は軽い目眩を覚えた。
「期待させておいて、また絶望に突き落すなんて酷すぎます…」
そりゃあ、20代で勝手に人生を強制終了させられて他人に体を乗っ取られるなんて本意じゃないだろう。
でも、それを言うなら蓮だって15年しか生きてないのだ。大人にもなれないなんて、あんまりだ。あの子の人生は、まだこれからなのに!!
代われるものなら代わってやりたい、そう呟いた私の言葉に魔王様は首を振った。
「残念ながらそれは無理だ。レンは女神様の祝福を受けた。即ちこの世界の一部になる事を了承したという事だ。ミホがこちらの世界に来れたのは奇跡と言っていい。恐らくは、お前の息子がそう望んだんだろう」
「…蓮が?」
「魔王の器になるものは、ソレイユの子孫なら誰でも良いというわけではない。愛する者の為に、自分を犠牲にする覚悟を持つ者だけだ。今まで器となった者は全てソレイユと同じく家族の幸せを願っていた。お前の息子も同じであろう。とは言え、女神様との契約を思い出すのは魔王化してからだから、現在その記憶はないだろうがな」
私の涙腺が再び決壊した。
あのまま元の世界に一人で残っていたら、私は確実に不幸になっていた。
突然行方不明となってしまった蓮が心配で食事も喉を通らず、夜も眠れずにいたに違いない。更には関係性の薄い人々から無責任な噂を流され、人の不幸を面白がるメディアの格好の餌食となっていたはずだ。
だから私はこの世界に来れたのか。
だけど、蓮を失くしてどうして私が幸せになれようか?
(もしかしてガロンやシヴァと出会ったのは、蓮が私の幸せを願ってくれたからかしら?)
思い返せば、蓮と離ればなれになる事以外では、私は幸運に恵まれていた。
危険な目に遭う事も何度か合ったけれど、周りの皆に助けられ今日まで生きてきた。
家族も友人も仕事も得て、充実した日々を過ごしていた。
でもそれは、蓮を取り戻すという目標があったからだ。
それが私の原動力だった。
蓮が幸せになる事が、私の幸せに繋がるのだ。
せめて大人になるまで側で見守らせてほしい。
そして大人になったら、愛する人を見つけて温かな家庭を作り、いつか私に可愛い孫を抱かせてほしい。
特別じゃなくていい。ありきたりの幸せを掴んでほしい。
私より先に、死なないでほしい。
「歴代勇者が魔王様の器だなんて、想像もしていませんでした…」
私の横で、ショーンさんが呆然とした様子で呟いた。
「我々人間は長い間それを知らずに勇者を召喚していたんですね。…いや、あの童歌はこの事を暗示していたのか。でも誰も正解に辿り着けなかった。何て事だ」
一点を見つめて独り言のように呟いていたショーンさんは、やがて顔を上げて魔王様を見た。
「確かにこの事実はトップシークレットでしょう。おいそれとは口外できないのは分かります。ですが幹部の皆さんは当然ご存知なのでしょう?ミホさんにはもっと早く教えてあげても良かったのではないですか?」
確かに。知ってたらもっと前に行動を起こしてた。多少、身の危険を冒してでも、首都に乗り込んでいただろう。
シヴァもシヴァだ。知ってて黙ってたなんて酷い。私がどれだけ蓮に会いたがっていたか知っているくせに。
「…いいや。この事を知るのは誰もいない」
「は?ですが幹部の方達は以前から仕えておられるのですよね?」
「正確には誰も本当の事を覚えていない」
「…どういうことですか?」
「考えても見ろ。お前は多くの同胞を滅した憎き敵を、王として素直に受け入れられるか?魔物達を守る為に復活しても、信用されずに反旗を翻されたり邪魔をされたら面倒だ。だから封印されている間、少しずつ時間をかけてこの世界の記憶を改ざんしているんだ。幹部達の記憶の中の勇者の姿はアイザックではなく、その前の勇者の姿に置き換わっている。アイザック本人と交流のあった人間も然り。尤も50年も経てば皆この世を去っているがな。だからアイザックという勇者の事を誰も覚えていないのだ。まさか肖像画が残っているとは思わなかった」
魔王様は肩をすくめた。
「だからこそアイザックの人格で第2の人生を送らせてやりたいのだ。いずれ置き換わってしまう記憶ではあるが、そこは本人も納得済みで…」
バンッ!!!ガタンッ!!
「っ…冗談じゃないわよ!ふざけないで!!」
テーブルを激しく叩いて私は立ち上がった。勢い良く立ち上がったせいで椅子がひっくり返ったが気にしてなんかいられない。
「記憶を改ざん?勇者が人間だった頃の事を誰も覚えてないですって!?」
私は敬語も忘れ魔王様を睨みつけた。
「じゃあ何?もしも蓮があなたを打ち破ったら、私からあの子の記憶を消すって言うの!?この世界の都合のいいように!?」
沸々と怒りが湧いてくる。
「ふざけるな!ふざけるな!!ふざけるなっ!!!世界の調和?運命!?知ったこっちゃないわよ、そんな事。私から蓮の存在だけでなく記憶まで奪おうなんて冗談でも許さない!」
赤ん坊の時の無垢な寝顔。
初めて「おかあしゃん」と呼んでくれた時の声。
顔を真っ赤にして泣きながら駄々をこねたイヤイヤ期。
お姫様役をさせられた幼稚園のお遊戯会。
ランドセルを得意げに背負って走っていく姿。
旦那と一緒に楽しそうに自由研究を作っていた笑顔。
私の作ったご飯を美味しそうに食べる様子。
誕生日プレゼントをくれた時の声は、照れて少しぶっきらぼうだった。
些細な事も含め、全部全部、私の大切な宝物だ。
あの子がいたから、生きて来れた。私の生きる意味だった。
忘れる事なんて絶対にしたくない。
『あなたの存在は危険だ。あなたの思想は、我々の勇者育成計画、ひいては世界の調和を乱しかねない』
この世界に来た初日、リアムに言われた言葉が蘇る。
(悔しいけど、あなたの言う通りね。私の思想はこの世界にとって危険でしょうね)
あの時は、そんなつもりは毛頭なかったけれど。
「そんな運命、絶対にぶっ壊してやる!」
読んで下さってありがとうございます。




