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勇者の母ですが、魔王軍の幹部になりました。  作者: 野山 歩


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選ばれし者8

 項垂(うなだ)れるマーサにレンは声をかけた。


「誤解しないで下さい。あなたを責めているわけじゃありません。神殿に報告するのは、この現状を知ってもらって改善してもらう為です。さっきも言いましたが、助けて欲しいと声をあげる事は悪い事じゃありません。子供達だけでなく、職員の方も病に臥せっているなら、何か原因があると思います」


「でも、これ以上皆さんにご迷惑をおかけするわけには・・・」


「病気になっても医者に診てもらう事もしないなんて変です。何をそんなに遠慮してるのですか?」


 エルマーの問いにマーサは重い口を開いた。


「街の子供達と違って、孤児院の子供達は働いていません。初めは働いていても、体が徐々に弱っていって使い物にならなくなるんです。今では内職を細々とするくらいしか出来ません。街の人からは、孤児院(ここ)は役立たずの無駄飯喰らいの集まりだと言われているんです」


「そんな・・・」


 彼女の卑屈ともいえる態度は、街の人々の目が原因だったのだ。食事にありつきたいなら働けというストーンマーケットの店主の言葉は、街の人共通の認識なのだろう。

 エルマーは悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。

 レンは唇を噛んで俯いていたけれど、頭を上げた時にはまた目に強い光が宿っていた。


「失礼ですが施設の中を見せてもらってもいいですか?」


「はい。ではご案内します」


 初めに案内された子供部屋はベッドが並んでいるだけの簡素な部屋だった。次に案内された作業部屋では綿が山のように積まれていた。糸に加工する前の下処理を請け負ってるという事だった。

 最後に食堂と台所を案内された。台所には食材のイモや小麦粉が置かれ、食事に使われた食器が洗われて置いてあった。竈の近くには薪も積まれていた。

 全体的に質素で物は少なかったが、エルマーには特に問題はないように見えた。 

 しかしレンは台所に置いてある水瓶を覗き込むと、匂いを嗅いで眉をひそめた。


「この水はどこから?」


「近くのため池から汲んできた物を使っています」


「ため池・・・」


 その時、外から子供達の声が聞こえた。


「水汲みに行ってた子供達が戻ってきたみたいです」


 窓から外を見ると、背の高い痩せた男と一緒に10人くらいの子供達が戻ってきたところだった。手には桶や瓶などを持っている。皆痩せているが仲は良さそうで、子供達を見る男の目は優しかった。

 一番小さな子の手を引きながら台所に入ってきた男は、エルマー達を見てビックリした様子だった。


「お客さんだ〜」


「お兄ちゃん達の服、お空の色みたいに綺麗ね」


 小さな子供達が無邪気にはしゃぐのに対し、10代くらいの子供達はさっさと水瓶に水を足していた。


「ほら、お前達。お客様にきちんとご挨拶して。ようこそいらっしゃいました」


 若い男の職員に促され、子供達は水の入った桶を置いて挨拶した。


「サリー先生、きっと喉が渇いてるわね。お水あげてくる」


 そう言ってコップに水を入れて部屋を出て行こうとする少女を、レンが慌てて引き止めた。


「待って。もしかしていつもそのまま飲んでるの?」


「?そうよ。当たり前でしょう?」


「ダメだよ、生の水を飲んじゃ。沸かしてからじゃないと。これで解った。体調が悪くなる原因はきっと水なんだ」


 その場にいた全員が、ポカンとした顔をしてレンを見つめた。

 レンの言葉を受け、エルマーはハッとした。


「まさか鉱山から溶け出した毒水が混ざってるって言うのか?でも鉱山では浄化石が使われているはずでしょう?」


 マーサは頷いた。


「ええ。鉱山や工場では必ず浄化石が使われているので、川に流れている水を飲んでも問題ありません。街の人の多くは、普通に飲んでいます。ため池の水は確かに少し濁ってはいますが、ここから一番近い水場なんです。川まで行けば綺麗な水は手に入りますが、体力のない子供達にこれ以上負担をかけさせる事は出来ません」


「この水瓶、ずっと洗ってないでしょう?少し匂いもする。こんな水を飲ませちゃダメだ。少し面倒でも、一度沸騰させて雑菌を殺してからじゃないと安全とは言えない」


 職員の二人は顔を見合わせた。レンの言葉がいまいち理解できないらしい。

 レンは子供達を振り返った。


「ねえ、みんな。綺麗な水と汚れた水、どっちが飲みたい?」


「綺麗なお水!」


「それじゃあ、この汚れたコップの水を綺麗な水に換えるから、手伝ってくれる?今から言う材料を集めてくれるかな」


「そんな事出来るの?お兄ちゃん魔法使い?」


「さあ?どう思う?」


 レンの周りに集まった子供達は、指示を受けて楽しそうに外に駆け出していった。


「何を始める気なんだ?」


「言った通りだよ。まずはこの水を綺麗にする。報告して調査が入ってからじゃ遅過ぎる。その間にも彼らはこの水を飲み続けるんだ。俺の言った事が本当だって信じてもらうには、俺に水の知識があるって証明しなきゃ。俺のお父さんだったら、きっとこうしたと思う」


 レンはマーサと男を真っ直ぐに見た。


「このままでは、いずれあなた方も病に倒れるかもしれない。代わりの職員が派遣されても、きっとまた同じことが起こる。医者にかかるのが後ろめたいなら、病気を未然に防ぐ努力をして下さい」


 しばらくすると、子供達がレンに言われた物を集めて帰ってきた。

 洗った小石、木炭、綿・・・子供達が持ち帰った物を見て、全員が首をひねった。


「ペットボトルがあると良かったのにな・・・」


 レンはよくわからない独り言を言いながら、空になった小振りの縦長の桶を手に取った。


「すみません。この桶を使わせてもらいます」


 そういうとレンは桶を抱え、別の桶に水を汲むとそこに指を浸した。


「水の精霊よ、我が声に応えよ、我が槍となりて穴を穿て」


 ぱあっと水が光り、桶から水が(くう)へと飛び出してきた。水は空中で渦を描くように形を変化させ、だんだんと先端が細く尖ったかと思うと、レンの抱えた桶の側面の一ヶ所へ物凄い勢いで吸い込まれるようにして消えていった。そしてすぐに中を通って元の桶へと戻っていった。

 気付けばレンの抱えた桶の側面の下側には、綺麗な丸い穴が開いていた。


「すごい!やっぱり魔法使いだ!」


 きゃっきゃっと騒ぐ子供がレンの周りを囲んだが、二人の大人は呆気にとられた様子で固まっていた。

 レンは綿を水に浸してぎゅっと絞ると、内側から穴の周りに蓋をするようにして詰めた。そして桶の中に集められた物を入れ始めた。

 小石、綿、木炭、綿、小石の順に入れると、食器の中から木の匙を一本持ってきて穴に刺した。


「これでよし。みんな、見てて」


 レンは小石等を入れた桶を椅子の上に乗せると、下の方に別の桶を置き、柄杓(ひしゃく)で水瓶の中の水を汲んで中に入れた。

 しばらくして、匙からチョロチョロと水が流れてきた。レンがコップでその水を受け、先程少女が持っていたコップと並べた。その差は誰の目にも明らかだった。薄茶色に濁った水が、透明に変化していた。

 子供達からわぁっと感嘆の声が上がった。


「綺麗。透明だ」


「すごい。匂いも全然しない」


 興奮する子供達を前に、レンは真面目な顔で言った。


「俺が出来るのは此処まで。目に見える汚れは取り除いたけど、水の中には目に見えない小さな生き物が生きてるんだ。それが皆のお腹の中で暴れるから、具合が悪くなるんだよ。そいつらをやっつけるには、熱を通さないといけない。ため池から汲んだ水は、まずこの桶に注いで綺麗にしてから火にかけて沸騰させて、冷まして使うようにしてね。それから、食べる前には必ず手を洗ってうがいをする事。もちろん、綺麗な水でだよ。約束してくれる?」


「はい!約束します!」


「僕も!」


「私も!」


 子供達のレンをキラキラと尊敬の眼差しで見ていた。当然だろう。魔法はもちろん、小石や木炭で水をきれいにする方法なんて、見た事も聞いた事もない。


(魔法は神殿で習っているって言ってたからわかる。でも世間知らずのレンが、どこでこんな大人顔負けの知識を身につけたんだ?)


「一体どこで習ったんだよ?こんな風に水を綺麗にする方法なんて聞いた事ないぞ」


濾過(ろか)装置の原理は学校で習ったけど、実際にお父さんと作った事があったんだ。お父さんは水の有り難さをよく僕に話してくれてたから。それとお母さんが病気の予防には手洗いとうがいが一番だって」


「・・・お前、一体何者だよ?」


 レンは笑ってエルマーを見た。


一宮蓮(いちみやれん)。お父さんとお母さんの息子だよ」

結構長くなりました。読んで下さってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
湯を沸かすのもお金がかかる…これはしっかり訴えて予算もぎ取らんといかんね 院長さん頑張れ
腐らず真っ直ぐに生きていて偉いわ。このエピソード聞いたら亡くなったお父さんはもちろんミホにとっても誇らしいだろうなぁ。
[一言] ここで親子で作った夏休みの宿題の話に繋がるとは! 脱帽。
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