ドルチェ4
アビラス王国の首都グラードにある女神様の神殿には、世界中から巡礼者がやってくる。そのため、人も物も他国と比べると豊かであり、首都に暮らす人々は貴賤を問わずある程度の審美眼が養われている。
他国から入ってくる物は、初めのうちは物珍しさでもてはやされるが、淘汰されるのも早い。三ヶ月も持てば良いと言われている。
そんな中、ドルチェは半年以上も人気を誇っていた。
小さな屋台には連日多くの客が途切れる事無く訪れ、人気の品は昼前に無くなる程だ。
ドルチェの菓子は決して安くはない。
定番のクッキーは子供でも買える価格で一枚から売っているが、マドレーヌ、カップケーキ、スコーン、ドーナツは一つの値段でパンが二つは買える。少し大きめのパウンドケーキやシフォンケーキに至っては、ちょっと洒落た店で昼食を食べられるくらいだ。
それでも売れるのには四つの理由がある。
一つは味と品質が他のどの店よりも優れている事。
どの菓子も食べた瞬間、思わず顔がほころぶと評判だ。不定期に季節限定商品が出るのも客足を途絶えさせない理由だろう。
二つ目は、滅多に買えない事。
ドルチェの屋台は東西南北の四つの広場に日替わりで回っているが、週に二日は休みなので、それぞれのエリアで買う事が出来るのは週に一度だけなのだ。なので、自分たちの暮らすエリアに屋台が回ってくる日を、みんな心待ちにしている。
三つ目はドルチェ独自のおまけシステム。
これは主に子供の為のもので、一番安いクッキーでも一回買うと三日月マークのスタンプを一つ貰える。それを十個集めると、マドレーヌ、カップケーキ、スコーン、ドーナツの中から、どれか一つ好きなのを貰う事が出来るのだ。
普段食べられないお菓子を貰えるとあって、子供達はせっせとクッキーを買いに来る。定番のクッキーも味が3種類あるので、飽きる事も無い。
四つ目は、ドルチェの菓子の詰め合わせを贈る事が、若者の間で一つのステータスになっているから。
きっかけは、トマスという防具職人見習いの少年が、街で一番可愛いと評判の娘を射止めた事だった。
「ここのお菓子の材料のバターを、俺の友達が作ってるんだ。試しに食べてみたらすごく美味しかった。それで、ぜひ君にも食べてもらいたいと思って。良かったら、これを受け取って欲しい」
娘は、少年が自分の為に多くはない給金をはたいたことと、その菓子が本当においしかった事に感激した。
「お菓子をありがとう。とっても美味しかったし、嬉しかったわ。あなたの事をもっと聞かせてくれる?」
それまで誰にもなびかなかった娘が、その翌日には少年と手をつないで歩いていたという噂はすぐに広がった。その時、娘の髪には菓子の箱に結んであった紺色のリボンが揺れていたという。
以来、ドルチェのシンボルマークである三日月の刺繍の入った紺色のリボンをつけた娘は幸せな恋をしていると羨望の眼差しで見られた。
またドルチェの菓子を贈る事の出来る男は、それだけ稼ぐ甲斐性があると見なされた。
そんな訳で、いまやドルチェの名を知らぬ者は城下町にはいなくなったのである。
ダンは今の仕事にやりがいを感じていた。
(首都一番の菓子店になるっていうのも、夢じゃないかもしれないぞ。それに俺も携わってるんだ)
客に美味しかったと言われると、嬉しく誇らしかった。
しかし、実際に作っているミホやシヴァは仕事に追われて首都に来る事が無い。
客の反応を知りたいだろうと思ったダンは、二人に客とのやり取りを話して聞かせた。
思った通り二人は喜び、興味津々で町の様子なども聞いてきた。そしてそれを新商品の開発に活かすようになった。そのアイデアには感心するばかりだった。
そんな訳で、ダンは街で目にした事や耳にした事は、どんな些細な事でも二人に話して聞かせるようになった。
◇◆◇◆◇◆
「商売の方は順調のようだな」
「ええ、おかげさまで。先月の売り上げと収支はこちらになります」
魔王に報告書を提出しながらシヴァは続けた。
「ダンのおかげで城下町の最新情報が手に入ります。二日前に冒険者ギルドにハーピィ討伐の依頼が出たとか。彼女達の持つ風の属性の魔石を欲してると思われます」
「ふむ。十分警戒するように申し伝えておこう」
「城下町ならば細かい地図も手に入りました。彼は本当に有能ですね」
「王侯貴族の動向は探れそうか?」
「城下町で評判になった事で、興味を持った人間は何人かいるようですね。儲けたいと思う人間が近々こちらに接触を図ってくるでしょう」
「ドルトを利用してた人間が釣れるといいんだがな」
「・・・それについては何とも言えませんね。ダンに、興味を持つ者が現れたら私のところに来させるよう言っておきましょう」
「ああ。頼んだぞ」




