無自覚2
黙ってシヴァの報告を聞いていた魔王は、全ての話を聞き終わると静かに口を開いた。
「つまりその人間の負傷は、自分自身の攻撃によるものという事か」
「はい。こちらから攻撃をした訳ではありません。ローブに施した防御魔法が機能した結果です」
魔王はスッと目を細めた。
「魔力を無効化したり、ローブそのものの防御力をあげるのではなく、相手の攻撃を跳ね返す魔法か。随分とユニークだな。それもミホの提案か?」
「はい」
「本当に面白いやつだな。我々の想像の斜め上の発想をしてくる。三日月班の能力を使って人間を捕らえたというのもそうだ。ミホは魔法に詳しいのか?」
「いえ、その逆です。魔法について全く知らないからこそ、自由な発想が生まれるのでしょう」
シヴァはローブに防御魔法を施したときの事を説明した。
◇◆◇◆◇◆
住居が完成した翌日、シヴァはミホのローブに防御魔法をかけることにした。
「ミホ、ローブを貸してくれ。防御魔法をかける」
シヴァが言うと、ミホは素直にローブを渡してきた。
「魔法をかけるところ、見ててもいい?」
「ああ、構わない」
シヴァはそう言うと、ローブを丹念に調べた。
「魔王様の魔力を染み込ませた特殊な糸で織られているから、やはり普通のやり方では弾かれてしまうな。私の髪の毛を縫い込んで、そこから魔力を流し込むとしよう。少々気持ち悪いかもしれんが、魔法をかけた後は同化して見えなくなるから我慢してくれ」
「それは別に構わないけど、裁縫道具ってあったかしら」
「ああ、そう言えば持ってきてなかったな。ちょっと待て。取ってくる」
シヴァはそう言うと、寝室のドアと森の自分の部屋のドアを繋げ、裁縫道具を取りに行った。そして帰ってくると、ミホがなぜかわなわなと震えていた。
「どうした?何を怒ってるんだ?」
「そりゃ怒るわよ。謁見の間だけじゃなくて、ここと家を繋げる事も出来るなら、なんでそれを早く言わないのよ!そんな事が出来るなら、ガロンと離れて暮らす必要もないじゃない。家から通えばいいだけなんだから!」
あの日の私の涙を返せ、と言って怒るミホを、シヴァは慌てて宥めた。
「落ち着け。扉を繋ぐのは条件付きの魔法だ。色々と決まり事がある。あの時はその条件が揃わなかったから不可能だった」
「条件って?」
「まず、第一に術者が行った事のある場所であること。第二にそこに住む者の許可をもらうこと。空間魔法は便利だが、悪用されない為にも色々と制約が多いんだ」
「・・・そうね。盗みとか誘拐とか悪い事に利用されるかもしれないものね」
「そうだ。あの時は私はここに来た事がなかったし、住居も出来ていなかった。それに今ガロンが世話になっているのはベルガーの管理する軍事訓練場だ。よほどの緊急事態なら話は別だが、おいそれと空間を繋げる事は出来ない。わかったか?」
「・・・わかった。ガロンにいつでも会いに行けるかもと思ったけど、あきらめるわ」
ミホはガッカリしつつも納得した。
「さて、これから防御魔法をかけるが、せっかくなら要望を聞こう。魔法攻撃を受けた時に備えて、魔力無効をつけるか?それとも限界ぎりぎりまで防御力を高める方がいいか?」
ミホは口元に手をやって少し考え込んでいたが、何かを思いついた様子でぱっと顔を上げた。
「ドアを繋げる空間魔法って、要するに空間を曲げるってことよね?だったらその応用で相手の攻撃をそのまま返す事は出来ない?」
「何だと?」
「攻撃は最大の防御、って言われるけど、私には攻撃の術がないじゃない。相手にやられっぱなしっていうのは性に合わないわ。だったら相手の攻撃をそのまま利用出来ないかと思って。それに攻撃している間って、防御は疎かになってるだろうから、ダメージも大きいと思うのよね」
「成る程。空間を曲げるのであれば、魔法攻撃だけでなく物理攻撃も防ぐ事は出来る。いくつか条件付けが必要だが、不可能ではない。やってみよう」
シヴァは、ローブを着用しているのがミホである事、相手から攻撃があった時にのみ効力を発動する事、の二つを条件に独自の魔法を編成して自分の髪の毛に染み込ませると、何ヶ所かに分けてローブの縁に縫い付けた。そして縫い付けた箇所を手で撫でると、髪の毛はローブに同化して見えなくなった。
「これで万が一攻撃を仕掛けられても大丈夫なはずだ。大事に使えよ」
「ありがとう」
ミホはそう言うと嬉しそうにローブを受け取った。
「あ、そうだ。これって洗っても大丈夫?魔法の効果が弱まったりしない?」
「・・・おまえは魔法を何だと思ってるんだ。汚れと一緒に洗い落とされてたまるか」
◇◆◇◆◇◆
「こんな具合で、魔法については全くの無知です。洗っても大丈夫かと聞かれた時は脱力しました」
シヴァの言葉に、魔王は我慢できずに大声を出して笑い出した。
「ははははは。本当に面白い奴だな。いいだろう。今回の件については不問に処す。お前の方で上手く処理したようだしな。ただし、結界を壊した2匹についてはベルガーに相応の処分を下すよう命じておく」
「はい。ありがとうございます。あと些末ながらもう一つご報告が」
「何だ?申してみよ」
魔王は上機嫌でシヴァを促した。
「私事で恐縮ですが、ミホを娶りました」
シヴァの言葉に魔王は目を見開き、しばらく驚きで声もでない様子だった。
「・・・それのどこが些末なんだ。詳しく聞かせろ」
「・・・新婚なんで帰らせて下さい」
「お前の口からそんな言葉を聞く日が来ようとはな。誰か、酒を持て」
「娶る事にしたのはついさっきです。今日の顛末の報告の為に登城しましたが、現在ミホは激しく動揺してますので、早く帰って安心させてあげたいと思います。今日のところはどうかお許しください」
「さっき?ちょっと待て、本気で詳しく聞きたい。何があった?」
「・・・あいつはちょっと目を離しただけで危ない目に遭うし、女神様への誓いを軽々しく扱うしで、見てるこちらの寿命が縮まります。だったら側について守ってやろうかと思いまして、少々強引に娶りました。
なのでまだガロンも知りません。魔王様に一番にご報告致しました」
「そうか。私が許さないと言ったらどうするつもりだ?」
「さあ?魔王様がそんな事を言うはずはありませんから」
シヴァの言葉に魔王はニヤリと笑った。
「ふふふ、その通りだ。おまえが人間の、しかも私の敵となりうる勇者の「母」を娶るとはな。わざわざ茨の道を進むとは。こんな面白い事があるか?せいぜい私を退屈させないでくれよ」
「ありがとうございます。確かに茨には棘がありますが、花も実もなります。進む道が辛い事ばかりとは限りませんよ」
魔王の言葉に、シヴァは柔らかい笑顔を返した。




