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第6話 黒き襲撃

「クレフさんの事は……初めて見た時から感じていたのです。なんて勿体無い、と!」

 そう言って溜息を吐くニーア。

「彼の周囲には常に神の光――魔術師風に言うなら魔力ですが、ともかくそれが舞っていました。夜は言うまでもなく昼間でも、彼が意識を失っていても関係なく。許容量を越えて、ただ虚空へ還ってゆく魔力の気配……ああなんて罪深いこと」

 見慣れない聖印を切り、彼女は長い睫毛を伏せる。

「ああ、なるほど。精霊由来の魔力ですか」

 アーベルはクレフの姿を眺めながら、そう呟いていた。

 精霊使いというのは魔術師としての素質ともまた違い、生まれつき備わっているか居ないかの二択である。

 その力の本質は物質の変換。月光にマナが含まれるため魔術師は夜間に魔力を充填し、それを使って魔術を行使する訳だが、精霊使いは陽光だろうと炎によって生まれた明かりだろうと、光でさえあればそれを全て月光に変えてしまう。

 事実上、精霊使いに魔力切れというのは起こりえない事態だった。

 中でも精霊騎士と呼ばれるものは世界に一人しか居ない、最も精霊に愛された者である。その気になればただの銀から妖精銀ミスリルを生み出し、真鍮を神造合金オリハルコンに変えてみせるとも言われるが、残念ながらクレフは試してみた事すらなかった。疲れそうだし、特に必要とも思えなかったので。


「だがいいのか? 教義や戒律も聞かずに改宗してしまって」

 カーラが納得いかなさそうに尋ねるが、クレフは楽観的に答える。

「まあ、大丈夫だろ。異教徒は見かけ次第ぬか床に突っ込めとか書いてあるんでもなけりゃ」

 ふっと視線を逸らすニーア。まさか書いてあるのかよ。

「ふふ……冗談です。けれど、異端や背教へのスタンスについては苛烈ですよ? でなければ、わたくしがこのような場所に送られるはずもなく」

 だろうな、とクレフは頷いていた。だからこそ、警戒しながらアウトとセーフの一線を探ったのだ。

「ファッション教徒を容認してくれるんなら問題ない。あえて敵対するような動機を俺は持たないから」

「ファッション教徒……」

 アーベルが引きつった笑いを浮かべる。ニーアも苦笑して、口を開いていた。

「まあ、イニシエイトには大した縛りもございませんので」

「じゃあ、決まりだな」

 クレフはそう言って、受け取ったホーリーシンボルに自分の魔力を流す。これで定期的にクレフの魔力は僅かばかり徴収され、ニーアが崇める神のもとにプールされるという訳だ。

 と、そこでクレフは、スゥが手元のホーリーシンボルをじっと眺めているのに気付いた。

「珍しいか? 農村育ちだったら、教会に集まるような事は結構あったんじゃないかと思うんだが」

「あ、いえ……わたしはそういった人間扱いからは、徹底して遠ざけられていましたので」

 寂しげに言うスゥに、まずいことを言ってしまったかとクレフは言葉を途切れさせる。

 だが、スゥはすぐに笑顔を見せていた。

「ですが、クレフ様がわたしを『普通』と見ていてくれたことは、嬉しいです」


「……何か、不愉快なのだが?」

「理由は分かってるでしょうにんぎゃっ!?」

 不用意にカーラの呟きにこたえてしまったアーベルがすねを蹴られる。

 痛みを堪えつつ、アーベルは疑問を口にしていた。

「それにしても……信徒を増やしたいんだったら、なんでまた宿屋なんて。はっきり教会にしてしまった方が良かったんじゃないです?」

「それは……わたくしの神も、今はまだ多くの力を残しています。ですが、こちらへ送られる際、他の信徒は全滅し、その力を補充するあてもない」

 ニーアは迷いつつそう答える。

「このような世界ですから、ただ心の救いを求めるような方は希少でしょう。はっきりと申せば、奇跡目当ての方だけを集めても意味がないのです。神の力が枯渇してしまえば捨てられるだけ、ご想像がつきますでしょう?」

「なるほど、な。接触する相手はこちらで選びたいということだ」

 カーラが言うと、ニーアはこくりと頷いていた。

「そして今ひとつは……いえ、これは、わたくしの杞憂に過ぎないかもしれませんが……」

 言い淀むニーア。しかし、カーラはにやりと笑ってそれに答えていた。

「いや、そうとも言えぬかもしれん」


「アーベル、徒党を組むような魔王は居るか?」

 唐突なクレフの問いに、アーベルは戸惑いながらも答えを返した。

「……いいや。魔王なんて呼ばれる奴らは、僕も含めて皆自尊心の塊だからね。個人単位で常に牽制し合っているよ。敵対の意図をあらわにすれば寄ってたかって潰されるしね。一緒に封印されたその配下の方は、あまりそういうのは考えずに交流し合っているようだけれど」

 それがこの街の感じさせる、平穏さと活気の理由ということだ。

「街に住んでる魔王は、それなりに馴れ合いを許容出来る奴しか居ないってのもあるけどね。本当にヤバい奴らは外に居る。それでも同盟だの協力だの、ましてや誰か他の魔王の指揮下に入るなんてことを受け入れられる奴は、知る限りでは居ない。……なんだってそんな事を?」

 アーベルの言葉にスゥは軽く目を細める。そして呟くように言っていた。

「この宿、囲まれています」

「嘘ぉ!」

 言いながらも探知術式を展開するアーベル。その動きに反応するように、食堂の窓全てに闇が塗りたくられ、辺りは一瞬にして真っ暗闇になる。

 光球を生み出すクレフ。そして再び照らし出された食堂の中には、既に8つのあらたな人影が潜り込んでいたのだった。


 漆黒のスーツ、同色のマント、蝋のような肌に灰色の髪、血色の瞳。そして口許には二本の鋭い牙が覗く。

「そういや、あんたらの事を忘れていたね……」

 ひどく面倒そうに呟くアーベルの前で、一人が口を開く。

「ふ……我等、ヴァンパイアロード八鬼衆」

「気付かず宿を出ていれば、我等という絶望と道を交わらせずとも済んだものを」

「ここに居合わせたという不運と、己の無駄な勘の良さを恨むがいい」

「ついでではあるが、揃って処女とは都合が良い」

「その生命、我等の糧となることを光栄に思え」

 次々とリレーのように告げてゆく吸血鬼達に、呆れたようにカーラは言う。

「なんだこの馬鹿共は」

「……八鬼衆とか同列っぽく言ってるのがあれだよね、ほんと、文化が違う」

「多分あれだぞ、ちゃんと序列が決まっていて、誰かやられると『奴は一番の小物』とか言い出すのだぞ」

「きっと発言する順番まで決まっているのでしょう」

 しれっと混ざるニーア。図星だったのか吸血鬼達が絶句する。そして最後に。

「とりあえずそこの4番、あなたは楽には殺しません」

 スゥは氷点下の声で宣言し、指の骨をごきりと鳴らしていた。


 くくっと笑う一番。

「馬鹿な女どもよ……」

「まさか勝てるとでも思っているのか」

「たかが人間ごときが魔王などと呼ばれる、レベルの低い世界から来たのだろう」

「現実というものを教えてやらねばなるまい」

 再びのリレー発言は挑発としてはこの上なく優秀だった。

 彼女にしては珍しく、苛立ったように飛び出したスゥが全体重を乗せた前蹴りを4番のみぞおちへと叩き込む。しかし、彼女ははっと気付いたように、その反動で飛び退いていた。

「手応えが……」

「馬鹿め、我等は銀か魔法の武器でしか傷つかぬわ!」

 やっと発言機会を与えられた6番が叫ぶ。アーベルとクレフが苦笑しつつ魔術を展開すると、食堂に置かれていた銀食器が変形しながら射出され、7番と8番を蜂の巣に射抜いた。

「そう、あんたらは弱点が多すぎるよ」

 哀れ何もすることなく消失してゆく7番と8番を見て、しかし他の吸血鬼達は若干怯む程度である。やはり序列の低い者の戦力はその程度なのか、決定的な損害ではないようだ。

「おや、どうした、言わんのか。人間ごときにやられるとは吸血鬼の恥知らずよ、だとか何とか」

 進み出ながらにやつくカーラに、残りの吸血鬼達は殺到する。

「丸腰でいきがるか、女ぁ!」

「貴様らごときに武器など――要らん!」

 カーラの合わせた両手の内に膨らむ青白い光。伸びながら振り抜かれる刃は一番から順に三番までを真っ二つに切り裂き、塵に変えていた。

 光波ムーンライトの魔術である。本来は刀身に纏わせ、斬撃と同時に魔力刃を射出する魔法剣士ルーンフェンサーの代名詞とも言えるものだが、飛び道具ではなく手元に留めたまま即席の剣として使う事も可能であった。

 返す刀で六番と五番を始末する。

 最後まで残された4番は、ここに至ってようやく取り乱すように叫んでいた。

「ば、馬鹿な……我等8人が、こんなにもあっさりと……!」

「どこの世界だろうと、地上の覇者は人間だろう。たかが化物ごときが魔王などと呼ばれる世界……とても、レベルが高いとは思えんな」

「くうぅっ!!」

 逃走しようとする吸血鬼の足を、クレフの放つ魔力の矢が撃ち抜いた。よろめき転ぶ吸血鬼の腕をアーベルの撃った氷の槍が凍結させ、転倒と同時にそれは粉々に砕け散る。

「さて、これをどうするね」

 ひょい、と吸血鬼の襟首を掴み上げるカーラ。それに、スゥは無表情で返していた。

「吊るしましょう、出来れば見張り櫓よりも高いところに」


「まさか……ヴァンパイアロードに狙われているだなんて」

 青ざめた顔で呟くニーア。自分を狙う者の存在は予感していたものの、その相手までは知らなかったのだろうか。

「知ってたのかい?」

 アーベルがクレフに問うが、クレフは曖昧に首を動かす。

「ん……少し引っかかる部分はあったかな。ニーアについて、カーラが周囲に聞き込んだと言っていたろう。だが、この世界は色んな世界から追い出された連中しか居ないところだ。ニーアが自分で武勇伝を語ってるんでもない限り、彼女の過去について知ってるのは同じ世界から来た奴だけだろう」

「……そのような事はしておりません。布教活動で有利になるとも思えませんし。ですが、あのヴァンパイアロード達がわたくしの世界から来た者とも思えず……」

「では、別に居るんだろう。あいつらに情報を流した奴が」

 そちらの心当たりはあるのかと思ったが、ニーアは推測すら述べるでもなかった。

「……さて、何のためにか」

 カーラはそう呟いて、隣の椅子を蹴る。その上に乗せられ、魔力の鎖で縛られて霧化も蝙蝠化も出来なくされたヴァンパイアロード4番が椅子ごと床に転がり、悲鳴をあげていた。

「訊いているのだぞ、何のためか?」

「そっ、その女の持つ神聖魔法だ! その女が、少なく見積もっても十万人ぶんの魔力を抱え、そのコントロールを自分一人だけに許している事は聞いているっ!」

「十万……」

 アーベルの顔色が変わるが、クレフは特に何も言わない。もう一つ二つ桁が上だろうと思うくらいだ。

「誰に聞いたのだ」

「分からない! 嘘は言っていない! 奴は常に使い魔をこちらへ寄越すだけで……我々も到底、にわかには信じられない話ではあったが、昨夜だ、蘇生リザレクトが使われるのを見て真実と確信したのだ」

「なるほど。辻褄は合っている、か?」

「最後に一つ。何にその魔力を使うつもりなんだ」

 クレフの問いに、ヴァンパイアロード4番は初めて躊躇うように答えを渋った。

 クレフは溜息を吐いて背後を振り返る。

「スゥ、ちょっとカーテンを開けてみようか」

「分かりました、クレフ様」

「わぁかったぁっ!! 言う! 言うからやめてくれぇ! ……ま、魔力は……それだけの魔力があれば、十分……降神コール・ゴッドに足りるだろうと奴が言ったのだ。我々ならば吸血さえ出来れば、その女を操ることが出来る。この世界に人造の神を降ろし、元の世界への扉を開くのだと……」


「……なんという……」

 ニーアは慄然と呟いていた。

「元の世界への扉を開くか……しかも、あなたを操る事さえ出来れば、あなた一人で実現出来てしまう計画。これはちょっと、参ったな……」

 うんざりとした声音で言うアーベル。これ以上関わりたくないという心情がありありと出ていた。

 元の世界への帰還。

 これは、この世界に封じられた魔王の殆どが魅力を感じないではいられないものだろう。

 そうなるとつまり、この噂が広まれば、これ以上彼女に味方することはこの世界全てを敵に回すということに直結しかねないのだ。

「悪いけど、僕はこの一件……手を引くべきだと思うよ」

 アーベルの言葉にカーラは溜息を吐き、そして言っていた。

「……そうか、ではお前は帰れ。あ、金はちゃんと置いていけ」

「そっち!? てかひどくない!?」

 もはや取り合わず、カーラはクレフを真っ直ぐに見る。

「お前の命の恩人だろう。見捨てる選択は、よもやすまいな?」

 だが、返答の前にスゥが滑り込む。再び、殺意の色濃い敵意を視線に乗せてカーラを射る。

「わたしは反対です。命を救われたからと言って、一緒に死にに行くのは理に合わない」

 カーラも冷たい殺意を乗せてスゥを見ていた。

「お前には聞いていない。お前はただのクレフの所有物だろう、クレフ次第でどうとでも転ぶ」

「――ッ!」

「待てよ」

 殺し合いに発展する前に止めなければという思いに、クレフは発言を強いられていた。

 スゥの肩に両手を乗せながら、迷うように言葉を続ける。

「要は……噂が広まり切る前にそいつを見つければいいんだな? 魔王同士は協力しない。他の魔王に情報なんて流さない。こいつらヴァンパイアでさえ、結局のところ群れるのは身内だけだ。だからそいつさえ止めてしまえば、何とかなる……か?」

「何とか出来なくなったならなった時、その時手を引けば良かろう。決まりだな」

 カーラはにやりと笑っていた。

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