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第4話 魔王兄妹と鮮血の聖女

「へえ、チェンジリングをねぇ。まあ、黒き民だったら寿命も長いしね。どんだけ確率低かろうともそりゃ常時数人は居るよね。追い詰められるとあれだな、なかなか考えるもんだ」

 アーベルは感心したようにひとしきり唸り、そして苦笑してみせた。

「……愚行だな。こっちと同じ種族だって、中身が付け焼き刃のど素人じゃ逆に絶対に勝てないじゃないか。それなら白き民だけでちゃんとした精鋭部隊を編成した方が余程目があると思うね」

「ああ。今回私の所まで辿り着き得たのは、幾つかの奇跡が重なった結果に過ぎない。その中でも最大の二つが、この女がまともではなかった事と、この男が居た事だろう」

「天性の狂戦士バーサーカー精霊騎士スプリガンの術士、ダブル勇者体制ね。確かに、僕だったらまともに戦うのは遠慮したいよ」

 クレフは、先程とはがらりと印象を変えた目の前の男を改めて見た。

 黒い肌、白銀の髪、カーラやスゥの赤い瞳とは違う金色の瞳、そして額中央から伸びる一本の角。それが黒き民の男性が持つ特徴である。

 身体能力に優れる女性と違い、魔力に秀で魔術師としての天稟を持つ、カーラとこれだけ親しげに会話する男。彼が何者であるのか、クレフは既に自分がそれを知っている事を確信していた。


「紹介しよう。我が兄上……そして先代の魔王、アーベルだ」

 クレフの視線に気付いたか、カーラがそう告げる。続けてアーベルにも彼が何者なのか告げていた。

「クレフ=マイヤード二世。聞き覚えがあるだろう」

「クレフ……ああ、あの魔術師クレフの……お孫さんなのかい!? 確かに、言われてみれば面影がありますよ。魔力放射の色はだいぶ異なるけれど」

 聞いた事があった。この金色の瞳は何の魔術も必要とせずに魔力を可視光として捉えられるのだと。

«祖父は精霊使いですらなかったですからね、多分そのせいでしょう»

「うん、精霊由来の虹色の魔力が常時舞っていて、あなた本来の魔力はひどく見づらい」

 言って、アーベルはクレフが抱えるスゥの方へ目を凝らしはじめる。

 クレフがスゥに対して使った治癒術から、クレフの魔力を観ようとしていたのだろう。

「ああ、懐かしいな、この白紫ウルトラヴァイオレットの魔力波動。あなたのお祖父様は素晴らしい魔術師でした。状況が許すなら一対一で決着を付けたかったけれど、流石にね……」

 嬉しげにそんな事を言う。どうも、根本的に戦闘を好むのは彼もまた同じらしかった。

「こいつはな、数日前に私が訪れた際、さんざ私の事を笑ってくれたのだ。探査蝶センサーパピヨンまで使って自分と勇者との戦いを観察し、異界封印剣の事も知っておきながらそれでも負けたのか、と」

「……やっぱりこの惨状は意趣返しなんじゃないのかい? それに、今聞いた話じゃ敗因は君の驕りじゃないか。さっさと彼を仕留めていれば勝てたんですし」

 なるほど、見たものを決して生かして返さない封印剣が知られていたのはそういう事か。

「負けと言うなら私の所へ辿り着かれた時点で負けさ。私が連れて行った兵たち、私の戦力は全て壊滅し尽くしていたのだから。私は体裁として勝利を宣言し、安全に帰還する必要があった」


 これが男性魔王と女性魔王の認識の違いだった。

 魔術師系である男性の黒き民は平地での野戦、軍勢を並べた多人数戦闘において真価を発揮する。反面狭所での少数戦闘では広域破壊呪文を活かせず不利を強いられた。

 剣士系である女性の黒き民は単独で10人程度の精鋭騎士を相手取れるが、数百人規模の対軍戦となるとその存在はほぼ誤差に過ぎなくなってしまう。孤立すれば押し包まれて討たれるだけだ。

 よって想定する最終局面も異なる。男性は暗殺、女性は包囲。暗殺さえ凌げば巻き返しがあると考える男性と違い、女性の場合討たれる状況はもはや詰みである。

 配下の軍将を全て失った時点で、カーラの負けは最早決定していたのだ。

 魔王城を守る魔物たちがあれほど弱体だったのにも意味がある。あの時点で既に、魔物たちの補充はおろか維持もままならない状態にあったというわけだ。

 クレフ達の役目も終わっていた筈だが、籠城したカーラの攻略には多大な損害が避けられない。よってそのまま突入する事を命じられたのだった。もとより任務は魔王討伐なのであるから、クレフ達にも自分が捨て駒にされたなどという認識はない。

 カーラは魔王城を半包囲する連合王国軍に勇者の捕獲を告げた後、大穴へと逃げ込む事を考えていたのだろう。聖剣は所持すべき精霊騎士ゆうしゃが存在するうちは他の誰にも持ち上げる事かなわない。それを魔王城内に留めたまま戦力を補充し再び侵攻する。それまではクレフに死んで貰っては困るという事だ。


「なるほどね……」

 アーベルはそう言って頷いていた。

「まあ、結局のところそれは果たせずこのような有様となったが。次の戦では勝てるさ」

 カーラは満足げに呟いてみせる。しかし、アーベルは首を横に振った。

「いや……それはどうかな。あなたの話だと全てを見ていた生き残りが一人居る。勇者の必殺剣が暴かれ、相打ちとの結果に終わったんだ。そりゃ向こうだって死ぬ気で対策を考えますよ。次の戦はこれまでのものとは、戦いの様相自体が一変するかもしれない」

 いずれにせよ、それを見ることが出来ないのは幸運だったのかそれとも不運なのか。

 そんな事を言って、アーベルは立ち上がった。

「さて、いい加減無駄話が過ぎましたね。路銀が尽きたと言っていましたが、必要なのはタダ飯だけではないんでしょう?」

「ああ。今はここからさほど遠くない宿に部屋を取っている。クレフの体調が未だ回復しないため、もう暫くは留まらねばならないのだが、こちらの払いも当てがなくてな」

 つまり金の無心に来たというわけだ。アーベルは笑って頷き、今日の売上金を袋に移した。

「では、行きましょうか」

「……? くれるのではないのか」

 既に手を伸ばし受け取る気満々だったカーラが目を瞬かせる。

「だめですよ、このお金は僕のお金なんですから、きっちり僕が管理します。君達に付いて行ってね。そのかわり、貸しにはしないって事でどうです?」

「店の方はいいのか」

「元々一緒に封印された僕の部下を養うために始めたものでしたし、もう彼等にまかせてしまっても大丈夫でしょう。それより何より、僕もそろそろ退屈していたんだ」

 アーベルはにやりと笑い、店の壁にかけられていた灰色のコートを羽織った。

「あなた達に付いていけば、少なくとも暫くの間ごたごたが続くでしょう。違いますか?」


 アーベルに手伝ってもらって眠ったままのスゥを担ぎ、クレフは宿への道を戻っていた。

 気絶からはもう覚めてもおかしくないのだが、また暴れられては困るので睡眠の魔術を重ねている。

「そやつにも懸糸傀儡マリオネットコントロールを使い、歩かせればいいのではないか?」

«二人の全身を操るなんてのは流石に辛い。それに、この魔術は負傷部位を保護するものじゃないんだ»

 砕けた膝で無理やり歩かせる事になる。それは流石に可哀相だった。

 そう、スゥの膝はまだ治っていないのだ。

「宿の店主……彼女の治療術ならそやつの手首や膝もすぐに治ろう。謝礼金も出来た事だしな」

 とカーラが言い出した時には途轍もない不安に襲われたが、こうまで完全に破壊された関節はクレフの魔術では手の施しようがないのがわかった後では、現状他に手立てがなかった。

「しかし、こんなに近くだっていうのに、その人のことなんて全く知らなかったな」

 宿の店主とは思えぬ風貌、砕け散りそうになっていたクレフを修復するほどの神聖魔法。元の世界なら知られていないなどという事はありえないが、なにせここは魔王の街だ。

 世界一の剣士、世界一の術士程度だったらそこらに転がっていて気にするほどでもないのだろう。

 アーベルの言葉にも特にそちらを不思議がるような響きはない。ただ口をついて出ただけといった風情だった。


「あら……これは」

 遅い時刻だが未だ起きていてくれた店主は、クレフに背負われているスゥを見て顔色を変えた。

「治療を頼みたい。突然で済まんが、出来るかな」

 カーラの言葉に店主は即答を控える。暫くスゥの手首と膝を見て、彼女は頷いていた。

「わかりました。それでは準備をいたしますので、後ほど……お部屋の方で」


「そういえば、剣と鎧はどうしたんだい。てっきり宿に置いたままなんだと思っていたんだけど」

 クレフ達が取っていた二人分の個室を行き来し、そう尋ねるアーベル。

 それに対し、カーラはこともなげに答えていた。

「当面の金が必要だったのでな、売った」

「売ったぁ!? 魔鎧フレディーネと魔剣フォディアを……王家に伝わる神造兵装を……」

「所詮レプリカだろう。本物は8代メーネと共に消失したと聞いたぞ」

「それでもあなたがここへ来てから二週間でしょう? どんだけ二束三文で売っぱらったんですか」

 頭を抱えるアーベル。

 その背後でドアが開き、おそらくは術士としての正装、朱と黒色のローブを纏った店主が現れる。

 これこそが本来の姿だと、クレフはようやく納得出来た気持ちで彼女の容姿を確認していた。

 淡い青色の髪、細い糸目。顔立ちはカーラやスゥのような、彫像のように整ったものとはまた違うが、整いすぎていないことにこそどこか安心感を覚える。

 背は低くもなく高くもなく。よってこの場にいる女性陣の中では最も低い。そしてその体つきはゆったりとしたローブを纏っているというのに、はっきりと女性的な特徴を見て取れるほど豊かだった。

 振り返ったアーベルが驚いたように壁に張り付き、彼女に道を開ける。

 彼女は不思議そうにそれを眺めた後、口を開いていた。

「名乗りが遅れましたね、わたくしはハニュエール=レターと申します。呼びにくければどうぞ、ニーアと」

«あ、ああ……こちらこそ»

 簡単に名乗り合って、ニーアはスゥが寝かされているベッド脇へと進む。

 流石に一人用の個室に5人は多いため、クレフとアーベルは廊下へ出て室内を覗いていた。

「……ああ、びっくりした。赤黒インフラレッドの魔力波動なんて、初めて見ました……」

 こっそりと囁いてくるアーベル。それでさっきの態度になったのかとクレフは納得する。

 魔力の色は魂の色だ。別に暗いことが悪いという訳ではないが、珍しい色には理由がある。未だひりつく首筋を宥めながら、クレフはアーベルの恐れを理解出来ると感じていた。


「では、治療を開始します。その前にですが、彼女を起こしましょう」

 スゥの顔の前で手を振るニーア。クレフの解除を待つまでもなく睡眠の魔術が解かれ、スゥが目を開ける。

「ッ……!!」

 途端、跳ね起きようとするスゥをニーアの手が優しく制する。殆ど触れていないかのように思える指先だけで、ニーアは獣じみたスゥの動きを完全に押さえていた。

「……凄いな」

 感嘆の吐息を漏らすアーベル。その視線はスゥとニーアより、やや上方を向いていた。

 彼には見えるのだろう、スゥの上にある魔力の柱が。

「おとなしくしていて下さい、あなたの治療をしたいのです」

 言って、指先を滑らせる。彼女の指先にはほんの僅かな魔力が乗っているだけ。しかしその指先に導かれ、巨大な魔力柱から負傷部位へと魔力が流れ込んでゆく。

 神聖魔法特有の挙動であった。術者の魔力は基本的に誘導や点火に用いるだけで、術に使われる魔力の殆どは上空から降り落ちてくるのだ。負担は少ないが、常に術者の制御力以上の膨大な魔力を扱う事となるためリスクが大きい。

 だが、ニーアは手慣れたようにそれを御し切っていた。

「終わりました」

 数秒の後、ニーアは深い息を吐いてそう言う。額に浮いた汗を拭いベッドサイドから離れる。

 その瞬間飛び起きたスゥはカーラから距離を取り、自分の手首と膝の状態を確認する。カーラからは視線を逸らさず念入りにそれを終えると、彼女はその場で深々と頭を下げた。

「……申し訳ありませんでした、クレフ様、ニーア様、そして……カーラ、貴女にも」

「ほう。もう闘る気はないのか」

「はい、少なくとも今は。わたしは感情に任せて行動し、再起不能の状態に陥りました。ニーア様が居てくださらなかったら今でも。わたしはクレフ様のお役に立つべくここに居る。それが果たせなくなることを望むわけもありませんから」

「そう、か」

 能面のような無表情で言うスゥに、カーラは興味を失ったかのように背を向けていた。

 しかし、スゥはその背中に抉るような声を送る。

「次は……必ず殺せる時に」

「さて、それには何十年要るか。クレフが生きているうちに果たせれば良いが」

 楽しくてたまらないというように答えるカーラ。そして男二人はそんな会話にドン引いていた。

「……なんでこんなふうに育っちゃったんですかねえ」

«……あんたの妹だろ、何とかしてくれ»

「そっちこそ、あなたの恋人でしょう? なぎゅっ」

 スゥとカーラの二人に片方ずつ襟を掴まれ、宙吊りにされるアーベル。

「どっちがだ」「どちらがですか」

 同じ表情で同じ問いをぶつけられ、アーベルは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

「……仲、いーじゃないですかあんたら……」

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