エピローグ
「……で、なんであなた達は揃って僕の店に入り浸るんだろうねえ」
溜息を吐くアーベル。
クレフは水差しから何杯目かの水をグラスに注ぎ、口を開いていた。
「仕方ないだろ。ただの人間です魔術ちょっと使えますって言ってもどこも雇ってくれないんだから。あの武具商人の竜人からはカネを払ってくれって追い回されてるし」
「カネ、って何の話だい」
「あの剣を売った相手が怒って、店を燃やされたんだと。やっぱここの住人はやる事がすげえな。まあ、店の再建費用を少しは負担しろってさ」
アーベルは呆れたように肩をすくめる。
「払う必要ないじゃないかそんなの」
「俺もそう思うんだがね」
言いながら水をすする。流石にアーベルも毎日毎食のタダ飯は許してくれなかった。
それでもここにやってきてこんな物を飲んでいるのは、こうやって喋る事が出来るぶん水だけで時間を潰す居心地の悪さも多少はましだからだ。
「それより分からないのはカーラなんだけど。きみ、街へは戻らないんじゃなかったの」
「あの連中、本気で三大魔王の討伐を私に依頼してきたのだぞ。あのグランゾと千日手になるような奴等を相手に、あんな雑魚ども率いて挑めるものか。暫くは外には出られん」
テーブルの上にでんと足を置きながら、カーラが言う。
「それってあんましきみっぽくないんじゃなーい? あの戦闘狂はどこへ行ったのさ」
「勝算が無い事は流石にせんよ。これでも私はお前達を買っていたのだ、最初からな」
「そう言って乗せても僕は行かないよ。ほんと、酷い目に遭ったんだから」
「気にせんでもお前は別だ。最初からずっとカネだけ置いて帰れと言っていたろうが」
ぬぐ、と言葉に詰まるアーベル。
言いたい事はあったのだろうが、言えば絶対蹴られると分かっているのだ。
今は流石に服に靴跡を付けたい気分ではないのだろう。
と、クレフの前にスープの皿が置かれた。持ってきたのはウェイトレス姿のスゥだ。
「……待った。それ、払いは誰がするんだい」
「わたしですが。何か問題が?」
「いや、悪かないんだけど。あーでも、あんま良くないと思うよ? 二人とも、そういうの」
困ったようにはっきりとしない物言いをするアーベル。
クレフは複雑な表情をしながら目の前に置かれたスープを見下ろしていた。
「……俺は普通に働きたい気持ちはあるんだが」
「お前が雇ってやればいいではないか、二人とも」
カーラに言われてアーベルは視線をそらす。
「あ、いや。ちょっと今ね、男性従業員と魔術師は間に合ってて。……勘弁してくれよ、うちだってあまり流行ってる訳じゃないんだ。人件費は洒落にならない」
「最悪、募金箱でも持って寄付を募るか」
クレフは胸元から、首にかけていたホーリーシンボルを取り出していた。
円と十字、下向きに伸びた翼を組み合わせた、この手の物としては装飾過剰にも思えるものだ。
「……あのひとは、どこへ行ったのでしょうね」
スゥはそれを眺めながら、そう呟いていた。
「殺すな!」
クレフの言葉にびくりとスゥは動きを止める。
ニーアの目は熱によって白濁していた。魔術で治せないものではないが、とりあえず現状視覚は失われているだろう。それでも、声の響いた方向に彼女は顔を向ける。
「……まだ、そのようなことを……」
憎悪に歪む表情。が、その顔は不意に投げやりな笑みに変わった。
「ああ、なるほど……今のわたくしに何かご用事が? そうですね、今ならばわたくしは無害なもの。こんな顔でもよろしければ――さっさと済ませてしまえばいかがです」
クレフは溜息を吐き、頭を掻く。
「あのな。……あんた、忘れてんだろ。俺はあんたに治癒して貰わなかったら、今ここに居ないんだぜ? あんたとは、殺し合いなんてしたくなかった。それだけだ。それが悪いかよ」
「…………」
ニーアは困惑するように眉根を寄せ、次いで怒りを堪えるように表情を強張らせて唇を噛み、そして呆れたように溜息を漏らし、最後に悲しむように唇を歪めてうつむいていた。
「本当にあなたは、どこまで人を惨めにさせれば気が済むのか」
そう言って立ち上がる。スゥとアーベルが身構えるが、クレフとカーラは動きもしない。
「あなた方のような人間とこれ以上一緒にいては、わたくしは死ぬ前に頭がおかしくなってしまう。わたくしはもう行きます。……行って、一人で考えます」
そして、ニーアはふらふらと歩き出した。
焼けた顔の治療もしないままに、街とは反対方向へと歩み去ってゆく。
それを、クレフ達はその背が見えなくなるまで見送っていた。
「……まあ、中途半端な所で背を向けたら、後ろから刺されそうだったってのがでかいんだが」
「いや絶対あるでしょ。僕なんかあっち向いたまま飛んで逃げたかったよ」
ぞっとしたような顔でホーリーシンボルを見下ろしながら、クレフとアーベルは言う。
「貴様らも臆病だな。そんな気があるのかどうか、匂いで分かるだろう」
肩をすくめて言ったカーラの言葉に、二人は揃って顔をあげていた。
「え、何その野生っぽいの。軽く引くんだけど」
「待て。匂いというのはあれだ、単純に言葉通りのものではなく、重心だとか呼吸だとか視線だとか、そういった諸々の複合的な評価でな。おい、貴様ならばわかるだろう? そうでなければあの反応速度は出ない」
「いえ、ドン引きです」
きっぱりと言うスゥに渋面を浮かべるカーラ。苛立たしげに彼女はアーベルを蹴っていた。
透明化を解除する虎顔の獣人。
岩場の陰に隠れてそれを待っていた黒の民二人は、いずれも女性だった。
「ふん。やはり、どこも空気が殺気だっている。グランゾの支配を脱した者共が、戦意のある無しに関わらず周囲を警戒してな。やはり、カーラ殿の言われた通り今は動くべき時ではないという事だ」
「……カトランさん。あの方は確か、『失せろ』としか言ってなかったと思うのですが」
パメラは呆れたようにそう呟く。
どうやったらその三文字からそんな解釈が出て来るのか。もはや捏造である。
カトランと呼ばれた虎顔の獣人は完全にその呟きを無視し、続けていた。
「三大魔王が動き始めている。連中が領土の再確定を終える頃にはこの辺りも静かになっているだろう。それまで、暫くは隠れ潜まねばならないが」
「なんでそんな事にあたしら巻き込まれてるんっすかねえ」
銀髪をツーテールにした女が、自分の大鎌にもたれながらぼやく。
それに対してカトランは、口許に分かりにくい笑みを刻みながら返していた。
「巻き込まれるとは言い方が良くないな、レイリア。これは栄光への旅路、その道連れだ。そしてそれを証明するものも、今日我は見つけ出した」
「……そのヒトの事っすか?」
レイリアは胡散臭げに、カトランに手を引かれて来た女を眺める。
その女は盲目であるらしく、顔の上半分を包帯で覆っていた。包帯からは淡い青色の髪がこぼれ落ちている。覗く肌には醜い火傷痕が刻まれ、唇はやや引き攣っていた。
なんで治さないんだろう、とレイリアは心の中だけで呟く。多分このヒトは神官なのに。
「うむ。我には人族の見た目はあまり区別が付かんが、カーラ殿と一緒におられた者だという事は匂いで分かる。どうか、我等を導いていただきたい」
「わたくしは……最早、誰も導くことなどできませんよ」
投げやりに答える女。それに対しカトランはご冗談をと笑ってみせる。
「そうだ、未だお名前を聞いておりませんでしたが」
カトランが問うと、女は軽く首を傾げた。少しの間そうして考え、口を開く。
「わたくしは、ただの幽霊。呼びにくければどうぞ……ゲッシュと」
昔、友人に思いつくままぶん投げていたゆるいファンタジー世界を想定した設定の数々。
それを何かで使ってみたいと思い、この作品を書き始めました。
改めて見ると魔法関連とか継ぎ接ぎでめちゃくちゃだなあ。
特に先の展開などは考えずに思いつくまま書いていましたが、
その割にはちゃんと纏まってくれたように思えます。
まあ、終始どっかで見たようなお話だったよねってのもありますが。
台詞に詰まらず済んだのはアーベルのおかげ。彼が居なかったら途中で投げてた。
何を出しても大体何とかなったのはカーラのおかげ。彼女が居なかったら略
メインキャラ4人は誰が欠けても途切れてたと思います。
各話サブタイトルは適当。昔っからこういうの考えるの苦手なんだ。
では、ここまで読んで下さった皆様に感謝を。




