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第12話 見捨てられし者

「実際、この結界を張ってから何度か仕掛けて来ている。成功率はほぼゼロに抑えられてるがね」

 クレフは言ったが、それは絶望を深めるだけだった。

 何か、この状況をひっくり返す何かを見つけなければこのまま潰されるだけ。

 そしてその結末へ至る可能性は限りなく高い。そも、いったい何を見つけろと言うのか。

「くそぉ!」

 不安を振り払うかのように加粒子槍パーティクルランスを乱射するアーベル。

 それをニーアは笑いながら受けていた。二人のニーアが背中合わせに、こちらに向かって半身になるように体を向けている。そして盾状の対魔法障壁が迫る光の槍を受け、全て斜めに受け流していった。

 こちらからの攻撃が止むと再び、盾を構えていない方からの散弾針ニードルショットの雨。その間盾を持っている方は無言のまま、こちらにずっと視線を送り続けている。


 何か――。


「何か気付いた事はあるのかい、クレフ!」

「いや……まだだ。もう一度頼む」

 再びアーベルは加粒子槍パーティクルランスを乱射する。ニーアの盾がそれを弾く。


 何だ?


 何故、二人のニーアは攻撃専念と防御専念に分かれているのだ。

 同一人物なのだから、もっと連携のしようはあるのではないのか。

 結界内から撃たれる弱々しい光の槍など片手間でも弾ける筈なのに。

「スゥ――」

 クレフは覚悟を決め、口を開いた。


「さて……そろそろこの状況にも飽きが来ましたね」

 ニーアはそう言って笑みを零した。

「皆様に出来る事はそうやって耐え続けるだけ。何か企み事をしていたようでもありますが、ならば尚更その前に――決着をつけさせていただきましょう」

 両手に盾を構えていたニーアがそれを消し、攻撃魔法の準備を始める。

 その瞬間だ。クレフは己の魔力干渉結界から踏み出し、無詠唱で加粒子槍パーティクルランスを放っていた。

「また加粒子槍パーティクルランスですか、馬鹿の一つ覚えでもあるまいに……」

 全力で放った光の槍はふらつきながらも二人のニーアを直撃する。

 ニーア達は『二人とも』が対魔法障壁を生み出してそれを防いでいた。

 構わず、クレフは更に魔力を注ぎ込んで加粒子槍パーティクルランスを安定させる。同時に威力と攻撃範囲を拡大し、叩きつけていた。


 加粒子槍パーティクルランスが都市攻略用として使われるのには、この魔術のある特性が関係していた。

 この魔術は、発動後の調整が可能なのだ。魔力を追加で投入する事で威力の増加、攻撃範囲の拡大、効果時間の延長が出来る。逆にそれぞれを絞る事も可能だ。

 流石にアーベルが悪魔屋敷で見せたような小型化はクレフのような普通程度の魔術師には無理だが、必要に応じて撃った後でも調整が効くというのは破壊すべき場所と破壊すべきでない場所が混在する都市攻略では重要な要素である。

 威力の増強については一旦打ち切って二発目を撃った方がコストパフォーマンスが良いためほぼ使われる事はないが、今はこれでいい。

 二人のニーアにこれを防がせ続けることが目的なのだから。


 スゥが駆け出す。その背に向かって、カーラは自分の長剣を鞘ごと放っていた。

「使え!」

 視線を向けもせずにそれを受け取り、スゥは大地を蹴った。

「――あ」

 ニーアの糸目が見開かれる。

 ニーア達は二人ともが迫るスゥに気付いていた。それは同時に。

 しかしそれに対してどちらもが、一切動くことが出来なかった。

 スゥに近い方のニーアが無防備なままに斬り倒される。半身が殺られた衝撃と、更に勢いを強める加粒子槍パーティクルランスの圧力に、残った一人のニーアが悲鳴をあげる。


 やはり。結局のところ二人に別れたところで一人は一人なのだ。

 自分自身と連携を取ることなど最終的には出来ない。最初から攻撃は攻撃、防御は防御とやる事を決めていれば別だろうが、咄嗟の事態に対して二人のニーアは同時に同じ事をしてしまう。

 もうひとりの行動を見てから自分の行動を決める、などということは出来ないのだった。


「クレフ……術の出力を弱めろ。終わらせるぞ」

 ゆっくりと立ち上がりつつカーラが言う。しかし、クレフは首を横に振っていた。

「いや、ダメだ。一人に戻ったところで、結局のところ彼女の危険度は何も変わっていない。防ぐだけで手一杯の状況から解放されればこちらはすぐに皆殺しにされてしまう。このまま決着をつけるしかない」

「でも、どうやってさ?」

 ニーアの姿はクレフが放つ白い奔流の中にあった。

 これでは、こちら側の他の攻撃手段も彼女を捉える事は出来ない。

「いつまでもこれを続けるさ。……彼女の溜め込んだ魔力、全て吐き出してもらう」


「正気ですか? あなたが幾ら魔力の回復に優れるからと言って……これをずっと?」

 ニーアは障壁を張り続けながら哄笑をあげる。

「それに、間もなく日が落ちる。月が出ればわたくしの魔力も回復する。夜でなくとも魔力を補充出来るという精霊使いのアドバンテージを失えば、あなたはどうという事のない中堅魔術師でしかない」

「……言ってくれるね」

「ええ! 魔力比べ、喜んで付き合いましょう。月が出た時があなたの、そして皆様の最期です」


 光の槍に魔力を注ぎ込み続け、効果時間を延長する。

 じりじりと時が経ち、辺りは暗くなってゆく。

 先に震える声で発したのはニーアだった。

「……月は、出ていますよね?」

「ああ」

「ならば、何故、わたくしの魔力は……」

 言いかけて、ニーアは気付いたようだった。自身を灼こうとする光の中に居るのだから気付かなかったのも当たり前だろうが、これだけ精霊が舞っているのだ。目を凝らせばわかるだろう。

「どうして……あなただけを、月が照らしているんです」

「さてな。あんた……余程、月神プレディケに嫌われるような事でもしたんじゃないか?」

 ニーアの魔力が尽きる。

 咄嗟に神聖魔法での防御に切り替え、シールドとしてはむしろ安定するが、術としての格が違うため先程とは比較にならないスピードで魔力が消費されてゆく。

 クレフの魔力は尽きない。防御を解く事は出来ない。

 完全に魔法を遮断する安全なバブルの中に立ちながら、ニーアは震え、爪を噛みながら頭を掻き毟った。

「……わたくしが、負けた? そんな……認められないわ」

 認められない。まだ神の力は充分に残っている。一国の人口にも匹敵する人間の魂が。

 しかしそれは時間と共に失われてゆく。現実的な時間の中で枯渇が見える程度には有限なものだ。

「いいえ、まだ! まだ負けてはいない!」

 ニーアは笑みを取り戻していた。決定的な事を思い出したのだ。


「クレフさん、まさか……忘れてはおりませんよね? 自身がわたくしの神に改宗したことを」

 ニーアは静かに問いかける。

「言ったはずですよ、異端と背教には苛烈であると。それは教義も知らないような末端信徒でも変わりません。邪神の力を借りて教主を害しようなどと……紛れもなく異端、紛れもなく背教。あなたの体は呪いによって蝕まれ、骨も残さず腐り落ちる事となるでしょう。今すぐにでも」

「へえ。で? 俺はいつになったらそうなるんだ?」

 問い返されて、ニーアは不安になった。

 もう発動していてもおかしくはないではないか。これだけの事をしたのだから。

「す、すぐです!」

 叫ぶように返して、じっと待ち続ける。クレフが呪いに悲鳴をあげるのを。

 だがそれは訪れない。いつまで待っても。神の力の残量が気になって仕方がない。

「……どうして」

 無駄に時間を費やし続け、ついにニーアは膝を落とした。

「まさか、あなたは……ここに至っても。その内心ですら……わたくしへの殺意を一切持っていないと、そう……言うのですか?」

「どうやら、諌める程度だったら背教には当たらんらしいぜ。神聖魔法は教主ですら、完全にそれを制御は出来ない。結局のところそれはあんたの力じゃない、意思のない人造の神の力だからな」

 クレフはそう言ったが、ニーアがそれを聞いていたのかどうかは分からない。

 ただぶつぶつと何かを呟きながら座り込んでいるだけだ。

 もう少し続ければ、不老魔術を50年くらいは維持できる程度の魔力に収まるか、クレフがそんな事を思い始めた時、ニーアは不意に立ち上がる。


「……許せない」


 心底からの憎しみを込めた瞳で、ニーアはクレフを見ていた。

「あなたたちは、いつもそうですよね。他人のことを、殺す価値すらもないと見下して。許せない、許せないわ。そんな屈辱――二度なんて耐えられない!」

 血を吐くように叫びながらニーアは防御障壁を切っていた。

 咄嗟にクレフは魔術を解除してしまう。それでも余波で焼け爛れたニーアが、哄笑を上げながら指先に魔力を踊らせる。

「死になさい、すぐに」

 だが、ただ唐突な死を齎す神聖魔法は効果をあらわさなかった。

「黙ってると存在を忘れられるよねえ。僕なんか特に」

 先程クレフが張ったものと同じ干渉結界を張りながら、アーベルがぼやく。

「完全に二人の世界に入ってしまっていたからな」

 既に血の跡すらもないカーラが続ける。

「特に、だ。あいつなどは相当怒っているだろうよ」

 そして笑いながらニーアの背後を見るカーラの目には、長剣を振りかぶるスゥの姿が映っていた。

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