理の力を乱すもの
とっさに反応が出来なかった私は、すぐに我を取り戻して、上野さんが消えた方向を見た。
休憩室には何人かいたために、後ろで悲鳴が上がる。
大きな音がしたので、休憩室の扉からも何人かが飛び込んできた。
呆然としてる場合じゃない。上野さんは、おそらく壁にぶつかったのだろう。気を失って床に倒れていた。立ち上がり、駆け寄って抱き起す。
私のせいなのかもしれない。精霊の仕業だとしたら、私は魔法が使えるのだろうか。
試しに水の精霊に上野さんの回復を祈る。見た限りでは怪我の様子はないけれど、意識を失うほど壁に頭を打ったりしていたら、命にかかわることもある。精霊魔法が使えるのならば、精霊に上野さんを助けてほしかった。
「今、上野さん、変じゃなかった?」
「うん、礼羽さん、動いてなかったよね?自分から壁に突っ込んでいったように見えたけど、変だった」
私と同じように上野さんを心配して、休憩室にいた女性社員が後ろから覗き込みながら、そんな会話をしていた。
すぐに精霊が答えてくれるような感覚があり、ふわりと上野さんの髪が一瞬浮き上がる。
精霊の気配に包まれる上野さんを感じて、ホッと胸をなでおろした。
よかった、大丈夫そうだ。
でも、何が問題って、使えちゃった精霊魔法が問題だよ。
便利だよ、そりゃもう、便利なのは認めるよ。
でも、精霊がいないはずの日本で、精霊がいるってどういうことよ。
「上野さん、聞こえますか?上野さん?」
目が覚めるように声をかけながら、頭痛がしてくる。ジークに何度も言われた小言が頭を支配する。
『平常心』
妃の感情に敏感な精霊を刺激しないために、妃には常に平常心が求められる。お坊さんのような心持ちだ。 多少、向こうではずるして、リーに抑えてもらっていたけれど。頼りのリーは今いない。
感情が爆発して、キリュームの街のような状態になったらと思うとぞっとする。
ちょっとイラだったくらいで、上野さんが吹っ飛ぶなんて、夢であって欲しい。 いや、夢じゃないってことは分かってるけどね。
「頭を打っていたら危険だ。意識を失っているし、あまり揺すらないほうがいいと思うよ。意識戻りそうにもないし、救急車を呼ぼう」
誰かが冷静にそういって、救急車を呼ぶ為に電話をしてくれる。精霊魔法がかかっていたから、身体的な異常はないはずだけれどと、思っていたら、ピクリと上野さんのまぶたが動く。目が覚めるのかもと、さらに上野さんに声をかけると、ゆっくりと目を開いた。
「あれ?私、一体なにが………… 」
起き上がろうとする、上野さんを他の人があわてて押しとどめて、救急車の到着までそのままでいたほうがよいと言って、何人かの男性社員がスーツのジャケットを脱いで枕にしたり、ふとん代わりにとかけてやっていた。
私も、ホッとしてこわばった体の力を抜いた。私のせいで上野さんに痛い思いをさせてしまった。いくら、理不尽なこと言われたって、怪我をさせたかったわけじゃない。
「なんだか、急に横から突き飛ばされたような気がして……………………。 いえ、礼羽さんとは普通に話をしていただけです」
そう、言った上野さんは意識を失っていたから、念の為にと救急車で運ばれていった。
その後、上司に呼ばれ、詳しい説明を求められた。状況から私が上野さんに危害を加えたのではないかと聞かれたけれど、上野さんの言葉と、少し離れたところで休憩していた人たちが、私が上野さんになにも手を出していない事を証言をしてくれて、私が突き飛ばしたわけではないと皆が納得してくれた。
けれど、事実としては、私が上野さんに暴力をふるったも同然だ。たとえ、そんなつもりがなくても、精霊が私に力を貸したのだから。
その後、仕事にもどり、夕方退社前に上野さんに異常はないから安心するようにと、上司が教えてくれた。大事をとって明日は一日休んで、明後日には普通に仕事に復帰するそうだ。
午後の間、平常心と心の中で唱えながら、なんとか仕事を終わらせた。いろいろ限界が近くて、結局駅のトイレに飛び込んだ。誰もいない事を確認して、トッキーからもらった石を握れば、見慣れた空間の裂け目が現れる。
ですよね、やっぱり使えるんですよね。
倒れたい、切実に、なにもなかったことにしたい。
それでも、便利な物は使わなくては損とばかりに、ソレを利用して自分の部屋へと帰った。
ぽかんと大口開けた間抜け面をした聖司が、空間の裂け目から出てくる私を見ている。その手には、私が大事にとってあった、特級の日本酒が握らている。新潟県産の辛口のそれは、特別な日に飲もうとしまってあった、とっておきだ。聖司におっさん臭いって言われたけれど、好きなものは好きなんだから仕方ない。
おい、こら、なに人の部屋あさってるんだよ。 それに、なにその乾物。
「聖司、弁償ね。それ一本一万五千円だから」
「……………………いや、おかしくね?おかしいよな?なんでソレ使えてんの?」
まずは、空間を閉じて、靴を脱ぐ。しまった、玄関に繋げるんだった、失敗、失敗。平常心、平常心。お酒飲まれたからって、怒らない。
「いるみたい、精霊。しかも何故か力を貸してくれちゃってる。みたいな?」
もっていたコップの中身を一気にあおり、ドンっと大きな音をたててテーブルにコップを置く。そのまま聖司は指輪を捻り、有効だという事を確かめると、嬉しそうに私を見た。
「……………………使える。この発想はなかった。これ、向こう限定だと思ってたぞ」
「いや、それこそそれ、蓮が作ったヤツじゃん。蓮は普通にこっちで魔法使ってたから」
それは使えるだろうと、私は思ってた。スマホの急速充電器も。だって、蓮が使ってるのは精霊魔法じゃないもの。問題は私の精霊魔法、もとい精霊へのお願いが有効だってことだ。ここに精霊がいるとしても、私はここの妃じゃないのに。
『やぁ、異界の妃。その問いには私が答えよう』
もう、何が起きても驚かないんだから。驚いてやるもんか。突然声が聞こえたって、精霊が現れたって、向こうではよくある事だったじゃないか。むしろ、こっちに帰ってきて、すぐに現れなかっただけいいじゃないか。 ここは地球だけど。魔法なんて聞いたこともなかったけれど。
目の前に現れた、声の主をうんざりとした気持ちで見る。そのお顔、知ってますよ。有名なハリウッド俳優さんですよね? 王子様から、犯罪者までなんでも演じちゃう、私の大好きな方ですよね?
『そうそう、異界の妃の好みでしょ? 』
半透明な精霊が人好きしそうな、笑顔で答えている。聖司にも見えているみたいだ。 嫌そうに眉をしかめている。日本に帰ってきてまで厄介ごとはゴメンだと顔にかいてあるよ。
「その異界の妃ってのやめて下さい。あなたはどちら様?」
精霊の長にしても、精霊の王にしても、力が弱くて属性を判別しがたい。でも精霊だと分かる不思議な感覚だ。
『君は異界の妃だろう?悪いけど、さっさと自分の世界に帰ってくれないかな?なにしに来たか知らないけれど、君のせいで、理の力が乱れているんだよ』
彼は私の質問に答えてはいない。
いないけれど、爆弾を投下してくれた。
聞き間違いでなければ、私に向かって自分の世界に帰れと言った。
ぞぞぞぞっと、背筋に寒気が走った。
そう、私は今、地球人であることを否定されたのだ。
理の力を乱すもの。それが私。
それは、とても悲しくて。
残酷で。
でも、ほんの少しの希望と喜びをもたらす、言葉だった。




