蓮との再会
広い寝台で、ごろごろ寝返りをうちながら朝を迎えてしまった。
この世界に来てからというもの、慣れない事が多いからか、不眠なんて言葉も忘れていたくらいなのに。
妙に目が冴えてしまって、寝付けなかった。蓮に、今日会えるのかと思うと、緊張しているのかもしれない。
白み始めた、暁の空を見上げて、胸に下げたアメジストを握りこんだ。
聖司がいるはずの客室を思い浮かべると、目の前に空間の裂け目が現れて、その向こうにまだ寝ている聖司見えた。アメジストを使った移動が成功したことに感動してしまう。これからは、一人で行ったことのある街なら、どこにでも行けるってことだ。
トッキーに心の中でお礼を言いながら、聖司の部屋に入る。寝台の分厚いカーテンを下せば遮光カーテンのように寝台が真っ暗になるのに、両端にまとめられている。
眩しいからか、片腕で目の上を覆って眠っていた。
「聖司、起きて」
そっと声をかけても、ピクリとも動かない。完全に熟睡してしまっていた。
だけど、それじゃぁ困るのだ。どうせ私の行動は筒抜けだろうけど、このさい黙って城を出てしまいたい。夕方には戻ってくるのだから、蓮のことでなにかを突っ込まれる前に、そして嘘をつかなくて良いように、皆に会う前に、こっそりとムーリスへと行ってしまいたい。
これから、私は一体どうしたいのか、一晩、よく考えた。精霊王の妃と言われてから、ずっと迷っていた。帰りたいけれど、この世界を精霊王の加護のない世界にしてしまって良いのかと。
ずっと悩んでいたのに、いざ、蓮に会えるって思ったら、あっさり答は出ていた。今夜城に戻ったら、リーやジーク達に伝えようと思う。
けれど、今はムーリスへ行って、蓮に会って、捕まっている精霊を解放することが先だ。
人が悩んで寝れなかったっていうのに、聖司は幸せそうに寝ている。無理やり叩き起こしたい誘惑に駆られたけれど、あまり騒ぎを起こしたくない。仕方がないので、小さい声で名前を呼びながら、もう一度揺すり起こすと、聖司はぼんやりと焦点の合わない瞳で私を見た。
よし、寝ぼけてるけど一応起きた。
そこからは、半分眠っている聖司をせかしてさっさと支度をさせる。
ムーリスへ行けば、冷たい空気で目が覚めるだろうしね。
そうして、聖司だけを連れて、私はムーリスの街へやってきた。
意外だったのは、リーが姿を現さなかったことだ。何も言わずに空間を開いて城から出てきてしまったのに。そのことに、少しだけほっとした。まだ、顔をあわせづらいから。
早朝のムーリスには、もう屋台が出ていた。冒険者達が日の出と共に砂漠や、少し離れたところにある洞窟…………ゲームで言うダンジョンへと魔物退治へと出かけるからだ。
宿屋で食事をとる冒険者もいるけれど、大抵は屋台で朝食と昼食を調達して、街を出ていくのだ。
この辺りの砂漠には、結構な数の魔物がいて、その退治で生計を立てているのが冒険者達だ。
良い匂いを漂わせる屋台で、固いパンの中に沢山の具材を包み込んで焼いた、肉まんのようなものを買って聖司と食べる。パンは固いのだけど、具に近づけば、具に汁気が多いから、パンも柔らかくなっていて食べやすくなっている。これは、主に朝食向けで、昼食には向かない。時間が立つと、パンから汁が滲んでしまうからだ。昼食用には汁気が少ない具を中に包んだパンや、蒸しいもが主流だ。
全体的に味が薄いし、単調というか、素材の味しかしないものが多いので、翡翠の料理がとても贅沢で、それこそ精霊の長だからこそ手に入る調味料を使っているのだと改めて実感した。
聖司は、聖司で、翡翠の作る朝食を食べたかったとしきりに言っていた。この世界に来てからの食生活のわびしさを切々と訴えられたけれど、空腹には勝てないのか、肉まんもどきをしっかりと完食していた。
蓮とは、蓮がこちらに着いたら連絡をくれることになっている。それまで美しいムーリスの街を観光でもしようと、聖司と街中を散歩することにした。
「しっかし、お前のその石といい、精霊といい、蓮が泣くな。あいつ、勇者なんて呼ばれたけど、ほんとよく魔王倒したよ。魔王ってあれだろ?精霊王が闇堕ちしましたってやつ」
「まぁ、うん。あながち間違ってないとは思うけど、どうして急にそんなこと?」
「だって、お前、街の移動って、半径百キロが限度って聞いたぞ俺。だから、時空間の精霊と契約しても、次の街までえらい時間がかかるって。地図で見たら、精霊王の城とここって百キロ以上離れているよな?」
それは知らなかった。自分が行ったことがある街ならば、どこでも行けるっていうのが普通なのだと思っていた。ほら、よくロールプレイングゲームである移動魔法のように。ん?そうすると、待てよ?
「じゃ、蓮って、今日ムーリスに来れないってこと?」
かなり遠くにいると聞いた気がする。普通に今日の待ち合わせだと思っていたけれど、蓮が来れないならば、城に帰ったほうがいいかもしれない。
「香蓮と同じ移動魔法が使えなくたって、大丈夫だろ。いったん地球に戻って、座標とやらを確定できればどこの国にでも行けるらしいから。それに気づくのかなり時間立ってからだったって、怒ってたけどな」
「なんで怒るのよ」
「そりゃ、百キロ圏内移動でお前の事、さんざん探した後だったからだろ?」
蓮と聖司が私の事を一生懸命探してくれた。それがとてもくすぐったくて、嬉しかった。
「そっか、じゃぁ、蓮にやっと会えるんだね。聖司、探してくれてありがとうね」
あらためて、聖司にもお礼を言いたい気分になった。探してくれる人がいることはとても嬉しい。自分が一人じゃないって思える。
蓮に会って、そして、泣いていたあの精霊達を解放してあげられるのだ。そう考えて、違和感に気付いた。
この街でしきりに聞こえていた泣き声が聞こえないことに。
まさか、蓮はもう来ていて、解放をしてくれたんだろうか。それにしては、喜ぶ精霊の姿も声も聞こえない。いったいどうしたんだろう。
一度、あの精霊達が閉じ込められていた部屋に顔を出してみようか、そう思った時、スマホの通知音がする。蓮からメッセージが届いていた。ムーリスの王様に事情を説明したから、あの部屋へ来るようにとのことだった。
さすが、勇者様。王様に事情を説明できるなんて。しかも、まだ早朝だ。ひょっとしたら昨夜すぐに行動をおこしてくれたのかもしれない。
人がいない場所をさがして、空間をつなげる。その先に蓮がいる、そう思うと緊張でドキドキしてきた。聖司と手をとり、空間を抜け、空間を閉じる。
まだ、蓮は来ていないようだった。でも、なにか違和感が…………。
部屋の真ん中には、大きな鳥かごがぶら下がり、精霊達が閉じ込められているにも関わらず、私にその声は聞こえない。
なぜ?聞こえないのだろう。
「やぁ、香蓮。やっと会えた。すっごく探したんだよ」
部屋の外から蓮の声がする。そちらへ顔を向ければ、扉に柵が。違う、この部屋を覆うように柵がある、その向こうに優しげな笑顔を浮かべた蓮がいた。地球に帰ってきたときよりも、ずっと立派な装備に身を包んで、腰に剣を下げていた。
柵?と思った瞬間に、足元が光り、床が柵と同じ材質に早変わりする。これは、精霊を閉じ込めて、存在を分からなくするって言ってなかった?なぜ、蓮は向うにいるのだろう。
「蓮?」
状況がわからなくて、頭が回転しなくて、蓮に説明を求めようと足を踏みだす。
「約束だからね、精霊はちゃんと解放するよ。でも、君は帰るんだ。今、すぐに。大丈夫、俺は勇者だ。すぐに魔王を倒して君のところへ帰るよ。向うで待っていて」
カシャンという音と共に天井から吊るされた、鳥かごがなくなり、精霊達が解放されるところを見た。
同時に私と聖司の体が光始める。まさか。嫌な予感がして、逃げようとアメジストを取り出す。けれど間に合わなかった。
「なんの心配もないよ。香蓮。あぁ、そうだ、いいもの教えてくれてありがとう」
ささやくように、とても穏やかな表情で、蓮が言う。
待って、だって、リーが。
私がいなくなったら、リーが魔王に……………………。
リーの名前を呼ぼうとしたけれど、リーの名が響いたのは、マンションの一室。私の部屋の中だった。




