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ちょっとした状況整理と混乱

 

 ペタリと宿の床に座りこんだ。今、精霊達から聞いた言葉が耳から離れない。

 蓮があんな酷い物を造ったなんて、信じたくない。

 

「香蓮、精霊がいたんだね。それで?なぜ宿に戻ってきたの?」


 その声だけで、人を凍らせることができそうだと思うほどに、リーの声から温度が消えている。


「…………あ。うん。あの籠の中に精霊が四人捕まってた」


「なにがどうなっているんだ?全く気配も姿も感じなかった。籠すら僕には見えなかった」


「あたしもよ」


「俺には鳥籠のような物は見えた。とすると、精霊には見えなかったってことか?」


「おいっ?! 一体なにが起きている? ここは宿だろう? 時空の精霊使いがいるのか?」


 混乱するロッキードさんの声で我に返った。そうだ、ロッキードさんも一緒だったんだ。


「先に状況を整理するから、ちょっと黙ってて頂戴」


 ファーランに黙るように 言われてロッキードさんはピタリと口を閉ざした。

従順過ぎやしませんか?


「あたしとセシルリール様には見えなかったのね。ジークとロッキードは籠が見えて、レーンには、籠と精霊が見えたってことね。精霊に属するものから、精霊を隠す籠だったって事かしら」


「勇者が作ったって言ってた。あの籠の下に入ると精霊はあの籠の中に閉じ込められちゃうみたい。だから慌ててトッキーに空間を開いてもらうように頼んだの。まさか、蓮があんんな酷いものを作るなんて…………」


 床を見つめていると、慌てたようにジークが私の前に立ち、私の肩に両手を置く。


「待て待て、あいつは、この国に来たことはない。あいつがこっちに呼ばれてから、ずっと一緒にいたんだ。それは間違いないぞ。勇者と言ってもあいつじゃない。歴代勇者の内の誰かだろう」


 蓮じゃない?蓮はあんな酷い物を造っていない?


 ほっと、今度こそ体中の力が抜けた。良かった。ごめん、蓮ちょっと疑っちゃったよ。

 心の中で蓮に謝って、大きく息を吐いた。ジークが一緒にいて良かった。ジークがいなかったら、もっと、悶々として、蓮を疑わなくてはいけないところだったよ。


「良かった。蓮じゃないんだね」


「たしか今の勇者は、レーンの幼馴染だったわよね。じゃぁ、その勇者ならあの籠をなんとか出来るかもしれないわね」


 そうファーランが言えば、ジークが頷く。


「そうだな。精霊王にも感知できない、精霊を閉じ込める籠だろ?無属性魔法が使える勇者にしか作れないし、壊せないだろうな」


「無属性魔法って、精霊の力を必要としないっていう?」


「そう、完全に無から有を創り出す魔法だ。唯一魔王を倒すことのできる魔法だから、勇者にしか扱えない。一応レーンを拾った時にヤツの屋敷には、手紙を送っておいたが、ギルドで通信を飛ばしたほうが早いかな」


 頭をガシガシかき回しながら、ジークが眉間にしわを寄せる。


「そんな事は、しなくていい。勇者の手なんか借りないよ。これは精霊の問題だもの。なにより、勇者に会ったりしたら香蓮はどうなるか解ってる?君たち、香蓮が帰ってもいいっていうの?」


 不機嫌そうなリーは、いつの間にかベッドの上で寝そべっている。その瞳は断固反対の意志の強い光を浮かべている。


「セシルリール様……………………。でも……………………」


 困ったように、ファーランがつぶやき、私を見る。見られてもどうしようも出来ないよ。

 私も困ったと思った時、ロッキードさんが場違いなほど大きな声を上げた。


「ジーク、そうか、烈火の騎士ジークハルト・アルダイト様かっ!!」


 烈火の騎士?なんだそりゃ。


「あぁ!なんてことだっ!今までの無礼の数々、大変っ申し訳ありませんでしたっ!まさかこの辺境の国に、ジークハルト様がいらっしゃるとはつゆとも思わず」


 ジャンピング土下座をしそうな勢いで、ジークの前にひれ伏すロッキードさん。


「そして、ジークハルト様の恋人に懸想してしまっていることに、さらにお詫び申し上げます」


「まて、止めろ。今すぐ、その馬鹿な妄想を断ち切れ。俺に恋人などいない。断じていない」


 ジークは心底嫌そうに、眉をしかめると、冷たい視線をロッキードさんに送る。

 子供ならば確実に泣くであろう、その圧力をともなった視線も、ロッキードさんにはなんの意味もなさない。喜色満面の笑顔でファーランを見て、すぐに真剣な顔になるとブツブツと独り言を言いだした。正直、ちょっと不気味だ。

 そもそも、なぜジークとファーランが恋人だと思ったのかが分からない。昨日から違うって散々言われていたじゃないか。

 

「そうか、それならばまだ、俺にもチャンスが…………。いやいや、そうではない。そうではなくて、ジークハルト様が目の前にいらっしゃって…………。精霊王様が感知できな……………………。なんで精霊王?それじゃぁ、まるでここに……………………」


 ギギギギと擬音が聞こえてきそうなほど、ぎこちないカクカクした動きで、ロッキードさんは首を回して、縋るような目でファーランを見た。


「精霊王様?」


 壊れた玩具のようだ。なにかに思い当たってしまって、それを信じたくないような、そんな様子だ。全身が緊張で固くなっているのじゃないかと思う。


「あたしじゃないわよ。この方が精霊王様。で、こっちのレーンがお妃様。あたしは竜族よ。ちょっとこの街に寄っただけなんだけど、引っかかる事が山ほどあったから色々調べてたのよ」


 一気にロッキードさんの額から脂汗が滲み出てきて、顔色が真青になる。

 よく見れば、その巨体を細かく揺らして小刻みに震えていた。


 一体、どうしたっていうんだ?


 理由は分からないけれど、その異様な様子がちょっと心配になってしまい、ロッキードさんに、そっと近づいて顔を覗き込んだ。


 ヒッと息を飲むと同時に、ものすごい素早さで床に座った状態のまま後ろに下がっていき、壁にドンッと大きな音を立ててぶつかった。痛そうな音だったけど、大丈夫なんだろうか。

 まぁ、それよりも、その態度、ちょっと失礼じゃない?人を化け物みたに。


 そう思ったのが伝わったのか、今度こそ本当にロッキードさんは土下座をしてしまい顔を床に伏せてしまった。


 「知らぬこととはいえ、どうか、どうか、命だけはっご容赦下さいっ!! 」


 なんとも言えない、凍りついたような空気が、その場を支配した。

 誰もなにも言わない。

 いや、言えないのか?

 だって、あんまりじゃないか。命だけはご容赦って、なにそれ。

 リーや私が、ロッキードさんに危害を与えるのが決定みたいな言い方じゃない?


 それに、人生初だよ。なにもしてないのに、怖がられて、土下座されるって。

 精霊王って、魔王になる前から、恐れられてるの?

 そんな馬鹿な、ルークさんなんか、すっごくいい笑顔(黒かったけど)で、街を元通りにできますよね?精霊王の妃ならば、みたいなプレッシャーまでかけてきてたのに。


 いや、確かにあの時は、街が半壊でルークさん、半分ヤケ気味で怒ってたけどさ。


 何日か前に別れたばかりのルークさんは、精霊王とその妃だと分かっても、口調こそ丁寧にはなってたけど、態度はさほど変わらなかった。他の街の人の様子からも、過剰に崇め奉られる事は想像できても、怖がられることは想像できなかった。


 ぼんやりと、顔を上げずに震えているロッキードさんを見ながら、考えを巡らす。


 そうして、やっと思った。


 あぁ、私、傷ついてるのかも。

 この短い間で、ファーランを一途なまでに慕うロッキードさんに親しみを覚えていたのだ。

 

「あら、やだ。あたしが異種族でも、男でも、我が愛に一点の曇りなしとか、カッコイイこと言ってたのに。そこまで怯えられると逆に失礼よ?」


 最初に言葉を発したのは、ファーランだった。でも、その口調はどこまでも優しい。ファーランは、おどけて見せるように、肩をすくめると、とても楽しそうな笑顔を浮かべ、ロッキードさんの前にかがみ込んで、勢いよく右手を振り上げたのだった。



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