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もうひとりの幼馴染

ハッと気づけば裸の蓮の膝の上というとんでもない状態で、私は蓮の話だとか、彼の事だとかを頭の中で棚上げすることにした。


今度はすんなりと腕を放してくれたので、クローゼットから大きめのTシャツと伸縮性抜群のジャージを取り出して蓮に放り投げた。ついでにビショビョショに濡れてしまったスーツを着替える事にする。TシャツとGパンを手に取り、蓮に着替えるようにいってから洗面所に移動した。


さっと着替えて戻ると、蓮にはかなり小さかったようで子供のTシャツを無理矢理着ているみたいだ。

思わず笑いを漏らすと、ムゥと蓮の頬が膨らむ。


「ちょっと待ってて、下のコンビニ行ってくる。その後で訳の分からない話の続き聞くから」


「俺もいく」


「その格好で外出たらただの変質者だよ。あっ、もう変質者だった。ごめん」


からかうように言うと、蓮はベットにゴロンと寝転ぶ。人のベットで止めて欲しいと思うけれど、そんなところは中学の頃と変わらないとどこかでホッとする部分がある。蓮はよく私のへに遊びに来てはああやってベットに寝転んでゴロゴロしていたから。


「はいはい、大人しく待ってます」


「じゃ、いってくる」


財布と携帯だけを手に持って、私は部屋をでた。しっかり扉がしまったのを確認して、ため息をつく。下を向けばうっかり涙たこぼれ落ちそうで、上を向いて少し頭を振った。


彼の事は今は棚上げだって。結婚が決まったとか結婚が決まったとか、結婚が決まったとか考えない!!!!


24時間営業のコンビニがこのマンションの一階にあり、一人暮らしで残業ばかりの私はかなりお世話になっていた。店に入る前に電話をかける。店の前でかけていれば夜中でも少し安心出来る。相手は1コールで出た。


「・・・・・・・ん。香蓮?どした?」


寝てたの起こしちゃったか。寝ていたのに私の名前確認して1コールで出るとかすごいな半分出るか出ないかの賭けで電話したのに。


「夜中にごめん。蓮が帰ってきたの。多分、ちゃんと本人」


電話の向こうで息を飲む気配がした。


『今、どこ?』


寝ぼけた声から、真剣な声に変わり、ベットから下りるような気配が続く。


「マンションのコンビニ。蓮は今、家で待ってるの。帰ってきたら、玄関前で私の事待ってたの」


『馬鹿っ!なに家にあげてるんだよ。お前、そいつが蓮だろうと、蓮じゃなかろうとこんな時間に男あげる馬鹿がどこにいるっ!』


「それは、色々事情があるんだよっ」



『事情なんか知るもんかっ。ったく、今から行くからソコで待ってろ。いいか、絶対に俺が行くまで家に帰るなよ?そこで立ち読みでもしてろ』


「来てくれるの?!助かる!!そしたら、服持ってきて。私の服じゃ小さすぎてどうしようもないんだよ」


『来てくれるの?じゃ、ねぇよ。最初からそのつもりで、電話かけてきてるんだろうが。その上、着替えの話にどうしてなるっ!あぁ、もうっ!一旦切るぞ』


プツリと私の返事も聞かずに、通話が切られた。相変わらずだよなこの男。

さてと、10分かからずに着くだろうからその間に、買い物してよっと。


買いたくないけれど、絶対に奴は持っていないだろうと男物の下着を物色して、小腹が空いたからお菓子とやってられないので、お酒を購入。そして、雑誌を立ち読みしていると、すぐに大きなバイクの音が聞こえてきた。


愛車の700ccの大型バイクのエンジン音はいつ聴いても、迫力ある重低音で結構遠くにいるときから音が響く。私は雑誌を閉じてマンションのエントランスに移動した。丁度、マンションの裏のバイク置き場から彼、聖司が顔を出すのと一緒だった。


慌てて来てくれたらしく、寝巻きだろうなって一目でわかるくしゃくしゃの白いTシャツにトレーナー生地のハーフパンツ姿だった。駆けつけてくれたことに感謝しなきゃだね。大学生の時に、俺は大蔵省につとめてエリート街道突っ走る!と突然宣言して、猛勉強を始め、本当に国家公務員の採用試験に受かってしまい、その熱意と情熱で大蔵省に務めていたりする。無謀だと誰もが思ったんだけどなぁ。まぁ、まだまだ下っ端でもの凄くストレスが貯まる職場らしいけれどね。


聖司は私を見ると片手を上げて、ひとつ大きなあくびをした。


「ごめんね、起こして」


「いいよ。どうせ明日休みだし」


「あこちゃんは?」


「一緒だったら、お前の電話になんか出ねぇよ。知ってるだろ」


あこちゃんは聖司の彼女なんだけど、私はもの凄く嫌わている。

まぁ、嫌われて当たり前っちゃ、当たり前なんだけど。


「なんか言うな。大事な可愛い幼馴染でしょうが」


「自分で可愛いとか言うな、馬鹿。で?蓮ってあの蓮だよな?」


聖司は大概言葉が短い。付き合いが長くならないと、ちょっと唐突過ぎるような話し方をしたりする。

私に対しては普通に喋るものだから、それに気づく聖司の彼女達には散々嫌われてきた。

しかないじゃないか、付き合い長いんだから。それこそ幼稚園のときからの付き合いなんだから、つーといばかーな関係性に嫌でもなるってもんだ。

ただ、聖司と私の間に男女のアレやコレやの関係はない。

お互いに好みじゃないからね。なかなか信用されないんだけど、これが。


「あの蓮だよ。やっぱり私の妄想じゃなかったし、夢じゃなかったんだよ。だけど、色々ツッコミ所が多すぎてどうしたらいいか分からなくなっちゃって」


例えば、一番の疑問はどうして私の家を知っていたのか。異世界や勇者云々は今はまだ話も聞いてないし、そもそも蓮は私の目の前で煙のように消えている。彼が蓮で間違いなければ、私はどんな話でも信じるつもりでいた。さっき見せてくれた魔法の件もあるしさ。


聖司は蓮がいなくなった時にずっと辛抱強く私を励ましてくれて、私の言う事を無条件で信じてくれてた。自分の中から蓮の存在はなくなってしまっていたのに。私の話に付き合ってくれて、信じてくれた。聖司がいなかったら多分私は自分で自分が信じられなくなって、まともな社会人になれなかったかもしれない。それほど当時の私は不安定だったから。


蓮がいないと騒いでも、誰も蓮の事を知らない。


学校の友達も、先生も、実の親ですら蓮を知らないと言った。蓮がいたという証は、私の胸元に揺れるネックレスと一緒に貰った手紙だけだった。


自分の今まで生きてきて、当然のようにある記憶が全否定されてしまったら、自分が信じられなくなるし、怖くなる。

得体のしれない恐怖感をあの時味わった。蓮の所だけ全て私の妄想だとしたら、記憶が鮮明すぎるし、多すぎたから、自分の記憶がどこまで本当でどこまで嘘なのか判断がつかない状態は、恐怖としか言えない。本当に聖司がいてくれなかったら、と思うとゾッとする。


そして、ようやく蓮の存在を諦め始めていた私の前に蓮が現れた。


これも結構、キツイ。うん色々キツイ。自分の記憶が間違ってなかったという安堵感と、普通に説明のつかない不思議現象に心が折れそうだ。


よっぽど不安な顔をしていたのか、聖司が私の頭をポンポンと叩いてから、自動ドアをくぐった。


聖司と部屋に戻れば、待ちくたびれたのか、蓮はベットの上で呑気に寝息を立てていた。


うぁ、リラックスし過ぎだよ。


後ろで大きなため息が聞こえ、私を押しのけるように聖司がベットの前に立つ。蓮の顔を確かめたいのか、顔に手を近づけてそっと前髪を払う。


その時だった。


パリン。


とガラスが割るような音がして、聖司が低く呻いた。


「え?なに?聖司?どうしたの?」


片手で目を覆おって少しふらついた聖司を支えて、下から見上げると、うっすらと脂汗まで滲んでいる。

急に具合が悪くなったって、蓮を見て?


「あっ、香蓮お帰り。・・・・・・ん?あれ?お客さん?って男っ!!お前本当に二股かけてたのか?!」


深く眠ってはいなかったのか、蓮が目を開いて、聖司を見た途端に飛び起きた。思わず蓮の頭を叩いてしまったのは不可抗力だ。うん、私は悪くない。

読んで頂きありがとうございます。

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