長いものには巻かれるのです
さて、はて、一体なにが?
目の前には、奥様やお嬢方の行列が出来ていた。もちろんお野菜をお買い上げなさってくれているのだけれど。
でも、昨日は遠巻きに見られていただけだったし、野菜も全く売れなかったのに。
昨日と同じ場所でとギルドに言われて、今日も売れないことを覚悟してここに来たのに、一体これはどういうことなんだろう。
「んっふっふっふっふ。娘、感謝せい。ワシのおかげじゃ。報酬として昨日の小袋を寄越すのじゃ」
素早く手を動かしながら、野菜とクッキーをコインと交換していくうちに、隣のお爺さんが、踏ん反りかえって高笑いし始めた。あぁ、そんなに踏ん反り返ったら腰いくぞってくらいには。けれど、今の私にはそれに答える余裕はない。昨日よりもちょっと親しみがこもった笑顔のお客さん達が優先だから。
「ミューミューちゃんの、お母さんに教えて貰ったのよ。野菜を買うとクッキーていう物がもらえるって。美味しいんですって?」
お客さんにそう言われて、昨日ミューミューが座っていた場所を見る。今日は誰もいない。毎日、決まった場所を指定されるわけではないと説明を最初に受けている。だから、お昼を過ぎたらミューミューのお店を探そうと思っていた。お母さんが宣伝をしてくれたのならば、お礼も言わなくては。
「私は町長さんから。果物のように甘いものがもらえるって言われて来たの」
町長さん?と思ったら、その奥さんは隣のお爺さんを見ると、さらに相好を崩した。
「まぁ、町長さんったら、また怪しげなもの売って。ちゃぁんとルークさんに品物確認してもらったんでしょうね?」
「当たり前じゃっ!!ぬぬぬぬぬっ。おぬしら、ワシのおかげて美味しいものを食べれるのだからして、貢物としてクッキーを一枚ずつ置いていくのじゃ。ほれ、この籠にいれていかんか」
なんだか最初に悔しそうに、歯噛みするとすぐにまた踏ん反り返って手元の籠を差し出す。
いや、おまけのクッキーを横で一枚ずつ徴収されたら、微妙に営業妨害なんですけど。しかし、お爺さん町長だったのか。お偉いさんじゃないか。ここはひとつ機嫌をとっておくといいのかも。社会人生活で培った長いものには巻かれろ精神を発揮しておこうじゃないか。
いったん手を止めてから愛想笑いを浮かべて、町長さんにクッキーの袋を三つ差し出した。
「これ、差し上げます。宣伝して下さってありがとうございました」
とたんにキラリとお爺さんの瞳が光る。
「うむ、おぉそうだった、そうだった。昨日の野菜はうまかったぞ。なんなら今日ももらってやらなくもないぞ」
野菜もよこせってことですね。はい、わかります。
長いものには巻かれるんだ、それで間違ってないさっ!!
正直に言えば、納得がいかない部分のほうが大きいけれど仕方がない。お店の野菜を布袋に何個か入れて渡した。もちろん愛想笑いも忘れない。
「何をしているのですか、父さん?」
横から穏やかな声が聞こえてきた。
「きゃぁ」とか、「いやん」とか、「あらーん」とか目の前のお客様達からピンクに色づいたような声が発せられ、目にも止まらぬ早さで髪と服をさっ整えている。頬を赤らめ、まるで乙女のように恥じ入るお客さん(奥様方含む)を目の当りにしてしまった。
これはっ!振り向かなくても分かるっ!断言しよう、美形がいるに違いない。未婚、既婚かまわずに頬を赤らめてしまうような美形が。
「うむ、ワシが宣伝をしてやったおかげで繁盛したと、感謝されて心からのお礼を受け取ってくれと懇願されていたところじゃ。ワシは一度断ったんじゃぞ。だが、しかしどーしも受け取って欲しいといわれてな」
「僕の耳には父さんが要求しているようにしか聞こえませんでしたよ。何度言ったら理解してもらえるのでしょうね?父さんは町長なのだから、町民にタカルような真似をしてはいけませんと」
雑踏から姿を現したのは、予想に違わず、品ある美青年だった。優しげな光を浮かべたエメラルドグリーンの瞳。高い鼻筋、男の人なのにまるで口紅を塗っているような桃色の唇。整った容貌は昔みた陶磁器で作られたオルゴールの人形を連想させる。この街で何度か見かけたことのある、草色の服に身を包み、なぜか杖を持っていた。アイスブルーの髪がサラリと流れ、それをさっと耳にかけると、困ったように眉を八の字にして隣のお爺さんを見ていた。言葉にはあきれたような、それでいて温かい感情がこもっていた。
関係ないけれど、町長さんのこと父さんって言ったよ。この美青年が父さんって。遺伝子って遺伝子って。何十年か後に、この美青年が町長さんみたいになるなんてことないはずだ。そして、町長さんが実は若いころ美青年だったなんてこともあるはずがない。あったら、泣く。時間の無情さに泣く。町長さんの奥様が美人なんだろう。そして、彼は奥様に似たに違いない。
「なにやら失礼なこと考えておるじゃろ。顔が驚きで固まっておるぞ」
横目で町長に睨まれたので、目を逸らしたら、目の前のお客さんに頷かれた。あたかも今、私が考えた事が分かったかのように。いや、分かったに違いない。私もそう思ったのよっていう視線だけで通じる空気を感じるから。
大きなため息をつくと、息子さんが私と目を合わせた。
「父が失礼な事を言いまして、申し訳ありませんでした。私は息子のルークと申します。昨日は野菜を沢山頂きまして、ありがとうございました」
ニコリと微笑んで一歩私に近づいた。足が悪いのか少し引きずっていた。だから杖が必要なのだろうと思いさっと立ちあがって視線を合わせてからお辞儀をした。自己紹介をしてもらったのに座ったまま挨拶を返すなんて失礼な気がしたのだ。
「私はレーンです。初めまして。とんでもないです。お店の宣伝をして頂いて、私がお礼を申し上げていた所だったんですよ」
野菜は請求されたけれど、そこは気づかなかった方向で。
「ふふふふ、貴方は良い人ですね。父が気に入るわけだ。一昨日この街に着かれたとか。なにもない街ですが、どうぞゆくっりなさっていって下さい」
ルークさんはそう言って、今度は奥様方に笑みを向ける。
「ヨーコルさんに、ムルーラさん、それにアートさんも。こんにちは」
物静かな物言いだったけれど、なんとなく私は首を傾げる。なんだろう、モヤっとする。なにがって言えないけれど。声をかけられた奥様方は一気に首まで真っ赤になってしまった。ルークさんからフェロモンでも出てるのかっ!って突っ込みたい。
奥様方に会話が移ったので私は座利なおして、お店を再開させた。目の前の奥さんに謝りながら野菜とおつりを渡す。いつまでも中断するわけには行かないから。
「はい、これはおまけです。またのお越しをお待ちしていまーす」
営業スマイルでそう言ったとき、にわかに頭上が暗くなって、大きな風を切る音と一緒に風が吹いた。
上を見上げると大きな翼を広げた、見たこともない大きさの何かが頭上を通っていく。日の光にきらきらと鱗が輝いた。逆光だからシルエットしか見えないけれど、そのシルエットはアニメやら映画やらでよく見るアレにしか見えない。
クワーーーーーーーッと大きな鳴き声も聞こえてきた。
まるで旋回するように街の上をグルグルを回る。
「リー見て、アレってひょっとして」
「うん?」
リーも上を見上げて、すぐに眉間にシワを寄せた。
「リー、レーン、もうすぐ雨が降る。帰り支度をするんだ」
突然ジークが戻ってきて、のんびりとした口調でいった。見かけも態度もいつもと変わらないのに、緊張した空気をともなっている。こういう空気を持ったジークには素直に従わなくてはならないという事を旅の間に学んでいた。たとえ今快晴だったとしても。
並んでくれていたお客さん達に謝りの言葉をかけて、お詫びにクッキーの入った小袋を渡した。そうして、手早く荷物を片付けることにした。
ルークさんが、じっと私達を見ている。何かを思案するように、そしてまるで観察をしてるような視線だった。なんか油断できないんだよね、この人。人の良さそうな笑顔で本心を隠しているような気がしてならない。
あぁ、今日はミューミューに会えなかった。それが心残りだと思いながら帰り支度をして、町長さんとルークさんに挨拶をする。
「全く雨など降りそうにないですが、なにか不都合な事でも起きましたか?」
ルークさんが何かを含んだような言い方をジークに対してする。
ジークが口を開くより早くリーが笑顔でルークさんを黙らせた。
「すぐに雨が降ってくるよ。僕もジークもそういうことに敏感なんだ。旅をするにはそれぐらいでないとね」
雨が降るというのは、おそらく嘘なはずなんだけどなぁ。
たぶんルークさんもそう思っている。
「そうですか、てっきり竜騎士に会うのを避ける為に帰り支度をしているのかと」
「さっきのやっぱり、竜騎士なの?!えぇぇぇぇ、竜騎士様一目でいいからみたい!ジーク!!竜と竜騎士様に会いに行かせてよ!!」
だって、竜だ。一昨日王様が言っていた、竜騎士!これは会いに行かなくてはっ!!
思わず野次馬根性を丸出しにした私を見て、ルークさんは今度こそ本当の笑顔を見せてくれたのだった。




