戸惑いと不安と
突然現れた八人の背中に、私は驚いて目を丸くしていた。赤に青に黄色。緑に水色に紫、それに金と白銀。鮮やかな色の艶やかな髪が目の前でキラキラと煌めいている。眩しいくらいの煌きは髪の毛が揺れるたびに光の粒子が飛んでいるいるからだ。明らかに人では無いだろうその煌き具合にハッとして自分の体を見下ろせば、先程から纏わりついていた八精霊が消えていた。
と、いう事はそういう事なのだろう。確認の為にリーを見上げれば、それはもう楽しくて楽しくてしょうがないという顔で、突然現れた人に驚く王様を見ていた。
「ほうら、そんな人数で威嚇するから。妃のこと本当に分かってる?」
心底嬉しそうにリーが笑う。目の前には先程とは違い顔色を失った王様と震えるような男の人達。顔を上げていたダーニバルさんは額を擦りつけるように平伏していた。
「レーン、無心だ」
この場で唯一落ち着いた様子のジークが、ボソリと呟く。けどさ、けどさ、無心ってお坊さんじゃないんだから、無理。今のこの状況はかなり怖い。偉い人が顔色失って、気づきたくないけど多分いや、間違ってないだろうけど、私に懇願の目を向けている。一体私にどうしろと?そんな目をされても今の状況が全くわからないのに。なんでここで無心だなんて言われなくてはいけないのかって事もだ。
くつくつと喉を鳴らして、茶色の髪の人が笑った。
「レーンが怯えているよ?ねぇ?精霊との契約は成されているよ。それが妃だ」
「そうだねぇ。それをこぉんな大勢の人間で威圧しようってのは気にいらないよねぇ」
「ふふふふ。僕たちの主を怯えさせないでくれる?」
口々に楽しそうに喋るけれど、いやいや怯えてるっちゃぁ怯えてるけど。今は君たちが怖い。それぞれきっと主になった覚えはとんとないけれど精霊の長って奴ですよね。リーが子供から大人に変身したのだから精霊の長が人間になれてもおかしくはないわけで。
ごめんなさい、一応突っ込ませてください。
……………………なぜに、全員男なんでしょうか。この場にいるのは全員男。私ただ一人が女だ。いくらなんでも男性率高すぎるんだけど。
「とにかく香蓮は限界だよ。お前たちの気持ちも分かるけれど香蓮を休ませる事が第一だから」
リーが呟くと、少し空気が緩んだ気がする。なんかさ緊張感が漂ってたというか。王様のすがるような目が何事なんだというか。
「セシル様がそう仰るなら我慢するけど、これは警告だよ」
「昔の事など忘却の彼方だと言うならば、文献を探し出し、今すぐその無礼な振る舞いを猛省するがいい」
「そう、『精霊王の妃』がもたらすものがなんなのかをね」
「さぁ用意されている部屋には私がご案内いたしますよ。人間の男になど近寄らなくて良いのですから」
そう言って紫の髪の精霊がこちらを振り返った。精霊ってのは美人ばっかりなのか!と泣きたくなるくらいには麗しいお顔だ。次々となにやら物騒な台詞を口に載せる精霊達に、事情は後でキチンと聞いておこうと心に誓う。分からないことだらけでは、これからいけない気がするからだ。
紫の髪の精霊は、すっと立ち上がると空中に切り込みをいれるように手をまっすぐに下ろす。するとパックリと何かが口を開けた。まるでジッパーを下ろしたかのように空間が歪み、切り込みが出来るとなにもなかったところに違う部屋が見える。驚きの連続の私に、紫の髪の精霊は特上の蕩けるような微笑みを私に向けた。
「私は時空間の精霊です。人間が用意した部屋までは歩くと時間がかかりますからね。どうぞこちらをお使いください」
精霊の微笑みのあまりの眩しさに目眩がするんだけど――――――!と内心で絶叫を上げる。
「今すぐこの場から去りたいんだよねぇ」
イヤ、でも普通でいいです。今日はもうファンタジーはお腹いっぱいだから。てか、こんな訳の分からないもんに入りたくない。思わずジークに助けを求めようと這って逃げようとしたのに、腰に回った腕に力を入れられて、リーに離してもらえなかった。
「精霊の長については後で説明してあげるから、兎に角部屋に行って。不安なら、そうだね、ジーク。君が先にここを通りなよ」
それ人体実験だから駄目っ!ジークにもしもの事があったら大変だと思ったのに、ジークはあっさりその切り裂かれた空間に体を曲げて入っていってしまう。
「ジーク!」
「大丈夫、長も精霊王もどんな事があってもお前には危害を加えない。安心しろ」
ジークが向こうでそう言っている。大丈夫なんだろうか。すごく怖いんだけど。度胸があるほうだと思っていたけれど、今までの常識が全く通じない不思議な事態に私は尻込みしていた。未知の物は怖い。怖いものは仕方ないじゃないか。
けれどフワリと体が浮かび、え?っと思った時には亀裂の向こうのジークの腕の中だった。違和感だとかそんなものは一切なくて、本当にただ部屋を移動するために扉をくぐり抜けましたって感じだった。
「僕は君のことをかなり信頼してるんだ。ちょっとの間香蓮を頼むよ。僕は王様と話をしてからそっちに行くからさ。香蓮、僕が行くまで少し休んでおいて。でも一人になってはダメだよ?ジークの傍にいる事。いい?」
なにか私に聞かれたくない事でもあるんだろうか。そう思いつつも頷くと、リーは満足気に笑うと片手をひと振りする。あっという間に切り裂かれた空間は姿を消し、高級旅館のような部屋の中にジークと二人取り残された。
畳の部屋だけど、ソファが置いてある。チラリと見えた隣の部屋にはベッドがあってホッとした。布団を敷いて寝るよりもベッどドのほうが好きだからね。やっと地面じゃないところで寝れるよ。
「……………………レーン。限界だ。放せ」
「わっごめん」
ぼんやりと部屋を見ていた私は、ジークの服を掴んで寄り添いながら立っていた。不安になるとつい頼ろうとする癖をなおさないとジークが気の毒だ。腕に鳥肌がたっている。ついでに声も震えている。慌てて離れてソファに腰を下ろした。最初のほうはこんな風に近寄ると突き飛ばされたりしていたけれど、最近はある程度我慢してくれているみたいだ。ちょっとだけ親しくなったようでそれはそれで嬉しいかもしれない。
「あぁ、緊張した。王様と会うなんて信じられない。あっ、ジークも座りなよ」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
そう言ってジークは手近な襖を開けて出て行く。けれどもすぐに帰ってきて私の斜め後ろに立った。
「どうしたの?座りなよ。久しぶりだよ?こんな立派なソファ」
「そういう訳にもいかなくなった。レーンは『精霊王の妃』だ。この世で最も尊い人間になったんだ」
ってこら、全く意味がわからん。
「ジーク、止めて。私は私だし、ちゃんと言葉が通じるようになったからには色々な事聞きたいの。ジークは私の面倒をみてくれるんでしょ?私の保護者じゃないの。そんな変な訳のわからない事をいうのはやめてよ。あぁそうだ!混乱しずぎて遅くなった!」
そうだ、私はまだ肝心な事をジークに伝えていなかった。立ち上がってちゃんとジークの前に立つ。
「改めてなんだけど、私のことを捨てずに面倒みてくれて本当にありがとう。それと、私から言うのもちょっと違うんだけど、それでも言わせて?蓮と友達になってくれて本当にありがとう」
頭を下げる。ここまでジークがいなかったら、不安で押しつぶされていたと思う。聖司と同じ顔で、蓮の事を知っているジークが、私にとってどんなに心強かったか。
「いや、アイツの大切な人は、俺にも大切な人だって事だ。何度も命を救ってもらったし、アイツはこの世界を救った救世主だ。してもらうばかりで俺は何一つ返せていない」
「そんな事はないよ。蓮も私もジークがいてくれるから心が折れてないんだもん。この世界は全く私達の世界と違うの。ジークには失礼かもしれないけれど、ジークってもう一人の幼馴染と瓜二つなんだよ。性格は全然全く違うけど。ちゃんと別人だって分かっていても、ジークが傍にいてくれるだけでなんだか安心できるの」
初めてジークが柔らかく微笑んだ。とても嬉しそうに。いつもなにかしらに怒っているようなジークは笑っていても微妙に怖い。どこか緊張をしていたジークが柔らかく笑ってくれて、ちょっとドキリとした。
「アイツにも同じ事を言われたよ。なんというか、レーンとレーンは二人とも凄く似ている」
あぁ、そうか、これは蓮に向ける微笑みだ。蓮とジークは信頼しあって心を許しているんだ。なんにしもジークの微笑みはレアだと思う。聖司の腹黒い微笑みと違って、とても優しそうに微笑む。顔がそっくりでも心の持ちようでこんなにも違うのか。聖司、アンタどんだけ性格悪いんだよ。
そこへジークが頼んでくれたのか、可愛い女の子がお茶とお菓子を持ってきてくれた。紺色のワンピースにフリルのついたエプロン。リアルメイドさん発見。なんだろう、そういう属性はもってないはずなんだけど、このテンションの上がりようは。すっごくすっごく可愛んだよ?!メイド服ってだけで萌えるのに、おそらく童顔なんだと思う大きなクリクリとした茶色の瞳に、低い鼻。小さくて可愛らしい花びらみたいな唇。リスと彷彿とさせるような可愛らしさに、目眩がする。そんでもって久しぶりの女の子!やっと女の子と会えた感動は言葉にできないほどだ。あんなムサイマッチョを大勢見た後だから余計だけどね。だけど、お茶を淹れてくれるとスッと部屋から出ていってしまった。あぁ、残念。もっと話をしたかった。
ジークがちょっと冷たい目で見てる気がするけど、問題無い。だって可愛いは正義だもの。
「それでだ、レーン。お前にはしっかりと理解してもらわないと困る事が多々ある。丁度いいから話を聞いてくれ」
バタバタとここまできてしまい、私にも不思議な事がまだまだあるのだ。無知とは罪につながることもある。この世界からはまだまだ帰れそうもない。知りたいこと、知らなければならない事はまだまだ山ほどあるのだった。




