精霊王と真名
何がおこっているのか分からずに戸惑っていると、カウンターの奥からさっきのお姉さんに連れられて中年の男の人が飛び出してくる。そうして、私とセシルリールを見て目を丸くして、口を大きく開けてフリーズしてしまう。すぐに隣にいるお姉さんに脇腹をつつかれ、気をとりなおすと目にも止まらぬ速さでセシルリールの前に片膝をついて礼をした。男の人の口から流れ出る流暢な言葉の意味はまったく解らないけれど、雰囲気から仰々しい言葉だということは分かった。そうして、その人の言葉を聞いた周りの人達が次々に膝をおっていく。
セシルリールって、実は王族とかそんな感じ??って、あり得ない気が。でも、確かに子供らしからぬところは沢山あるんだよなぁ。
「ねぇ、なにが起きてるの?」
ジークを見上げれば、苦い顔をしている。ジークは他の人達みたいにセシルリールに膝をつくことはしていなかった。聖司だったら絶対に腕にしがみついたところなんだけど、ジークに無闇に触ると悪寒と吐き気がすると言うから服を掴む事が精一杯だ。まぁ、ジークは私が蓮と繋がりがなければ確実に放置していっただろうしね。女嫌いは筋金入りらしいってのが旅の中での印象だった。
リーが私の手を握りながら一歩前に出ると、カウンターのお姉さんに何かを持ってくるようにお願いしている。すぐに、リーに差し出されたのはガラスで出来たコップだった。おぉ、ガラスはあるのか。木のコップは携帯用ってことか。私が変な事に感心していると、リーはコップに手をかざす。何かの液体が現れてコップに注がれていった。キラキラを光をまとって凄く綺麗だ。そうしてコップを私の周りで半円を描くようにゆっくりと動かしていく。よく見ると少しずつ液体の色が変わっていってさらに煌く光の渦がコップの中に生まれいた。
「レーン、飲んで」
最後にゆっくりとリーが私にコップを差し出した。
・・・・・・・このファンタジーな飲み物を私に飲めと?
ゴクリと喉が鳴る。リーが私を害するものを差し出すことはないと断言出来る。今の時点で、リーが正体不明って点を考慮してもリーは子供のくせに私に対して凄く気を使ってくれていたし、心の支えになってくれてもいた。正直本当に子供かってくらいには私に対しの気遣いをみせてくれて旅に対して余裕だった。
だけど、だけどね得体の知れないものを飲んでって言われてもかなりの勇気がいるよ。
恐るおそるコップを受け取って、中味を覗けばトロリとした液体の中で光が渦巻いている。写真で見る銀河みたいな光の渦だ。これ、飲んでもお腹こわさないのかな。体にいいとは全くもって思えないんだけど。
「大丈夫、飲んで。飲んだら分かる」
私の躊躇いを察したリーがコップに手を添えて、飲めとばかりに口元にあてがおうとする。ちょっとなんでそんなに強引なのよ。
そっとジークを伺い見れば、苦い顔で首を傾げてる。なにかは分からないって事だろうな。
息をのんでリーの行動を見ている人達に囲まれてすごく居心地が悪い上に、注目されているのも嫌だ。
・・・・・・・・女は度胸!!
いろんな意味で耐えられなくなって、目を閉じて日本酒を煽るようにしてソレを飲み込んだ。
そう、コレはお酒だ。久しぶりのお酒!誰がなんと言おうとお酒!!ちょっと変わったカクテル!!
なんて自分を言い聞かせたけれど、この液体も喉を通る時にカッと熱を帯びる。味はほんのり甘いっていうだけで、特に特徴はなかった。冷えてしまった葛湯を飲んでいるようにトロリとしていた。熱さがお腹に到達すると、まるでお腹で熱が弾けるように熱が体中に巡っていく奇妙な感覚に襲われた。指の先まで熱が走っていき、体を抜けるように熱が手足の先から抜けていく。すぐに元の状態に戻った。
異変はすぐに訪れた。訪れたなんてものじゃない。目を開けたら、変な重量と共に自分の周りに人が・・・・・いや、正確には人じゃないだろうものが増えていた。両肩に、頭に、胸に、腕にと小さいけれど人型で八頭身な生き物が少しの重量を感じさせながら、私にまとわりついている。さっきの光渦のような光を体中から発散させて振りまいている。
「ひゃぁっ!!」
「どうした?」
「ジークこれが見えないの?!」
「これなんて酷いよレーン。僕たちずーっと一緒にいたのに」
「そうよ、そうよ。レーンだってすぐに分かったのに」
「レーンが主だってすぐにわかったのに」
「ずっとずっと見てってお願いしてたのに!」
ふわりと浮き上がり、目の前に浮かぶ小さい生き物が1、2、3・・・・・8匹?
やたら、顔の良い人型のソレは口々に言葉を口にする。あれ?言葉が分かるよ。
「虫を数えるみたいに数えるのやめて!!8精霊だからっ!!」
「精霊?!」
また、なんかファンタジーな台詞がきました!
「リー?どういう事?なにこの状況?」
説明を求めて、リーを見れば満面の笑みでギュッと手を握られる。
「レーン、僕の言葉は分かる?」
なぜか質問を質問で返される。
「分かるよ。今日本語で話していないの?」
「うん。この国の言葉。これでちゃんと話ができるね?」
「こんっな便利な魔法があったの?なんでリーてっば最初に教えてくれなかったのよ!」
「いや、だってあんまりにもレーンが可愛かったから。言葉が伝わらなくてモヤモヤしている姿も。意思疎通出来たと喜ぶ姿ももっと見ていたかったからね。気落ちして泣きそうなところなんてもう、食べちゃいたいくらいには可愛かったよね?」
・・・・・・・・・・あれ?可愛らしいふわっふわの天使みたいな美少年の口から、なんかオヤジみたいな台詞が。誰?これ?
「おぉ!!真名をお交わしになったのですな。と、いうことはやはりお妃さまをお選びになったと!!カリーファ!全ギルドに伝達だっ!精霊王様がお妃様を伴い姿を現してくださったとっ!!」
瞬間、建物が揺れるかと思うほどの歓喜の声がその場を支配した。空気が揺れる。そして、喜びの叫びを上げて笑ったり、泣いたり、様々な感情が溢れいく。その内のローブを着た一人が勢いよく外へ飛び出し、叫んだ。
「精霊王様がお姿をお見せになったぞーーーーーーー!!お妃様もご一緒だぞぉぉぉぉぉ!!!」
すぐに万歳三唱を始めたかと思ったら、その声にドンドンドン声が重なっていき、聞いたこともないような大勢での万歳三唱が始まった。
もちろん、この建物の中の人たちも一緒だ。
「精霊王様、万歳!」
「お妃様、万歳!」
今、この場で歓喜の声を上げていないのは、ジークと私とリーだけだ。ちびっ子達も小さい両手を上げて万歳している。ジークは顔面を片手で覆って、天井を仰いでいる。なに、そのやっちまった感満載の雰囲気っ!!お妃様って、まさか私じゃないよね?それに精霊王ってこの流れだとリーなんだけど。
街全体がお祭り雰囲気になる中、握ったリーの手を引っ張る。
「ちょっと、リー!!本当に意味が分からないよ。どういう事?!」
「う~ん。香蓮、怒らない?」
突然名前を呼ばれて、面食らう。この世界の人は発音が難しいって言ってたのに。
「怒らない?って聞かれても、もう怒ってるよ。私が馬鹿じゃなければ、承知した覚えのない肩書がついてそうだもの」
「セシルリールが精霊王で、お前はセシルリールと真名を交わして婚姻関係を結んだって話だな。レーンが言っていた名前が発音できない訳だ。あれは真名だったのか」
ジークがため息と共に可哀想なものを見るように私を見た。
「真名ってなに?」
「真名を知らないのか?表向きの名と魂に刻まれた名とあるだろう?真名はお互いが真名を教え合わなければ発音できない。まぁ、教えあうのは婚姻か、義兄弟の儀式が必要だがな。お前の世界では違うのか?」
「ないっ!!名前は一個だけ!精霊王ってどういう事?!ジーク知ってたの?!」
「知る訳ないだろう。俺は魔力は皆無なんだ。魔力があるものでなければ、精霊王だって普通の人間にしか見えないんだ」
そういえば、セシルリールと私を見て驚いていた人と、普通の人がいた。アレは魔力があるかないかの違いだったのか。
「ちょっと待ってよ。リーは子供じゃない。なんで子供と婚姻なんて言葉が当たり前に使われるのよ」
「あぁ、これは香蓮に警戒されないようにだから、別に香蓮が望むなら成人の姿になれるよ。僕は人ではないからね」
しれっと会話に参加してきた元凶は、話している内に少年特有の透き通った鈴のような声から、声変わりを果たした低音の甘いバリトンに変わる。手の中にあった小さな手は、あっという間に節くれだった手に変わり、私より高い位置から声が降りてくる。
見間違いかと、瞬きを何度繰り返しても、目の前に子供ではなく麗しいという表現が相応しい理想の塊と言っていい青年が立っていた。
「ね?これならお望み通りでしょ?奥さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そんな結婚無効だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私の心からの叫びは、万歳三唱する街の人達の声に消され誰の耳にも届かなかった。




