第5話 お誘い
『おはよう、篠原くん』
『おはよう、橘さん』
『君に一つ相談したいことがあるのだけどいいかな?』
『ん? 俺でいいのであれば聞くけど何?』
と、朝寝起きの碧は、大きな欠伸をしながら通知が来るスマホの画面を操作しながらメッセージのやり取りをしていた。
休日の朝、それも時刻は朝の八時半なのにメッセージを送ってきたのは彼女の方である。
おそらく、彼女の性格からして土日祝も平日と変わらずに朝早く起きているのだろうと目に浮かぶ。
碧に関しては、土日祝は少々起きるのが一、二時間ほど遅れるであって、決してだらけているわけではない。自分の部屋の床は、しっかりと綺麗に掃除をしているし、朝食や弁当も早く作る必要がないからである。
普通は両親のどちらかが朝食や弁当を作ってくれるのだが、碧の母親は働いているため自然と料理、家事全般が得意になった碧がほとんど担当している。
『そ、その……急で申し訳ないのだけど、今日、私に付き合ってもらえないかな?』
と、唐突なお願い事が送られてきた。
「は?」
思わず言葉が漏れてしまう碧。
二度、三度、そのメッセージの内容を見返しては、現実ではないのかと、軽く頬を抓る。
寧ろこれはお誘いであり、デートといったものではないのを碧は理解している。知り合ってから数日しかたってないのにそういった自惚れではない。
一、二分ほど考えて、慎重に言葉を選びながら返信をする。
『それはどこかに買い物とか出かけたりするのか?』
『うん』
と、すぐに二文字の返信がくる。
(買い物か、まぁ、知り合いの買い物に付き合うくらいは大丈夫だよ……な?)
碧は『分かった』と返信して、それから時間や待ち合わせ場所を確認する。
そもそも休日はあまりやる事がなく、滅多に用事もないので今日が土曜日であり、明日の日曜日までは時間があれば、自分がやるようなことは限られているのでそこは影響ないだろう。
そして、買い物は午後からとなり、白雪が午前中、部活があるのでそういう事になった。
待ち合わせ場所はこの前の公園らしく、彼女もその近辺に住んでいるらしい。
碧は、ベットから起きて、朝食は何を作ろうかと考えながら一階に降りて、洗面所に向かった。
「おろ? お兄ちゃん、おはよう」
と、洗面所には先約がいた。
丁度顔を洗い終えたらしく、持っていたタオルで顔に残っている水滴をきれいに拭き取っているところだった。
「早いな。雫が早起きとか、雪でも降るんじゃないか?」
と、洗面所にいた先約に場所を譲ってもらうと、碧ものぼけた顔を覚ますために冷たい水で何度か顔を洗う。
「失礼な。私だってそこまでダメな子じゃないよ。ちゃんと目覚ましかけて起きたからね」
「それを毎朝出来るといいんだけどな。特に平日な」
「あははは……何のことやら、知らぬ存ぜぬというわけだよ」
「うわぁ……」
その笑顔を見て、碧はもう少し成長したらどうだと、使用済みのタオルを受け取り自分の顔を拭く。
洗面所にいた人物は、碧の妹である。
名前は篠原雫。碧とは二歳下の中学二年生である。口元の左側には特徴的な八重歯があり、髪の色は碧と同じ黒なのだが、彼女の方がどちらかと言うと母親の遺伝を継いでいるのか、少し違った色が混じっている。髪の長さは肩に触れるか触れないかの位置にあり、本人曰く、長いのは伸ばすだけ手入れが面倒だからと女子にしてはいかがな理由なのだろうか。出来れば、自分の容姿に似合わいといった理由にして欲しいものである。
「で、お兄ちゃんは、起きてくるのが少し遅かったね。いつもだったら、この時間帯は朝食作り始めている頃なのに」
不思議そうな表情を浮かべて、何があったのだろうと碧の表情を窺おうとするが、ま、いっかという感じで考えるのをすぐにやめる。
「少し、部屋の整理をしていたんだよ。そしたら遅くなった」
「あら、珍しい。お兄ちゃんが朝から部屋の整理をするなんて、いつもだったら暇なときにするでしょ?」
「まぁ、そうなんだけど。今日の午後から用事があってな」
碧は、先程まで白雪とメッセージのやり取りをしていたことを誤魔化しつつ、午後から予定がある事だけを妹の雫に告げた。
「ふーん、どこかでかけるの?」
「ああ、買い物に行くんだよ」
「何を買いに?」
「さぁ、分からん」
話の流れで自分が何を買いに行くのか知らないのは当然であるのだが、雫はそこを見逃すことはなかった。
「それって、誰かと一緒に買い物をするってこと?」
「なんで?」
「だって、お兄ちゃん、さっき目的を知らないって言っていたから」
「ああ……」
自分の回答を指摘されて、そういえばそうだなと少し失言だった。
二人でリビングに向かい、碧は朝食の準備を始め、雫は朝食が出来るまでソファに寝そべってテレビの画面をつける。
「で、誰と行くの? 海斗くん、それともいろはちゃん?」
「いや、違う。他の人とだ。別にいいだろ? 俺が誰と一緒に買い物しようがお前に関係ない」
雫は二人と面識があり、時折、家にも遊びに来るので碧の友好関係はその二人しかいないと断言していたのだがはずれた。
「えー、違うの? だって、お兄ちゃんって友達少ないじゃん。休日、お兄ちゃんが遊ぶ人って二人のどちらかと思ったんだけど……」
ますます自分の兄が怪しくなる。
では、あの二人ではないのなら一体どこの誰が、自分の兄と一緒に買い物に行くのか少し興味がある。
「まぁ、夕方までには帰ってくるから心配するな。昼飯も作るつもりだからな」
「ふぁーい」
雫はこれ以上の質問攻めはやめることにした。
これ以上しつこく聞こうとすると、碧の機嫌が悪くなるのは知っているので、なら、時が来るまで待てばいいとその場で一歩引いた。
碧がフライパンから焼いたウインナーや卵焼きを二人分の皿に載せ、テーブルまで運んでくる。
「ほら、できたから食器の準備くらい手伝えよ」
「あ、うん。今行く」
雫はソファーから飛び降りて、碧の言われた通り食器を棚から取り出して、テーブルの上に並べる。
二人向き合って、手を合わせ「いただきます」と食材に感謝しながら土曜の朝食を食べ始めた。




