最終話「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」
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季節は巡り、王立魔術学院の卒業式が行われる春の日がやってきた。
桜の花びらが舞う中、黒いローブに身を包んだ卒業生たちが整列している。
その中にエルンストとセシリアの姿もあった。
「色々あった学園生活だった」
エルンストが感慨深げに呟いた。
「そうですね」
セシリアは微笑みながら、手にした卒業証書を見つめた。
「でも、私たちの『実験』はまだ続きますから」
二人の周りでは涙を流しながら別れを惜しむ学生たちの姿があった。
しかしエルンストとセシリアは、いつも通り冷静だった。
むしろ、これからの研究計画について議論を始めていた。
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それから三ヶ月後、初夏の日差しが眩しい午後。
ヴァイスベルク侯爵家とモンフォール伯爵家の結婚式が執り行われた。
王都の大聖堂は、両家の親族と友人たちで埋め尽くされていた。
「永遠の愛を誓いますか」
司祭の問いかけに、エルンストは真剣な表情で答えた。
「統計的に『永遠』という概念は証明不可能だが、現時点での最大限の愛情を誓うことは可能だ」
会場がざわめいた。
司祭も困惑している。
セシリアが助け舟を出した。
「つまり、誓います、ということです」
彼女は優雅に微笑んだ。
「私も同じく誓います」
指輪の交換の際も、二人らしさが発揮された。
「この指輪の金属組成は」
エルンストが説明を始めようとしたところで、セシリアが軽く咳払いをした。
「後でゆっくり聞かせてください」
彼女は小声で言った。
「今は儀式を進めましょう」
エルンストは納得したように頷き、セシリアの指に指輪をはめた。
その瞬間、二人の視線が合った。
言葉はなくとも、互いの思いが通じ合っている。
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披露宴では、アンナとラファエルの姿もあった。
「素敵な式でしたね」
アンナが感動した様子で言った。
彼女はリーベンシュタイン男爵として、すっかり貫禄が出てきていた。
「ええ、実に二人らしい」
ラファエルも微笑んだ。
彼は婿として、アンナを支え続けていた。
レインとキャリエルも列席していた。
あの一件以来、二人の関係は以前より深まっていた。
「セシリア様はともかく、エルンスト様はいつも通りでしたね」
キャリエルが苦笑した。
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新婚初夜、ヴァイスベルク侯爵邸の書斎。
普通の夫婦なら寝室にいるはずの時間だが、二人は机を挟んで向かい合っていた。
「さて、結婚後の親密度測定基準を再検討する必要がある」
エルンストが真剣な表情で切り出した。
「確かに、既存の基準では不十分ですね」
そういってセシリアも手帳を開いた。
そうして二人は深夜まで、新しい測定方法について議論を続ける。
外から見れば奇妙な光景だが、これが二人の愛の形だった。
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結婚から一年が過ぎた。
毎朝の日課は変わらなかった。
「おはよう、セシリア」
「おはようございます、エルンスト」
「今日の親密度は?」
「測定不能なほど高いです」
同じやり取りを、二人は飽きることなく続けていた。
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更に歳月が流れた。
エルンストは王宮の魔術顧問として、日々多忙を極めていた。
国防に関わる重要な術式開発は、深夜まで及ぶことも珍しくはない。
ある晩秋の夜、エルンストは疲れた頭を休めるため窓から外を眺めていた。
雲一つない夜空に、ぷかりと浮かぶ大きな満月。
月光が王宮の尖塔を銀色に染めている。
「美しいな」
エルンストは呟いた。
ふと、セシリアのことが頭に浮かんだ。
──今頃、彼女も古代文献の解読に没頭しているだろう
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同じ頃、ヴァイスベルク侯爵邸の中庭。
セシリアは羊皮紙から顔を上げ、疲れた目を休めていた。
古代文字の解読は、想像以上に神経を使う作業だった。
「少し外の空気を吸いましょう」
セシリアは立ち上がり、中庭へと出た。
冷たい夜風が頬を撫でる。
ふと見上げると、満月が静かに輝いていた。
「今夜は月が綺麗ですね」
セシリアは微笑んだ。
そして、ふとエルンストのことを思った。
きっと彼も、今頃は王宮で術式と格闘しているはずだ。
その瞬間──二人は同時に感得した。
今この瞬間、セシリアが、エルンストが同じ月を見上げている事を。
根拠は何もない。
しかしそう感じたのだ。
「これが愛なのかもしれない」──エルンストは王宮の窓辺で呟いた。
「これが愛なのかもしれません」──セシリアは中庭で呟く。
これが何か、エルンストもセシリアも分からない。
積み重ねてきた実験結果とは全く異なる所から、それこそポンと出てきた結論だ。
検証もしようがない。
でも、それでいいのだと二人は思った。
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──満月は静かに、王都の夜を照らし続けている。
(了)
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