↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/23

22.「あの娘の能力は、適切に管理されるべきだ」


王都の法廷。


傍聴席に座るアンナは、震える手を膝の上で組み合わせていた。


「被告人ダンカン・フォン・リーベンシュタイン」


裁判長の声が響く。


「貴殿に対する容疑は以下の通りである」


羊皮紙を広げる音が静寂の中で異様に大きく聞こえた。


「第一、複数の貴族に対する贈賄」


「第二、実の娘に対する監禁および虐待」


「第三、神の祝福を悪用し、王家の秩序を乱そうとした企て」


一つ一つの罪状が読み上げられるたびにダンカンの顔は蒼白になっていく。特に最後の罪状で傍聴席がざわめいた。王太子への接近を図り、公爵家を陥れようとした──それは反逆にも等しい重罪だった。


「これらの罪により、被告人を極刑に処す」


裁判長の宣告が下された瞬間、アンナは立ち上がった。


「お待ちください!」


法廷中の視線が彼女に集まる。


「私からお願いがあります」


アンナは震えながらもはっきりと言った。


「父の罪は重いことは理解しています。でも、どうか命だけは」


裁判長は厳かに首を振った。


「リーベンシュタイン男爵令嬢、お気持ちは察するが──王家への反逆は決して許されることではない」


アンナはなおも訴えようとしたが、隣に座るラファエルがそっと手を握った。無言の制止。アンナは力なく座り込んだ。


法廷を出る時、ダンカンと目が合った。しかしダンカンはすぐにアンナから視線を逸らした。逸らしたのが娘への恥からか、それとも計画はまだ終わっていないと信じる者の癖か。それを確かめる機会はもう誰にも与えられない。最後まで娘を道具としか見ていなかった男の末路である。



翌日、王宮の一室。


アンナは呼び出されて緊張の面持ちで待っていた。扉が開き、宰相が入ってきた。白髪の老人は鋭い眼光でアンナを見つめる。


「リーベンシュタイン男爵令嬢」


「はい」


アンナは深く頭を下げた。


「王家より勅命がある」


宰相は巻物を広げた。


「リーベンシュタイン男爵家は取り潰しとはしない」


アンナは驚いて顔を上げた。てっきり家も断絶すると思っていたのだ。


「ただし」


宰相の声が続く。


「当主不在により、アンナ・フォン・リーベンシュタインが後を継ぐものとする」


血の気が引いた。自分が男爵家の当主に?


「私には、そのような器量は」


「これは命令だ」


宰相の声には有無を言わせない響きがあった。



モンターニュ子爵邸の応接間。


アンナは呆然と座っていた。向かいにはラファエルとその両親。


「私に、家を治めることなどできません」


アンナの声は震えていた。


「使用人の管理も何も分からないのです」


モンターニュ子爵が優しく言った。


「一人で背負う必要はありませんよ」


その時、ラファエルが立ち上がった。


「アンナ嬢──もし、アンナ嬢がよろしければ、私が婿として支えさせていただきたい」


アンナは言葉を失った。婿、という言葉の重み。子爵家の息子が男爵家に入る。それは結婚と呼ぶより家一つを引き受けると言った方が近い。


「でも、ラファエル様は子爵家のご子息です」


「家格の違いなど関係ありません。そもそも子爵家は兄が継ぎます。これは両親にも許可を得ての事です」


ラファエルは微笑んだ。


「私は、アンナ嬢と共に歩みたいのです」


モンターニュ夫人も頷いた。


「息子は貴族らしくない部分もありますが、人を見る目は確かなので──」


アンナの目に涙が浮かんだ。こんなにも自分を想ってくれる人がいる。


「本当によろしいのですか」


「もちろん」



その頃、王宮の密室では別の会話が交わされていた。


ゲオルク・フォン・ヴァイスベルクとハイエスト公爵、そして宰相が顔を合わせている。


「計画通りですな」


宰相が満足そうに頷いた。


「リーベンシュタイン男爵家の『祝福』は、正しく使えば外交上の武器になる」


男爵家を取り潰さなかった理由は慈悲ではなくこれである。祝福は血に宿り、血は家に属し、家は王国に属する。家を潰せば祝福は野に放たれ、家を残せば祝福は王国の帳簿に載る。


ハイエスト公爵も同意した。


「モンターニュ家も良い。長年王家に忠実だ。この忠実さと組み合わされば、王国の利益となろう」


ゲオルクは窓の外を見つめながら言った。


「表向きは若い二人の恋を祝福する。だが実際は、王国の新たな外交カードを手に入れるということか」


「綺麗事だけでは国は守れません」


宰相の声は冷徹だった。


「あの娘の能力は、適切に管理されるべきだ」


三人の間に暗黙の了解が生まれた。若い恋人たちの幸せを見守りながら、同時に国益も確保する。それが老獪な政治家たちの計算だった。血が国を導くと信じる男にとって、祝福もまた血の一種であった。



継承の儀が行われた日。


アンナは男爵家の正装に身を包み、玉座の前に立っていた。重い冠が頭に載せられる。


「ここに、アンナ・フォン・リーベンシュタインを正式にリーベンシュタイン男爵と認める」


宣言と共に新しい人生が始まった。


式の後、ラファエルが近づいてきた。


「お疲れ様でした、男爵」


からかうような口調に、アンナは苦笑した。


「まだ慣れません」


「大丈夫です。私がついています」


その言葉にアンナは安堵の息をついた。一人ではない。列席者の中の三人が同じ式を別の目で見ていることを、彼女はまだ知らない。



エルンストとセシリアも式に参列していた。


「興味深い結末だな」


エルンストが呟く。


「しかし一歩間違えれば皆が不幸になる所だった」


セシリアも頷いた。二人は新しい男爵を見つめる。不安そうだが、それでも前を向いて立っている少女。その隣には優しく支える青年。


「ひとつの愛が結実した、と言えるのかな」


エルンストが結論付けた。


「しかし愛とは難しい。目の前でこのような光景を見てもなお理解できない」


セシリアは微笑んだ。


「私も同じです。ですから実験は続けましょう。私たちは既に十分以上に親密な気はしますが、せっかくならば突き詰めてみたいではありませんか」


エルンストは頷き、そっとセシリアの手を取った──心拍数を測るために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。