第63楽章 繰り返される悲劇
――ホール練習終わりの翌日。
市営コンクールまで2週間を切った。月曜日は憂鬱な優月のはずだが、更に憂鬱は重なる。
「みなさん、そろそろ進路を決めるときです。推薦される方は、条件を満たした上で、私たちに申請をお願いします」
それは進路の小難しい話しがあったからだ。
「ゆゆ、求人見たか?」
颯佚が優月へ問う。
「見た……っちゃ見た。でも、僕自身、何をやりたいか分からない」
「うーん……、てか大学は行かないのか?」
「うん。行くなら音大……くらいかな」
優月は考えた末、好きな音楽を学びたい……と思った。だが、成績が悪いからか、恐らく大学進学は、もう諦めざるを得なかった。
「うーん……、ゆゆに音大はちょっとなぁ」
すると案の定、颯佚は顔を渋めてきた。
「……井土先生も同じこと言ってた。鳳月さんに限っては、馬鹿笑いされた」
「いや、ゆなもゆなで不安や……」
颯佚がこう言った理由。
――その頃、ゆなは……
「せんせー!私は推薦受けられますか?」
「鳳月さんは、推薦条件満たしてないので、たぶん無理です」
普通に、推薦を蹴っ飛ばされていた。優月以下の総合成績に、遅刻や早退だけでなく欠席まで、条件を軽くオーバーしていたからだ。
それを優月は小さく笑った。ゆなは、ゆならしく、自由に生きるのだろう。
「……ふふっ、鳳月さん大変だねえ」
「人の不幸を笑うんじゃない……」
優月はゆなに無上の恨みがある。
すると心音が、こちらへやってきた。
「おう、ふたりは就職?」
「いや、俺は大学」
「んおー!俺も大学!茨城の方に行く!」
颯佚と心音はどうやら、大学へと進学するらしい。ふたりの成績は、学年トップクラスなので、高望みでない限りは絶対に困らないだろう。
「……お前は?」
すると心音が、優月へ問うてきた。
「えっ……?就職だよ」
「ほおん。どこに就くん?」
「……んんーっ、やりたいこととか、思いつかないんだよね」
優月はそう言ってきて、顔を歪めた。そもそも、好きなことなど、音楽か絵を描くことくらいしかない。
「……んーっ、致命的だな。頑張れよ」
「痛ッ!!」
心音にたたかれ、背中がヒリヒリと痛んだ。
市営コンクール2週間前だというのに、今日も2曲の楽譜を配るらしい。
「はい、私の作曲した『Forte』と『Sound Love Mind』を配ります」
「……今回は、誰がドラム?」
広一朗の言葉に、ゆなが反応する。
「えーっと、パーカッション、グロッケン、ドラムがありますが、ドラムはゆゆかむらこいで」
「んおーっ、勝手に決めてて」
そう言って、ゆながパーカッションの楽譜を奪う。その理由は無論、鍵盤をやりたくないからだ。
「……瑠璃ちゃん、僕がドラムでもいい?」
「う、うん……。私はどっちでも」
その時、瑠璃の顔が一瞬、悲哀を帯びた。
「……まぁ、ドラムの方がやりたいけど」
その刹那、彼女は本音を床へとこぼした。
「えっ……?そう?」
その時、ゆなが優月の手にあるドラムの楽譜を取り上げる。それを瑠璃に渡した。
「ゆゆは鍵盤やりな」
「えっ……」
(何を勝手に……!!)
その時、瑠璃は「いいの?」と問うてきた。
「えっ……ぜ、全然大丈夫だよ!」
優月は内にある呵責を黙殺する。好きな人が喜ぶのはやはり嬉しいし、それに優愛との約束だ。
「……まあ、ドラムはどっちでもどうぞ」
広一朗の進言に、ゆなは優月へ厳しい言葉をかける。
「ゆゆはドラム怪しいんだから、鍵盤を極めな。あと、むらこいに頼るな」
とても鍵盤嫌いの言うこととは思えなかったが、ドラムという取り柄がある以上、返す口もなかった。
その言葉を食らった優月は、項垂れながら黙って練習することにした。
(はぁあ。譜読みの音符の数が多い……!!)
そして鍵盤となれば、ドレミを書かなければならない。優月は五線譜の1番下の線から、数えて譜読みを開始する。
楽器はグロッケンだった。グロッケンは音程がピアノと同じで、五線譜の1番下線は『ミ』となる。
「……はぁあ」
優月は、鍵盤を久しくやっていなかった。ずっと、ドラムかパーカッションでやり過ごしてきた。
「別に嫌いじゃないけど、早打ちとか苦手」
恐らく、自分はドラムが好き。こう結論付ければ、この湧き出る不満も納得の理だ。
その間、ぼかぼかぼか!!と瑠璃のドラム乱打が、優月の譜読みを急かしているような気がした。
30分後、ふたつの譜読みをヘトヘトになりつつ、ようやく終えられた。
「……お……終わったぁ」
しかし、既にヘトヘトだ。ずっと楽譜と見つめ合っていた為に、首はかなり痛い。そして集中力も切れつつあった。久々とは辛い、改めて思い知った。
それにしても、このまま鍵盤が増えれば、更なる負担が掛かってしまう。これからも渡される楽曲すべてが、鍵盤であった場合、ドラムなどのリズム楽器の得意な優月には、ドラム以上の負担が掛かる。
(……鍵盤は嫌いじゃないけど、キツイ)
そんな不安が、優月を大波のように襲った。最悪な未来の可能性。それでも瑠璃には言えないジレンマ。
優月はすぅーっ……と深呼吸をすると、マレットを振り下ろした。
ぽん♪ぱん♪ぴん☆
「……うあっ!ここシャープ?」
しかし大量の逆らうオタマジャクシは、予想以上に優月を苦しめた。何が厄介なのか、それは圧倒的なシャープとフラットの数である。
「多いなぁ……」
優月は悪党苦戦していた。
広一朗の作曲した曲は、基本的に高難易度だ。その火を見るよりも明らかなミスが、優月のメンタルを削っていく。
――やりたくないんじゃない。できないんだ。――
己の無力さを、ここぞとばかりに知らされた優月。最近、ようやく吸収できていたのに、ここで自信を失ってしまうのが、とにかく辛かった。
(……クソ。なんで、こんなに僕は……何も……!!)
普段は温厚かつ、優しい優月も、このミスの多さは、己を強く恨んだ。
(高校3年生!!もう初心者じゃないのに!)
焦って、焦って、もうどうしょうもない。そもそも、こんな焦り自体がいけないことだと、彼は気付いてすらいなかった。
(……このままじゃ、本当にお荷物だ)
何度たたいても、脳が正常な動きを受け付けない。同じミスばかりで精神を削られる。
30分、休むことなくたたいた優月は、突然、スイッチが切れたように、床へと座った。
(……鳳月さんの言う通りだ。僕には素質がなかった)
たぶん、中学時代から始めていれば、基礎から始めていれば、絶対にできていた。
優月は、その挫折を胸に刻まれ、その目を閉じた。
これから、引退までの数ヶ月。毎回、こんな気持ちになって努力するのか、そう思うと無力さで、涙が出そうになった。
床へと座り込み、絶望を頭に被る優月。その様子は誰が見ても、挫折している人間のそれだ。
(……優月先輩)
それを見た瑠璃の中で、かつての記憶が刺激される。
(あの時の私みたい……。優月先輩は優しいから、私みたいに消えちゃうのかな………)
中学時代、瑠璃はティンパニを破壊した。それを切っ掛けに、太鼓とは真反対の鍵盤楽器をやらされた。鍵盤の音は綺麗で美しい。
だが本音は、思い切りドラムとかティンパニを叩きたかった。結局、優愛にも心配させたくなくて、感情を押し殺し苦しんでいた。
(……苦しそう。やっぱり、優月くんのこと……苦しめたくない)
瑠璃も優月が好きだ。だからこそ、彼のそばへ歩み寄ることにした。
優月が己の無力感に苛まれていたときだった。突然、甘い声と共に、右肩に手が伸びる。
「……優月先輩」
「る、瑠璃ちゃん」
そこにいた人物は瑠璃だった。
「優月先輩、私、やっぱりドラムはいいや」
すると、彼女はあろうことか、こう答えたのだ。
「……えっ?」
「ほら、私は1年生だし、失恋の詩でドラムやるし!1曲でもできれば充分だからさ!!」
瑠璃の元気づけるような声に、あからさまな強がりは感じられなかった。
「……ほんと?」
「うん!!瑠璃は来年があるし!その時はぜっったいにドラムやるから!!」
瑠璃は、もはや来年に希望を見いだしていた。
「……ごめん」
「ううん。そもそも、私は鍵盤できるのに、優月先輩に押しつけちゃうなんて、馬鹿だよね」
「い、いや…!そんなことは……!!」
優月は慌てて否定する。だが、瑠璃は自責の声を、表情にして滲ませる。
「……茂華中でやったら、怒られちゃう」
「……………」
何も言えなかった。
「……楽譜、見せてくれる?」
瑠璃が言うと、優月は楽譜を見せた。すると瑠璃は、あっという間に完璧な早打ちを見せる。
「ここは、フィルインみたいな感じだね。流石、元打楽器奏者だな〜」
そう言って、着々と進めていく瑠璃に、なんだか安心感すら感じた。
「優月先輩、ドラムやってください」
そんな瑠璃の頼み。もちろん、断ることができなかった。優しい瑠璃に、この時ばかりは甘えてみることにした。
大丈夫だと思った。
……繰り返される悲劇に、優月が知る由もなかった。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
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吹奏万華鏡では、様々な吹奏楽の話しの他にも、音楽に関わるすべての物語を描いています。また音楽や人間関係だけではなく、恋愛や非日常、過去から背中を押す物語を展開しています。
初心者も、これから吹奏楽を始める方も楽しめる物語を作ることが目標です。
皆さんの応援や、ページビューがモチベーションです。これからも魅力的なストーリーを更新できるよう頑張ってまいります。
次回もお楽しみに!
【次回】 瑠璃に親から退部命令……!?
妹 樂良の驚異……
♪Birthday情報 by 澤村叶夢♪
珠己・美玖「誕生日おめでとう!叶夢!」
叶夢「わぁあい!珠己ちゃーん、美玖ちゃん、ありがとうっ!!」
優月「……今日5月6日は、澤村叶夢さんの誕生日です!おめっとさん!」
叶夢「ありがとう!優月くん」
優月「なんで僕の名前知ってるの!?」
瑠璃「叶夢ちゃん、お誕生日おめでと〜!これからの活躍楽しみにしてるよ〜」
叶夢「瑠璃ちゃん、ありがとう!頑張るからね!」
優月(なんで…僕たちの名前を知ってるんだ?)




