最終章 神の計略の答え合わせ その4
「どんなに小さな力、影響でも、繰り返し繰り返し同じ場所へ与え続ける事で、積み重なって大きな力、影響を与える事はある。例えば針金を何度も折り曲げすると折れてしまう様に、風が岩を砂にし、水が大地を削って地形を変えるように」
「そうね。神の権能はそれだけで強力な力だわ」
「あの、特定の能力や特別な感性って、具体的に何?」
私は訊ねた。
「君が持つ神の力『干渉』の副産物である『観測』の力とかかな。あるいは空間魔法を使いこなせる高い魔力を持った魔法使いなら、もしかしたら時空の変化に対する感性が磨かれている可能性があるかもしれない」
イヴィはAランク冒険者で、大魔導士級の魔法使いだった。
そういう、ことだったのかな……。
「そうね……確かめる手段はないけれど、事実私しか観測していないはずの無数の未来をティアが知っている以上、無いとは言えないわ」
レイスリーが私を真っ直ぐ見つめる。
「ごめんなさい。貴女を苦しめたかったわけではないの」
神様であるレイスリーが、私に向かって申し訳なさそうに深く頭を下げた。
私は逆に恐縮してしまった。
「もっ、もういいよ! わざとやってたんじゃないってわかったから! それに私を助ける道を探してくれてたってことだもんね。むしろ感謝しないといけない事だよ」
今度は私が、命を救ってくれてありがとうと頭を下げた。
誤解が解けて和やかな空気が流れる。
「だけどそれじゃレイスリーはそんな私をどうやって助けることができたの?」
「いろいろ試して駄目だったから、今度は神の力で直接干渉したらどうなるのかを試したのよ。そうね、分かり易く言うと、私達は人界から貴女を攫って、赤ちゃんのまま10年後の未来へ飛ばしてみたの」
「そのせいで天界の重力が少しばかり強くなってしまったんだよね」
創造神クリエが苦笑いする。
どういう意味だろう?
「あら。そもそも時間と空間に作用するブラックホールの中なら、彼女の時間を完全に停止させたまま安全に時を飛ばせると言ったのはクリエよ? それを天界の中心に創ると決めたのもね」
「時間を飛ばすだけなら他にも手はいくつかあったんだけど、どうやら彼女は呪いのような死の運命に纏わりつかれているみたいだったからね。シュバルツシルト半径内に作った特別なセーフゾーンの中なら、時間だけでなく外部からのあらゆる干渉から彼女を完全に隠せると思ったんだ。天界の中心にブラックホールを魔法で封じ込めたのは、事故が起こらないように天族に管理を任せるためだよ」
むー? よくわからないけど、天界の重力が強かったのは創造神クリエのせいってことでいいのかな?
「それで私は助かったの?」
「いいえ。10年後の貴女は、その5年後に亡くなったわ」
「え……」
「少しくらい時代を変えても駄目だったのよ。だから私はセーフゾーンから貴女を連れ出すタイミングを、20年後、30年後……100年後、200年後とずらして試していったの。そしてようやく探し当てたのよ」
私はそこに至ってやっとピンときた。
「ああ、そうか! そうだよね、私ったら何を考えてたんだろう。今の私が答えなんだもん。つまり1500年後ってことだよね」
恥ずかしくて頬が熱くなる。
レイスリーは微笑みながら頷いた。
「私はそこで、私が視たものについてクリエに話したの」
「レイスリーの話を聞いた僕は、君が6歳の誕生日を迎えられなかったという所にひっかかったんだ。時代を移しても変わらないという事は、絶対的な時間の流れではなく、君を基点とした相対的なものであるということは明白だからね。その確定されたかのような事象に対して、逆に君が無事に6歳になれた時には何かが起きるのではないかと考えたんだ」
「あ……」
『つるつるの魔法』だ。
6歳で心当たりがあるものといえば、それしかない。
「そうなんだ、6歳になった君は神力に目覚めた」
「まだ生まれたてで、とてもとても小さい力だったわ。クリエがしつこく注視しろって言わなかったら、きっと気づけなかったでしょうね」
レイスリーが困ったように微笑む。
「僕達はその時確信したんだ。君こそが、僕らが待ち望んできた者、”天の神子”だとね。本当に偶然だったよ。僕達は基本的に『神の箱庭』から自動で送られてくるシステムの通知を待つだけで、大きなイベントでもなければ滅多に箱庭を覗きに行くことはないし、降り立つことなんて過去を振り返っても数えるくらいしかしたことがないんだ。まして個人を追いかけるような事ともなれば、余程の理由がない限りはしないからね」
それはそうだろうなって思った。
だって現れるか現れないかもわからない者を、何万年もずっと張り付いて待ってるなんて現実的じゃない。
私なら1年どころか1日か2日で飽きる自信があるよ。
「それで引き続きレイスリーには君の未来を追いかけてもらったんだけど……」
創造神クリエが急に言いにくそうにし出す。
すると見かねたレイスリーが神妙な面持ちで代わりに続けた。
「貴女は15歳の頃に人攫いに攫われて……異国の地で17歳という若さで死んでしまったの」
「あ……。うん……覚えてる。自殺、だよね」
「ええ……。驚いたわ。貴女は私が考えていたよりもずっと鮮明に知っているのね」
「神力を宿すだけでは神へは至れない。やはり強さが必要だったんだ。だけど君は、持っている特別な力を除けば、どこにでもいるような平凡な少女だった」
「だから私達は改めて、貴女の人生に干渉することを決めたの」
「僕達の目的のためにも、君を死なせるのは惜しいと思ったんだ」
「それから何度かの未来視と干渉を繰り返したわ。そして赤ちゃんだった貴女を元いた平原や街の大通りではなく、ブリトールの孤児院のドアの前に置いた時、貴女と大魔王タイガ・ガルドノスが出会う未来を見つけたの」
「大魔王タイガ・ガルドノスの封印を解き、魂の繋がりを結んだ君は、大魔王の魔力の浸食に抗うために、無意識に常にバックグラウンドで神力を発動し続ける状態となったんだ」
「力は使わなければ成長しないわ。タイガ・ガルドノスの魔力を段階的に復活させることで、貴女の神力を全盛期のタイガ・ガルドノスの魔力に匹敵する強さへと引っ張り上げられるのではないかと考えたの。事実、未来はその通りとなった。この結果は私達にとって僥倖だったわ」
「僕は因果に強い指向性を持たせるために、母親を亡くして泣いていた君の”涙”と、君の本名である”ティア”、そしていずれ君が神の領域へ到達することを願って、神器『神の一滴の涙』を創り、君に与える事にした。『神器システム』が君を神器の所有者である大魔王ルーヴァ・ダラハネーズの元へと導く事を狙ったんだ」




